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悪夢

 そんな日々が狂い始めたのは、十五歳になって貴族学園キーラマに入学し、あの女が目の前に現れた頃だった。

 彼女の名はローズマリー・マキアート。地方男爵の一人娘だ。

 本来なら俺達に近寄る事も出来ない存在だが、彼女がいじめられている現場に遭遇し、生徒会長であったランバがその後、何くれと世話を焼くようになった。

 今思えば彼女は粗野で下品。決して王子の傍に寄れるような人物ではなく、ただ少し可愛いだけの平民とさして変わりない女だった。それなのに王子は彼女を傍においた。天真爛漫で可愛いと言い、周囲もそれを許した。何故だろう? それが当然のようにその時には思えてしまったんだ。

 俺は王子とともにローズマリーに侍るようになって、ファニーの事が頭から離れていった。

 たまに会うファニーは悲しそうで儚く見えた。そんな彼女を王子は、暗い鬱陶しい女だと言った。周囲もそれに賛同する。何故だろう? 俺はそんな風に微塵も思わないのに、何故か体は皆と同じように彼女を貶め、笑う。

 一度ファニーと廊下ですれ違った。放課後、誰もいない廊下。

 ファニーは何か言いたそうに、けれど言葉は出なかったのか、オドオドしてそのまま立ち去ってしまった。

「あ」

 思わず俺は手を向ける。何が言いたかったのか? 引きとめてどうしたかったのか?

 そんな中、ローズマリーが階段から突き落とされそうになったと言ってきた。

 犯人はファニーだと。

 嘘だ! ファニーはそんな事するような人じゃない。

 けれど皆ファニーが犯人だと言う。それだけじゃない。それ以外にもローズマリーはファニーに色々といじめられていたと言う。

 なんだ、それ? そんなの聞いた事がない。それよりもここ最近は、ローズマリーはいつも王子と一緒にいて、ファニーは一人きり。そんなファニーがどうやってローズマリーをいじめるというのだ。

 俺はどんないじめがあったのかを聞き、証拠があるかどうかを探した。ファニーがやっていない証拠を探していたのだが、周囲にはファニーがやっていた証拠を探しているのかと勘違いされ、捏造するのに手を貸すとまで言われた。

「何を言っているんだ? ランバ」

「証拠なんか探したってあの女がそんな簡単に残しているわけないじゃないか。面倒くさいから適当にでっち上げればいい」

「馬鹿な事を言うな。王子のくせに。捏造なんか出来るわけないだろう」

 俺は目の前の光景が信じられなかった。

 俺が仲間だと思っていた奴らが、国の中枢で生きていく人間が、さも当たり前のように一人の令嬢を貶めようとしている。

 ――吐き気がする。

「アシュも割と面倒くさい人間だったのだな。もういい。アシュはこの件から手を引け」

 王子は吐き捨てるかのように言い、俺の今まで集めた資料を仲間が持っていく。

 やめろ、何をするんだ。それはファニーの……。

 言葉にならなかった。突然目の前にローズマリーが現れたから。

 息を飲む俺に、ローズマリーは王子にしなだれながら微笑む。

「どうしたの、アシュ。アシュまで私をいじめるの?」

「!」

「そんな事、するわけがないだろう。アシュは俺達の仲間だよ。皆ローズマリーの味方さ」

 動けない俺の代わりに、王子がローズマリーの腰に手を回しながら答える。

「フフ、そうよね。良かった。私また辛い目にあわされるのかと思っちゃった」

 そう言ってローズマリーが俺の目を見る。ローズマリーの細いしなやかな指が、俺の頬を撫でる。

「アシュが私の味方で嬉しい。ファニリアス・ロレン侯爵令嬢から私を守ってね」

 そうして俺は、ファニーの泣き顔を思い浮かべながらも、ローズマリーの手にキスをおくった。

 数日後、学園中が敵に回ったファニーはなすすべもなく、皆の前で断罪された。

 なんだろう、この光景は?

 俺は劇のワンシーンのよう気持ちで、ローズマリーを隣に侍らせた王子が、座り込んだファニーに指を突きつけ、断罪している様子を笑みを張り付けながら見ていた。

 周囲までもが彼女に罵声を浴びせている。

 どんな悪人だってこんな一方的な状況にはならないはず。それなのにこれは一体なんなのだろう。

 ファニーは両耳を押さえ、身を縮こまらせている。そうしなければ壊れてしまうかのように。

 この期に及んで俺の足はどうして動かないんだろう。腕は。口は。

 そうしてファニーは王子が呼んでいた警備兵に連れていかれた。

 乱暴に立たされる姿に胸が痛む。痛い。苦しい。上手く息が出来ない。

 俺はその日から寝込んでしまった。

 高熱が続き、何度も息が止まり、吹き返す。ファニーがどうなったか気になるのに、いや、酷い目にあっている事は分かっているのに、すぐにも助けに行きたいのに、体がどうしても動かない。

 ――あれからどれぐらいたったのだろうか。

 意識を取り戻した俺の耳に入ってきたのは、今からファニーの死刑が執行されるという事。

 何かの間違いだ。彼女は何もしていないのに。いや、仮にローズマリーをいじめていたとしても、それぐらいで侯爵令嬢ともあろう者が、処刑されるなどあるはずがない。

 俺は家の者の目を盗み、処刑場に赴く。

 ふらふらと歩く俺を一早く見つけたのは、ローズマリー。

「アシュ、こっちよ。来てくれたのね」

 ローズマリーは王子の腕にぶら下がり、さも楽しそうに話しかけてくる。あきらかに今まで身に着けた事がないような、上等なドレスに豪華な宝石のアクセサリーを身に着けて。

「久しぶりだな。どうした? 少し見ない間に痩せたか?」

「訓練を怠っているな。見ろよ、俺なんか筋肉ムキムキだぜ」

「こんなところでやめろ。恥ずかしい奴だな」

「何だと、男は筋肉がある方がいいに決まっている。だよな、ローズマリー」

「フフ、ランバ様ならあってもなくても構わないわ」

「こら、照れるだろう。ローズマリー」

「ちぇ、結局ローズマリーはランバ様、ランバ様ばっかりなんだから」

 ハハハハハ。と王子を始め、俺が今まで仲間だと思っていた奴らが、馬鹿話を続ける。

 なんだ、これ。

 処刑場でする話か。しかも今から彼女が処刑されるというのに……。

 俺が呆然と立っていると、ローズマリーが俺の顔に手を添える。

「もう、アシュったら、辛気臭いなあ。笑ってよ」

 そう言って口角を上げられる。

「……ああ、ごめんね、ローズマリー」

 何故か俺はそんな事を言って笑っている。

 どうして? 心は急いている。こんなことをやっている場合じゃない。早くファニーを探さないと。そう思うのに俺の体は、またもやその場に釘付けになり動かなくなった。

 そして……。

 ボロボロの彼女の笑顔を見た瞬間、やっと体は動き出す。やっと時が動き出す。

 やっと君のもとに来られたよ。もう離さない。絶対に離さない。俺の魂を君の魂に刻み付ける。

 俺は君のモノ。君だけのモノだから。


(ホントウ?)

 もちろん。

(カノジョガ、アナタノモノニナルノ、デハナク、アナタガ、カノジョノモノニ、ナルノ?)

 ああ、そうだよ。

(カノジョヲ、マモッテクレル?)

 この魂にかけて。

(ジャア、ツギハカナラズ、マモッテアゲテネ)


 目が覚めた俺は体を見下ろす。相変わらずのプヨプヨ腹だ。

 いや、他の七歳児に比べたら固い方だとは思うが、如何せん十六歳の鍛えた腹を目にしていた俺には涙が出るほどの代物だ。

 俺はふうっと溜息を一つ吐く。

 思いだした。前回の死の前、声が聞こえてきた。

 幼女のような声は、俺に聞いてきたんだ。彼女を守ってくれるかと。

 俺が魂にかけて(だって命はなくなりかけていたから)と言うと、次は守ってねと言った。

 そうして目覚めると七歳に時が戻っていた。どう考えてもあの声の持ち主が時を戻したという事で間違いはないだろう。では、あの声の持ち主は……神様?

 いかん! 確かに神様レベルの力ではあるけれど、まとまり切れていない脳で考えても、まともな答えが出るはずがない。

 とりあえず今は……朝の鍛練をするか。

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