変更
私は作戦を変えた。
王子の思い人のロレンから、今の両思いである婚約者ハワードを奪い、失望させて、その後釜に入った王子と両思いにさせた後、最終的に王子も奪って心を壊してやろうと思ったのだが……上手くいかなかった。
どういう訳か、ハワードには全く魅了の魔法は効かず、二人の親密度は増すばかり。私の事は歯牙にもかけないどころか、視界にも入れない。
これはあれか、王子と同じで心から惚れているという事なのか……馬鹿馬鹿しい。
ならば王子の思いを噂にして、お互いの気持ちに不信感を募らせようとしたのだが、ロレンまでハワードの思いを皆の前で口にして美談となってしまい、生徒達の間では権力者に負けない正真正銘の恋人同士となっている。いや、ハワード家も権力では負けてないと思うが……。
とにもかくにも、私の最終目標はあくまで王子であり、婚約者馬鹿のハワードではない。ロレンを傷つけたいという気持ちは今もあるが、固執しているわけでもない。
それにいずれ王子さえ私のモノになれば、二人を傷つける事など容易い事。これ以上、二人に構っても仕方がないと考えた私は、改めて王子に向かう事にした。
それでも王子の気持ちにはロレンがいる以上、今まで同様思うようにはいかないかもしれないので、人の劣等感を利用しようと考えた。
グリフォン・アンダーソン。四六時中、王子と一緒にいる男。奴を利用しようと決めた。
本当は常に一緒にいるという事では、見目の良さからいっても、ギルバード・エディックの方が良かったのだが、奴もどうした事か魅了の魔法が効かないのだ。
奴の周りには女はいないはずなのだが……もしかしたら、王子の事が大切過ぎて、他が目に入らないのか? その気持ちが恋愛かどうかは分からないが……。
まあ、魔法の効かない奴は放っておいて、グリフォンに少し揺さぶりをかけてやろうかと思い近づいたのだが、私が何をするまでもなく、奴は自分から自滅の道をたどり始めた。
予想通り、ああいう奴は自尊心だけが異常に高く、他者の在り方を認めない。自分より優秀なハワードを妬み、自分の力を認めない王子に不満を抱く。
放っておいても自滅するような奴を、利用するのはあまり面白くもないのだが、王子の周辺の奴を壊していくのはいいかもしれない。王子にも少なからずは影響があるだろうから。
ただグリフォンが言っていた事から、ハワードが王子のそばをウロウロしているのは間違いないようだ。
ハワードという奴は私の思惑通りにいかない上に、他者を前向きにする力もあるようだ。私とは正反対の奴は、私の邪魔をしているのかと疑ってしまう。活動祭まで王子のそばにいると言っていたな。
今、グリフォンを動かしたのはまずかったか?
ハワードがいない方が成功率は上がったかもしれないが、王子もハワードにはロレンの事でわだかまりがあるだろうから、素直にハワードの意見を取り入れるかは分からない。
そこを上手く誘発してやれば、こちらになびくだろう。そうすれば、ここも私の好みになるかもしれない。まあ、グリフォンが動く以上、失敗しても私には関係ないのだから問題ない。
私は生徒会室を仰ぎ見ながら、口角を上げる。せいぜい楽しませてもらうとしよう。
「黒の魔女の事、上手くかわしてるね、あーちゃん」
「そうですかぁ~?」
腕立て伏せをしている俺の上に乗って、クレノさんがケラケラと笑う。
自室で体を鍛えるべく、黙々と鍛練していると、突然クレノさんが乗っかってきたのだ。一気に重くなり、それなりに驚きはするのだが、昔からこうなので割と気にならない。
クレノさんに関しては気にしたら負け。という有難い言葉をハリスさんから頂いている。
全くもってその通りだな。と思いながら粛々とこなしていると、クレノさんは飽きたのか、ソファに移動して「あーちゃん、お茶」と言って、訓練をやめるよう促す。
俺は布で軽く汗を拭くと、お茶の用意を侍女に頼んだ。
「あーちゃんは、あんまり俺にお茶を入れてくれないよね。リスティならすぐに入れてくれるのに。冷たい」
クレノさんが泣きまねをする。あ、ちょっと、うざい。
「出来ない事はないですが、苦手なんですよ。ファニーやギルバード様のように上手な方がそばにいると手が遠のくんです。どのみち用意を頼むんだったら、入れてもらった方が早いじゃないですか」
「下手でも構わない。真心を感じるだろう。リスティも上手くはないけれど、気持ちは通じる」
「そうですか。では用意が出来次第、俺が入れます。それで黒の魔女に何か動きでも?」
「……あーちゃん、やっぱり冷たい。俺にサッサと用事済ませて帰れと言う」
「言ってませんよ。なんですか、この掛け合いは? そんなに俺に構って欲しいんですか?」
「リスティなら構ってくれるよ」
「生憎俺は父上とは違います」
「うん、甘えるのが下手だよね」
「………………」
やっぱりクレノさんは苦手だ。俺の触れられたくないところをついてくる。父上やハリスさん、師匠とは違った意味で、優しいんだけれどね。
ちょうどお茶の用意が出来たので、そのままお茶を入れて差し出す。
「……甘える事は出来ていないかもしれませんが、頼ってはいますよ。今は全面的に信頼しています」
「それは当たり前。産まれた時からの付き合いで警戒されたら俺、本気で泣いちゃうよ」
「クレノさんの泣き姿なんか想像できませんが、泣かせなくて良かったです」
クレノさんはハハハと笑って、俺のお茶を飲む。俺も向かいのソファに座って一口すする。
喉を潤して一息ついたところで、クレノさんの話が始まる。
「黒の魔女ローズマリーは、王子の護衛をやっているアンダーソンを動かしにかかったようだよ」
「アンダーソンですか? 彼を動かしたところで王子に接触はできないでしょう。彼は王子に嫌われている」
俺は生徒会室で王子と彼が話しているのを見た事がない。
以前ギルバード様が、散々愚痴を言っていた事からすると、余りいい関係は築けていないように思う。そんな彼に何かを言われたからといって、王子が動くとは思えないが……。
「その通りだね。たいした駒に使われているわけでもない。上手くいけばいいという感じだろうな。ただ、彼の小さな脳が君に敵意をむけている。そしてファニちゃんの事からして、王子もあーちゃんにわだかまりをもっている。変にかみ合わないといいんだけれど」
確かにアンダーソンは俺を睨みつけている。目が合うと逸らすから、気付かれているとは思っていないんだろうな。突然やってきた俺が、発言するのが気に入らないんだろう。ただ睨む事に熱心過ぎて、護衛としては隙だらけだ。あれならコンマ五秒もかけずに殺れる。
王子は俺を嫌ってるわけではない。どちらかというとギルバード様と共に親しくしたいんだろうけど、ファニーの事があるから、素直に受け入れられない。
前回の俺のようだな……。
相手が嫌いなわけじゃない。尊敬もしている。だけど、惚れた女が隣にいる奴だ。素直に心が開けるわけがない。嫉妬と好意のジレンマだ。
ただ一つ違う事は、前回彼は彼女を守れなかった。今回俺は彼女を守る。
一度見てきた俺が有利なのは分かっているが、だからこそ俺は自身の手で幸せにすると決めたんだ。
今彼が苦しんでいるのを理解はするが、同情はしない。
「ねえ、あーちゃん。生徒会には入らなかったのに、どうして活動祭は手伝う事にしたの? 生徒会に近付かなかったら、アンダーソンに恨まれる必要もなかったのに」
俺が王子との関係性を考えていると、俺の心を探るかのようにクレノさんがジッと見つめてくる。そりゃあ、そうだよな。生徒会に顔を出さなかったら、アンダーソンと接点を持つ事なんてなかったんだもんな。クレノさんが聞きたくなるのも分かる。
俺は溜息と共に今の考えを素直に吐露する。
「……ちょっと意固地になり過ぎたかと思いまして」
「ん? どういう意味?」
「前回俺はファニーへの気持ちを無理やり押し込んで、王子のそばで笑っていました。けれど今王子は俺と同じ事をしている。自分の気持ちを押し殺して、いい王子であろうとしている。まあ、俺に隙があれば攫う気満々かもしれませんが、今のところは良好な関係を築こうと努力している姿が見て取れます。その手助けにギルバード様が頑張っている。けれど、俺は前回の件で王子を恨む気持ちが忘れられないんです。黒の魔女に操られる以前のファニーの苦しみも含めて、王子に人の気持ちを悟れない鈍感さに」
「それは仕方がないんじゃないの。現実問題それで前回はいい様に操られて、あーちゃん達は命を失くしたんだから。恨んで当然」
クレノさんは、悩む必要なしとばかりにあっさりと言ってくれる。あくまでも俺の味方であるクレノさんに、苦笑してしまう。
「だけど……それは、ちょっと勝手すぎるんですよね。俺だってクレノさん達の気持ちに気付いていなかったから。だから一人で殻に閉じこもって、ファニーの後を追う事しか出来なかったんだろうなと」
俺が前回では、クレノさん達を見ていなかった事を素直に話すと、クレノさんの表情は真面目なものへと変わった。
「多分、クレノさん達は前回も俺を助けようとしてくれていたのかもしれない。今の姿を見ていると、それは確実にそうなんだろうなと。それを考えると、俺は王子と一線を置くんじゃなくて、歩み寄る努力をする必要があるんじゃないかと考えました。けれど長年のこの複雑な感情を、どう解呪していっていいか分からなくて、とりあえず俺達の間で頑張っているギルバード様に恩返しがてら、手伝うのも一つかと。黒の魔女がどんな行動をして来るか分からない今、王子に接近するのは危険だと思ったのですが、まあ、頼りになる大人達が沢山いるので、どうにかなるかな。なんて」
あはは、と笑うとクレノさんが、頭をくしゃくしゃに掻き回してきた。
「まあ、俺達がいる事に気付いただけでも、合格点あげるよ。まだまだだけれどね。とりあえずあーちゃんは、一人で抱え込まない。それだけ」
ペシンっと最後に叩かれて、俺はそのまま下を向きながらへへっと笑った。
「とにかく標的があーちゃんやファニちゃんから一旦それたのは、喜ばしい事かな。後は王子の出方次第だ。魅了の魔法はかかっていなくても、言葉巧みに利用される恐れもある。引き続き要注意って事で。じゃあ、またね」
そう言ってクレノさんは来た時と同じように、あっという間にその場から姿を消した。
本当にあの人はどうなっているんだろう。マネできる要素が一つもない。
けれど、俺は気付いている。クレノさんや父上達は、前回みたいに俺が一人で抱え込んで、死を選んでしまわないように、心配してくれているんだ。
だから定期的に連絡もしてくれるし、軽口で気を紛らわせくれる。
ありがたいな。……前回は、そういうところが一つも見えていなかったんだろう。
師匠には会えていなかったが、父上やハリスさん、クレノさんは確実にそばにいてくれたのに……それを無視して、一人でファニーを追って死を選んだんだ。
俺ってば、親不孝も甚だしい。
今回は何が何でも変えてやる。頼もしい味方は確実に増えているのだから。
出来れば王子も助けてやりたいが、こればかりは本当に黒の魔女の出方次第だ。
俺はクレノさんの去ったであろう方向に、一礼して、鍛錬を再開した。




