処罰
「ぶわっはははははは」
大笑いして転げまわるのは、水を持ち帰った師匠。
バンッバンッと俺の背中を叩いて、笑いをこらえるように下を向いているのはハリスさん。
この二人は一か月もしないうちに水を汲んで帰って来た。もちろん、一切の問題なしに。
二人の無事な顔を見ながら、同じルートで二か月もかかった俺は、少しやさぐれそうになったのは秘密だ。
「っんだよ、お前。いつから〔怒れる風の貴公子〕なんて者になったんだ?」
そうなんだ。俺はいつからそんな者になったのか分からない?
あの事件の次の日、気付けば陰でそう呼ばれている事を、ゲーリック達に聞かされた。
どうやらアンダーソンを捕まえた時、ドン引きされたと思っていた俺の行動は、皆から見て恐怖を感じながらも憧憬の念を抱いたそうだ。なんて強いのだと。簡単に言えばカッコイイの一言らしい。
まあ、なんだな。怒った俺は風のように早くてカッコ良かったんだろう。ハハハ。自分で言うと脱力感が半端ないな、これ。はあ~。
しかし、いつまで笑ってんだ。この馬鹿師匠。
「煩いですよ。そのでかい口、ミルフィール様に言って縫い付けてもらいますよ」
「それはミルフィールが嫌がるな。キスできなくなる」
「その言葉、ミルフィール様にお伝えしておきます」
「……ごめんなさい。やめて」
「はいはい、その話題はここまで。後でこっそり部屋で思い出し笑いしてろ。それより、アンダーソンの件。やっぱり黒の魔女が絡んでいると思うか?」
パンパンっと父上が手を鳴らして、皆の注目を集める。
後で思い出し笑いって……父上、やったな。
「元より嫌われていた人間だからねえ。そういう事しそうって誰もが思っていたみたいだよ。だからあーちゃんが骨折っても、ざまあみろってな感じで、同情する奴もいなかったな。アンダーソンの親父さん、騎士団団長も謝りに来たんだろう。わざわざ長男も連れて」
クレノさんがアンダーソンの評判を話しながら、先日屋敷にたずねてきたアンダーソン親子の話をする。
「ああ、団長の長男はアシュとも顔見知りだからね。団長は以前から、次男が殿下に失礼な事をしないかと心配していたようだよ。長男と十歳も離れた年老いてから出来た子供だからと、母親がかなり甘やかしたらしい。団長も長男もそんな二人を頭ごなしに叱れずに、傍観していた結果がこれだと。反対に殿下に手を上げる前に止めてくれて助かったと、何度もお礼を言われたよ」
俺は父上の言葉にグラン様からの話を付け足す。
「長男のグラン様が教えてくれたのですが、団長、息子のグリフォンの前歯全部折ったそうですよ。暫くしゃべるなって。まあ、力任せに殴ったら折れたってのが本当らしいけど、全体重込めて殴ったから前歯全部持っていかれたと、グラン様は笑っていました。奥歯が残っているからご飯は食べられるよねって」
「……凄まじいな。そんな家で、どうしてあんな情けない奴が育つんだ?」
俺の話を聞いて、師匠が青ざめている。俺は師匠のそんな言葉を聞いてしみじみ頷く。
「育て方って大事ですよね」
「お前が言うな。ならば魅了の魔法であんな行動をとったとは、考えにくいという意見でいいか?」
父から間髪入れずに突っ込みが入ったのち、本題に入る。
「多少は影響もあるだろうけど、それが全てではないと思うよ」
クレノさんの言葉に、全員が賛成の意を込めて頷く。
「そうか。ではこの件は放っておこう。次男も学園をやめて、母親と共に領地に引っ込むそうだからな」
「そういえば、奴がいなくなると殿下の護衛はどうなるんだ? やっぱりアシュが引き継ぐのか?」
「え、嫌ですよ。王子に割く時間はありません」
師匠の言葉に俺が素直に答えると「お前ねえ~」と呆れた声を出された。
だって本当に嫌なんだもん。生徒会手伝っているだけで俺には及第点だ。
「殿下と同クラスの人間が務める事になった。元々腕のある人物なんだが、男爵家の次男って事でグリフォンに護衛の任を取られてしまっていたんだ」
父上の言葉に俺は頷く。
「ヒューマン・エンター。エンター男爵家の次男で中々爽やかな青年ですよ。純粋に俺とも一度手合わせしたいと仰っていました」
俺のその言葉を聞いて、師匠がジト目で俺を見つめてくる。ミルフィール様にはその顔、絶対に見せない方がいいよ。百年の恋も冷めてしまう。要はぶっさいく。
「……まさか、裏で手を回した?」
「人聞きの悪い。ギルバード様にヒューマンの人となりを話しただけです」
「うん、お前がリスティ様の息子だってよく分かる話だな」
「マッドン、心外だぞ。こいつは俺の上をいく」
「いやあ、俺なんかまだまだ父上の足元にも及びませんよ」
「ほらな、俺より上だ」
「……どっちもどっちですよ」
俺と父上、師匠との不毛な会話を皮切りに、一件落着とばかりに先日の件の話は終えるが、根本的な解決は終わっていないと、師匠が口を開く。
「駒が一つ減った黒の魔女は、今後どうするんだろうな。まだ仕掛けてくるのかな?」
「それは分からないが、奴もイラだってはいるかもしれないな」
ハリスさんが答える中、父上が水筒を鳴らす。
「とにかく、折角ハリスとマッドンが汲んできてくれた水、無駄にするのもなんだし、貴族どもの飲み水に混入しよう。以前に配った者達にも、再度飲ませて効果を上げておくのもいいかもしれない」
父上、先日も思いましたが、ハワード家は何を目指しているのでしょう?
皆のいい笑顔を見ていると、俺はアンダーソンの骨を折り、皆を怖がらせ、英雄扱いされ、当の親から謝罪とお礼を言われた事を忘れてしまいそうになる。
ただ一人ファニーだけはやり過ぎよ。と怒りながらも、俺の身を案じてくれていた。
ファニーだけがまともな神経の持ち主のように見えるのは、俺の世界がおかしいのか?
……やられたわ。
まさかグリフォンが、一人突っ走って玉砕するとは、そこまで馬鹿とは思わなかった。
皆の前で王子を罵倒し、王子の婚約者にまで手をあげるなんて。
止めたハワードは英雄扱い。やり過ぎだという意見もあるものの、概ねグリフォンの自業自得だと言われている。
何故、人前で行動するの? そんなのは裏でやるのが当たり前でしょう。上手くいくものも失敗するに決まっているわ。こっちに正当性なんて一つもないんだから。
しかも私の名をこれでもかとだしていたそうだが、冗談じゃないわ。私まで嫌われたらどうしてくれるのよ。
手駒を一つ失った失った私はイライラしながら、自分の靴にハサミを入れる。
これで明日の朝、見つけた生徒が大騒ぎして、私はいじめに耐える健気な令嬢を演出できる。近くに王子でも通りかかってくれるといいんだけれど。中々タイミングが合わない。
そしてグリフォンの事件以来、一つ気にかかる事がある。
王子と婚約者の距離が、縮まったかのように感じるのだ。
さして変わりはないのだろうが、何故だろう? 王子が婚約者を見る回数が増えたような、今まで気にも留めていなかったような事が、今になって浮上してきたのか?
元々王子を狙っていたわけではない。黒の魔女の性として、人々の間に揉め事をおこしたかっただけだ。そして私に屈辱を味わわせた王都に、仕返しがてら権力者を揉めさせようと考えた。
派手に暴れ捕まれば、魔女として殺される。少数民族としては、裏から手を回したかった。
だから細々と下級貴族に絡んでいた。それだけでも楽しかったのに、王子が私を見たから欲が出てしまった。
この男を手に入れたら王都全てを引っ掻き回せると。私を辱めた王都の全てのものに。
人々の阿鼻叫喚が聞こえるかのよう。そして何よりあの王子の視線を私に向ける。想像すると私の背筋がゾクゾクと泡立った。
いつの間にこんな気持ちになったのか。やはり黒の魔女としての性質がそう感じさせるのか。私は王子を欲しいと思った。
けれど邪魔が入る。
王子に魅了の魔法は効かないうえ、王子の思い人、ロレンやその婚約者ハワードが何故か目に付く。
私のそばで何をするわけでもないのだが、反対に私が近付いても魅了の魔法は効いてないうえ、無視をされているのだが、何故か上手くいかない時はハワードの存在を意識する。
奴は何者か? まさか白の魔女と繋がっている? まさかね。
邪魔な者は全て排除してきた。これからだって躊躇わない。
ハワードがこれ以上目に付くようなら直接、手をくだすまで。だってこれが黒の魔女の性なのだから。
私は中途半端な母とは違う。
黒の魔女のくせに人間の男を愛し、人間の男と共に生きた母とは……。
私は純粋な黒の魔女ではないけれど、純粋以上に黒の魔女として生きてやる。
王子を手駒にして、この国に混乱を巻き起こす。
これが私の最終決断。
――まずは彼女から消えてもらいましょう。




