ギルバード
「やあ、よく来てくれたね。君がエディック宰相の息子か。うん、宰相によく似ている。ギルバード様と呼んだ方がいいかな?」
「初めてお会いいたします。呼び方はなんなりと。ただハワード公爵に敬称付けされるのはくすぐったく、出来れば呼びすてにしていただく方が嬉しいです」
「……ほう、宰相より頭は柔らかいようだね」
「でなければランバース様の側近など、務められてはおりません」
「ハハハ、君も結構な苦労性のようだ。分かった。ではギルバードと呼ばせてもらおう」
父上とギルバード様の挨拶が終わり、俺はギルバード様をソファに促した。
黒の魔女と対峙した翌日、ギルバード様とファニーを自宅に呼んで話をする事を父上に報告すると、自分も同席すると言ってきた。
ギルバード様の口から宰相に話される事も、計算に入れておいた方がいいとの考えのようで、その場合父上が、話した内容とギルバード様の様子を理解しておいた方がよいとの事。
一人用のソファに父上とギルバード様が対峙するように座り、俺とファニーが二人用のソファに腰掛けた。
お茶の用意をした侍女が出て行くと、応接室には四人だけとなる。
「早速ですが、ギルバード様は彼女ローズマリー・マキアート男爵令嬢とは面識がありましたか?」
「そうだね。何度かランバと一緒にいる時に、いじめられていた姿を見たよ。ランバは生徒会長としての義務を果たすべく助けはしたが、それ以上はかかわらなかった。その後はアシュレイも知っている通り。アンダーソンが名を何度も呼んでいたから、彼女の事かと認識はしていた。後は最近の彼女だな。ミランダ様が来られなくなってから、生徒会の手伝いをしてやると何度も押しかけられて困っていた。そんなところか」
「分かりました。ギルバード様にもランバ様にも魔法が効いてなくて安心しました」
「魔法?」
俺はそれから二人に、俺の前回の話は抜きにして彼女が黒の魔女だという事を話した。
本当はファニーにこの話を聞かせるのには、かなり抵抗があった。
以前から杞憂していた事だが、もしかしたら魔女と接触する事でファニーの前回の記憶が蘇らないかどうか。
ルミとの事もそれゆえ知らせる事が出来ず、今まで来た。
知らなくてすむのなら知らせたくなかったのが、俺の本音だ。
何かの拍子であの忌まわしい記憶が蘇るなどあってはならない。けれど、黒の魔女がソネット様に対して行った悪意が、いつまたファニーに向かうかも分からない。
こうなった以上、ファニーにも事情を話して自己防衛してもらう方がいいとの話し合いを、ルミとの間で行った。
ルミはファニーの記憶が戻らないように、細心の注意を払うと言い、万が一辛い記憶が戻ってファニーが混乱した場合は、魔法を使ってでも落ち着かせると決意したそうだ。
だから俺にも彼女に知らせる事に臆病になるな。と背中を叩かれたが、夢の中なのでその手はすり抜けてしまった。
皆が前に進もうとしている。俺も今日の話し合い、どう転ぶかは分からないながらも、ファニーを支えようと覚悟を決めて挑んでいる。だから話そう、魔法の事を。
けれど全てを話す必要は、ない。
前回の話は自己防衛する事になんの意味もない上、ファニーが思い出しても苦しむだけだし、万が一黒の魔女の知るところになれば、前回の知識を利用して悪用される恐れもある。
悪い事しかない前回の話は、二人の耳に入れる必要はないと俺は判断した。
だから魔法の事を知った理由としては、白の魔女ルミと出会ったからだという事にした。
――俺はまだ、君に秘密をもち続ける。
ファニーは、ルミの存在にひどく驚いていた。
けれど、ミルフィール様が白の魔女の末裔だという事は、何故かあっさり納得していた。
「ミルフィールさんは不思議な人だもの。優しくて魅力的で強くて。彼女が普通の人とは違うというのは気付いていたわ」
嬉しそうにニコニコと笑うファニーは、かなりミルフィール様に懐いているようだ。
そんな姿を見て、少しホッとする。
「ミルフィール様と仰る方の存在は、父も承知しているのですね」
ギルバード様が自分の父である宰相の名を口にする。それに答えるのは父上。
「ああ。ゴルフォネ大国の王との友好条件の一つとしている。彼女を守る事はゴルフォネとの信頼関係にも影響してくる」
「ハワード公爵家がある以上、ゴルフォネとの信頼関係は盤石なものでしょうが、なお一層の要として彼女は我が国においても、大事なお客様という事ですね」
聡いギルバード様は、ミルフィール様の存在をすぐさま理解してくれた。
「今はミランダ様を回復しようと力を使ってくれている。個人的にも素晴らしいお方だよ」
「はい、そのようですね。でもその方の事情は、黒の魔女ことマキアート嬢はまだ知らないと」
ギルバード様は確信をついてくる。
そう、黒の魔女はまだミルフィール様の事を知らないだろう。そうでなければ今頃、何かしらの攻撃はしかけてくるはずだ。
白の魔女ルミの心配も当たり前だが、ミルフィール様にもしもの事があればゴルフォネの王もどう思うのか……。
「ああ、黒の魔女に白の魔女二人の存在が知られるとかなり不味い事になるだろうな」
「黒の魔女は何がしたいのでしょうか? 白の魔女のルミ様から魅了の魔法なる力を奪い、ランバに近付く……ランバを自分のものにしたいだけなのでしょうか?」
流石、次代の宰相様。幼馴染のランバ様が気になるだろうに、個人的な心配は後回しにして、それだけかとたずねてきた。
俺はその姿を見て、正直に話す。
「私達が仮説を立てたのは、ランバ様を自分の虜にして、自分の思い通りに動かし、国を混乱させたいのではないかと」
俺が父上の執務室で、皆と相談している仮説を話すと、ギルバード様はなるほどと頷く。
「けれど、ランバにも私にもその力は作用していませんよね。黒の魔女自身も効いていない事を認めていたようですし、効いているのは今現在、彼女の取り巻き、同クラスの下級貴族くらいでしょうか?」
「それはアシュが魔法を弾く水を汲んできて、皆様に飲ませたからですよ」
いきなり父上がさらりと、俺一人の所為にしようとした。
そりゃあ、最初に考えたのも汲んできたのも俺だけど、貴族にばらまいたのはハワード家の力だからな。父上共に共犯だからな。
「アシュレイが……そうか。私達は知らぬ間にアシュレイに助けられていたのだな。感謝するよ」
ギルバード様が素直に頭を下げ、感謝の言葉を口にしてくれるが、やめて下さい。俺一人の力じゃないです。俺一人で貴族中にばらまいたわけではないんです。
「いえいえ、俺は白の魔女ルミの助言で動いたにすぎません。それにあの水は精神に関与する魔法だけを弾くようで、物理的な魔法には効果はない様です。なので効果は、魅了の魔法限定です」
そうなのだ。昨日の黒の魔女が放った魔法が魅了の魔法ではなく、攻撃魔法であったなら、俺達はどうなっていたか分からない。
一応、クレノさんも見てくれていたようで、昨晩父上に相談しているとクレノさんが現れ、危なかったら助けようと思っていたとヘラリと笑いながら嘯いていた。
ただ、攻撃魔法は滅多な事がない限り出さないのではないかとの助言もクレノさんだ。
黒の魔女は自分の正体を暴かれたくないようだから、あのような学園の廊下という人目のある場所での行動は考えるだろうと。
だからあの時、怒りながらもどこか冷静に誰もが見て分かる攻撃魔法ではなく、絶対に分からない魅了の魔法を使って、黒の魔女の意思にそわせようとしたのではないかとの考えだった。
確かに。奴が裏から手を回す方法を好む様子からしても、攻撃魔法は最後の手段でしか使用しないのではないかと納得する。
しかしそんなクレノさんの存在も、黒の魔女には分からない方がいいという事で、ギルバード様にも内緒なこの話は、今言う訳にはいかない。
何もかもお見通しのクレノさんが、頼もしいような怖いような……。




