理解
俺の思考は、今はクレノさんの話が出来ない以上、水の効能より水が知らないうちに貴族にばらまかれた責任の追及を後にされた場合を考え、俺個人ではないという主張に集中する。
だってどう考えたって俺の力だけでは、同年代の接近出来る人間だけに限られる。
王様や王妃様、重鎮達に手を出せるのなんて、ハワード家が関らない限り不可能に決まっている。
俺はあっさりと俺に責任を押し付ける父上に、押し付け返す事に決めた。
チラリと父上を見る。
「それに、俺一人で水を配れるはずもなく、父上の力あってこそです。父上は素晴らしい方です」
そう言ってキラキラした瞳で見てやると、父上の頬は引き攣っていた。
「ああ、ハワード家には感謝してもしきれないな」
ギルバード様がにこやかに頷く。ものすごく素直な笑顔だ。
そんな中、俺と父上は貴族中に水をばらまいた犯罪を「いやいや、アシュが動いてくれたから実現できたんだよ」「いえいえ、父上が人を動かしてくれたからこそに決まっているじゃないですか」とお互いがお互いに実行したからだと、なすり合いを続けた。が、ふと我に返る。
今回は魔法を無効化する薬のようなものだったから感謝されているが、これが毒だったらと考えると真っ先に疑われてしまうハワード家の行く末が心配になった。ここは不当ななすり合いはやめよう。
「あのう、これは内密に」とギルバード様に念押しすると、ギルバード様は微笑みながら「分かっているよ。ここでの話は全て秘密だ。ランバにも」と人差し指を唇に持っていった。
ギルバード様のその仕草はなんとも色気があって、俺と父上は無言になってしまった。
「昔、アシュが旅に出たのは、その水を汲みに行ったからなのね」
隣で考え込んでいたファニーが俺を見つめる。
「えっと、ごめんね。あの時は黒の魔女が本当に魔法を使うのか分からなかったから、理由を言う訳にはいかなかったんだ」
「うん、分かってる。私を守ってくれてたんだよね。心配かけないようにしてくれてたんだよね。ありがとう、アシュ。大好きよ」
おお、こんなところでファニーに「大好き」を頂きました。ありがとうございます。
ファニーからの大好きに浮かれている俺をよそに、父上とギルバード様が話を続ける。
「白の魔女の存在は気付かれてないとはいえ、こちらに魔法は効かない事は知られてしまった。城にはミルフィール嬢と元近衛隊隊長のマッドン・パッカーニがいる。彼はミルフィール嬢と共に魔法の力と戦い続けた経歴を持ち合わせているから、そちらは大丈夫だろう。問題は学園の方。これから魔女がどのような行動をとってくるか、皆目見当が付かない」
俺は隣にいるファニーを安心させたくて、こっそりと耳元に囁く。
「ファニーのロレン家には、ルミがいるから大丈夫だよ」
「ルミとお話できるかしら?」
「今日の話し合いに関してはルミも了承しているよ。けれど、ルミが話が出来る事をファニーに言ってしまった事は知らないだろうから、一緒に行ってルミに話すよ。多分怒られるけど、ルミもファニーと話せるのは嬉しいだろうし」
「怒られるの?」
「……いつも勝手に動いて、無茶してるって怒鳴られて呆れられてる」
「……お前、何やってるんだ?」
俺とファニーの話を聞いていた父上が、ルミにいつも怒られている事を知って呆れている。
俺だって怒られたくはないけどさ、ルミは心配し過ぎるんだ。
「ルミもアシュが大好きなのね。心配で放っておけないんだわ」
クスクス笑うファニーは、少しお姉さんの顔をする。
同じ年ですからね、ファニーさん。下手すると十六歳が追加されますからね。
俺がちぇっと拗ねていると、ギルバード様もクスクス笑っている。
なんだ、このどうしようもないないなという雰囲気は?
「愚息の行動は放っておいて、ギルバードは一連の話を聞いてどのように考える?」
父上の言葉にギルバード様は、顎に手を当てて考えながら言葉を紡ぐ。
「そうですね……ある意味、納得出来た部分はあります。私達が入ってからあの学園はギスギスし始めました。噂が余りにも悪意に満ち溢れていて、各個人の不安定要素が浮き彫りになったのです。学園は貴族学園ではありますが、そこまで身分制度を問題視していませんでした。上級貴族は上級貴族。下級貴族は下級貴族とそれは当たり前で、そこに劣等感を抱き、ましてや派閥争いなどありませんでした。それなのに私達が入学してからは、上級貴族と下級貴族を分けて考える者が増え、表立った争いはないにしろ、裏では色々とある事を耳にしていました。アシュも知っているだろう。会計の彼らの言葉を。私達と自分達は違うのだと。勝手に線引きされていたのには、流石に驚いたよ。その所為で反抗的だったのかと。そういった問題が増えていったのも、黒の魔女の影響だったのだと考えれば、少しスッキリします」
ギルバード様が俺に意見を求めてくる。君も気付いていただろうと。
「確かに少し異常ではありましたね。仮にも殿下と宰相候補のギルバード様に対して、あのような我を通した行いをするとは……。けれど、ギルバード様達も彼らの名前を呼んだ事がないのは、いただけませんでしたよ」
「それは……反省すべき点だ」
俺がギルバード様も悪いと言うと、彼は素直に非を認めた。意外と素直なんですよね、ギルバード様は。
「ギルバード様の仰る通り、黒の魔女も魅了の魔法を常に使っていたわけではないでしょうが、黒の魔女としての負の力が学園中に蔓延っていた可能性はありますね」
「では黒の魔女がこれ以上何もしないとしても、彼女がいる限り混乱は、いずれおこる可能性があるという事か?」
「あくまで可能性です。が、本人が魔法を使えると白状した以上、早々に魔女として捉えるのも一つの策かと思います」
俺がこれ以上放っておくのは得策ではないというと、父上はふむっと頷く。
「お前がブチ切れているのは分かっているが、確たる証拠がない。本人が白状したと言うが、それを聞いていたのはお前達だけだ。それを他者に示すのは難しいのではないか?」
父上にそう言いわれ、俺がクレノさんもいるじゃなかと言いそうになり、グッと口をつぐむ。
すると隣から、ツンツンと袖を引っ張られた。
「……アシュ、怒っていたの?」
「切れるって……いつから?」
ファニーとギルバード様が同時にたずねてきた。
そう俺は、ファニーに攻撃を仕掛けてきた時から黒の魔女にはブチ切れていた。最初から頭にはきていたが、まだ証拠がない事が分かるぐらいには冷静でいた。
だけど奴はあろう事か、ファニーに直接魔法攻撃をした。前回だけでは飽き足らず、今回においてもファニーを傷つけようとした。
水のお蔭で効かなかったとはいえ、一歩間違えれば取り返しがつかなかった。
父上はそんな俺の気持ちを分かっていたのだろう。
自ずと俺がブチ切れている事は察しがつく。
「俺が怒っているかどうかなんてどうでもいいよ。それより証拠がないからと奴が仕掛けてくるのを、いつまで待つおつもりですか? このままでは戦争をおこされるかもしれないのですよ」
「え?」
ギルバード様が目を見開く。
それはそうだろう。学園での話をしていたのに、まさか国を超えて他国との戦争にまで発展するなんて、どういう話かと驚くに決まっている。
「アシュ」
父上が俺を咎めるように見るが、もういい。
俺は待った。前回の記憶が蘇り、奴を目にした時から待ちに待った。
本当は理由なんていらない。奴を見つけた時、すぐに殺そうかと思った。
ファニーをこれ以上にないぐらい痛めつけ、命をも奪った。自分の快楽の為だけに。
やり直しているとはいえ、そういう事実があっただけで、奴の本性はそこにあるのだと分かっている以上、それだけで奴を殺すのに理由はいらない。何をこれ以上、躊躇う必要があるのか?
そんな俺を止めていたのは、紛れもないファニーの笑顔。
彼女は今回幸せなんだと。やっと幸せになれた彼女から笑顔を奪う様な真似は、死んでもしてはいけないと俺の理性が、黒の魔女を殺す事に歯止めをかけていた。
けれど、それももうおしまい。
黒の魔女がこちらを敵認定してきたのなら、受け身でいる必要はないんだ。
やられる前にやれ!
俺が意志をもって父上を見上げると、扉がノックと同時に開け放たれた。
全員が扉に注目した。




