生徒会
「ランバース様、やっぱり美少女コンテストはしないんですか?」
しつこいなぁ。
「活動際の、ちょちょっと空いた時間でやりましょうよ。部のお披露目だけじゃ飽きますって。余興の一つです。盛り上がりますよう。ランバース様ならそういうのお得意でしょ。さらっとやって楽しみましょう。優勝候補はランバース様の婚約者、ソネット様で決まりでしょうが、俺個人としてはローズマリーを推したいなぁなんて」
空いた時間なんてどこにある? 私には王太子としての仕事もあり、睡眠もさいて働いているんだ。何もせずにボーっと突っ立っているなら、出て行けと叫びたい。
第一ローズマリーって誰なんだ? そんな美少女の噂なんか聞いた事ないぞ。お前が気になる女の気を引く為の催し物に、なんで私がこれ以上の睡眠をさいて企画しないといけない? しかも王太子が美少女コンテストなんて低俗な催し物を開いたとなると、どんな白い目で見られる事か……。この馬鹿は私の評判に傷をつける気か?
余りの忙しさと寝不足についイライラとしてしまう。
いつもならこんな馬鹿の言葉なんて右から左で相手にもしないが、今日は我慢が出来ない。
私が出て行けと怒鳴る瞬間、生徒会室にノックの音が鳴る。
「失礼いたします。アシュレイ・ハワード。ギルバード様のお召しにより参上いたしました」
少しおどける様な調子で現れたのは、今私が最も恐れ頼りにしているアシュレイだった。
「アシュレイ」
アシュレイの顔を見た途端、それまで不快そうにしていたギルの表情が一変した。嬉しそうに私の横を通り過ぎるギル。
「まるで戦場ですね。これはお手伝いしがいがありそうだ」
「どうにか今迄踏ん張ってきたが、もうお手上げだ。君の力を借りなければどうにもならない」
苦笑しながら弱みを見せるギルに、アシュレイは微笑む。
「私の力なんて微々たるものですが、協力させて頂きます。ランバ様、ご無沙汰しております。活動祭まで暫しの時間ですが、よろしくお願いいたします」
ギルと会話しながらも私の方に向き直り、礼を取るアシュレイのなんと爽やかな事か。
ギスギスしてくたびれた空間に、明るい日差しが舞い込んだようだった。
「あ、ああ。手伝いに来てくれたんだ。ありがとう。悪いが頼むよ」
「お任せ下さい。ソネット様もお疲れのようですが、お変わりなさそうで良かったです」
私の返事を聞いたアシュレイは、ミランダにも声をかける。突然のアシュレイの登場に予期していなかったミランダは、急に声をかけられ、弾けるように「は・はい」とだけ返事をした。
淑女としては少々いただけない返事だが、アシュレイは気にした様子もなく、クルリと生徒会室にいる他の人々にも振り返り、ニコリと微笑む。
「皆様もよろしくお願いしますね」
まさか、上級貴族のアシュレイに先に挨拶をされるとは思っていなかったのだろう。活動祭の話をする為に集まった各部の面々や、生徒会のメンバーが一斉に顔を赤くする。
「そうそう、その前に一息入れて下さい」
そう言って扉を開けると、芳香な香りと共に入って来たのは、ワゴンにお茶とお菓子を乗せた三人の令嬢と二人の令息。
その内の一人は、私が恋焦がれるロレン嬢だ。
私を含め、一同が大きく目を開かせている間に、令嬢方はお茶を入れ、令息はお菓子を配る。
どこかで見た顔だと思ったら、アシュレイのいつも一緒にいる仲間だ。
「暫く私が皆様のお手伝いをすると言ったら、お茶の用意をしてくれたのですよ」
アシュレイがにこやかに言うと、一人の令息が発案者はファニリアス嬢だけどねと言う。
まさか、私の為にお茶の用意をしてくれたのか? そんな淡い期待をしてしまいロレン嬢をジッと見ると、ロレン嬢ははにかみながら、アシュレイに寄り添う。
「アシュが暫くの間、お世話になると聞いたのでささやかながら、ご用意させていただきました。皆様、私達生徒の為に普段から一生懸命働いて下さりありがとうございます。一時の癒しと共にご休憩下されば、幸いにございます」
完璧な淑女の姿がそこにはあった。
私が先に入学してしまい、一年会えずにいた間に彼女は更に磨きをかけた。
なんという美しさだろうか。
私が呆然としている間に、隣から別の令息がお茶を差し出してきた。
「毒見はすんでいます」という彼に「ありがとう」と礼を言いながら受け取る中、ロレン嬢が私を見て会釈する。
「あっ」
私が声を発すると同時に、ギルがロレン嬢にお礼を述べる。その横でミランダも話しかけている。
ロレン嬢は微笑みながらも、なお一層アシュレイに寄り添う。アシュレイも腰に手を回しながら、顔が当たるんじゃないかと思うほどの至近距離で会話する。
皆にお茶が行き届いた時、ロレン嬢達は「お邪魔にならないうちに失礼いたします」と言って去ろうとした。片付けは連れてきた侍女達がおこなうので、放っておいていいとの事。
そんな、これで行ってしまうのか? そんな気持ちで私が何かを言おうとした時、アシュレイはロレン嬢の腰をもったまま、一緒に出て行こうとする。
「では私は、ファニーを馬車乗り場まで送りますので、一旦席を外します。皆様は折角のお茶が冷めないうちに、ゆっくりとお寛ぎ下さい」
そう言って当たり前のように送ろうとするアシュレイの胸元に、ロレン嬢は止まってくれというように手を置く。
「アシュ、私なら大丈夫よ。マーシャ達と馬車迄一緒だし」
「え? ファニーは私と一分一秒でも一緒にいたくないの?」
「それは、いたいけど……我儘になっちゃうもの」
「我儘大歓迎。それと終わったらロレン家に行くね」
「アシュ、絶対疲れてるよ」
「疲れてると思うから、癒してね」
「待ってるね」
まるで抱き合ってるかのような態勢で、交わされる会話。なんだ、これ? 一年会わない間に二人の親密度は上がっているのか?
茫然自失の私の前で、アシュレイ達は出て行った。後に残された生徒会室では、騒めきの嵐。
一瞬の出来事に圧倒されながらも、高揚する面々。
「何? あの気遣い? さらっとこんな事出来る人いたの?」
「噂には聞いていたけれど、実際目にすると凄い破壊力」
「ハワード様とロレン様、美男美女のイチャイチャ。眼福~」
「お茶とお菓子も美味しい。幸せ~。ここ最近の疲れが取れる~」
「私達生徒の為にありがとうなんて言われたの初めて。皆生徒会が動くのなんて当たり前だと思っているのに」
騒がしい中、私は椅子に座ってお茶を飲む。その温かさにホッとする。
確かに癒される。こんな一時、余りの忙しさに忘れていたな。
そして彼女の言葉。ありがとう。かぁ……確かに皆、生徒会が動くのが当たり前で、王子の私がやるのが当たり前だと思っている。確かにそうだが、感謝の言葉とはこんなにも心を温かくしてくれるものなのだな。
そしてこの一時をもたらしてくれたのは、アシュレイという事か。
私が目を瞑る中、隣の席でゆっくりとお茶を飲むギルが、ホッと一息吐く。
「――お茶を入れる事すら忘れていましたよ」
去年の生徒会では私はまだ一年で、生徒会長と共に中々優秀な人材が在籍していた。
しかし、今年度は私とギル以外の人材が総入れ替えしたのだ。
ミランダはまだいい。優秀な彼女は女生徒の意見を聞いて、上手にまとめ上げてくれている。ただ、気弱なところがあるから強く意見されれば、折れてしまう傾向があるが。
それ以外の人物が問題だった。
アシュレイの上級貴族で固めた生徒会では、一般生徒が意見しにくいとの言葉を聞いて選出した結果、少し下の子爵位、男爵位から選んだのだ。
彼らの成績は上位で優秀なのだが、如何せんコンプレックスの塊で思うように動いてくれない。
一応は渋々ながら意見も聞き入れ、生徒会としての機能は保てているのだが、活動祭となると各部の意見が分かれ、部の上の者が上級貴族になると、自分の意見が通って当たり前だという者が多く、部の上の者が下級貴族となるとそれに反発して、どうして自分達が我慢しなくてはいけないのかと文句を言う始末。
ギルが動いてまとめようとしてくれるのだが、どうしても素直に聞けない者が多発し、それは生徒会の中でも同じで、活動祭は低迷しているのが現状だった。
全員が各々独自に動くものだから、空回りして何も改善されぬまま、疲れだけが溜まっていく。
ギルがアシュレイに助けを求めたのは、仕方がないのかもしれない。
けれど、まさか彼女がここに顔を出してくれるなんて。
アシュレイの為とはいえ、こんな暗い状況の中、彼女に会えた事は私の心を軽くしてくれた。だけど同時にどうしても手に入らないものだと、現実をたたきつけられる。
私は彼女を諦めないといけないのだと……。
「はあ~、あれが噂のハワードとロレンですか。流石に噂通りの美男美女ですね」
今一番聞きたくない声が、耳に入ってくる。
せっかくの気分が台無しにされたと言う風に、ギルは不快に表情を歪めていく。私も声を聞くだけで不快なのに、今この男は私の愛しの少女を呼び捨てにしたのか? しかも噂ってのは何なのだ? あ、ちゃっかりとお茶とお菓子まで口いっぱいに頬張っている。お前、護衛の仕事と言って立っているだけのくせに、勤務中にお茶をしていいと思っているのか?
色々と腹立たしい事この上ないが、とにかくアシュレイが戻ってくるまでに、この男の口を閉ざさないといけないな。
「グリフォン、彼らは君より上位の貴族だぞ。呼び捨てにしていい相手ではない。分を弁えろ」
「固い事言いっこなしですよ、ランバース様。学園では皆平等なのですから。俺のローズマリーが言ってました。しかも俺は彼らより先輩なんですから、俺の方が上なんです。あ、これもローズマリーに教えてもらった事です。俺のローズマリーは頭が良くて優しいんですよね」
……この男、頭に虫でも湧いてるのか?
先程からローズマリー、ローズマリーと煩い。しかも内容から聞いて、その女も学園での平等の意味をはき違えている。
上級貴族はあくまで上級貴族だ。学園内で先輩だからといって、下の者が偉そうにしていいわけがない。そんな事も分からななんて、どれほど残念な脳の持ち主なのだ。
「お前はあくまで私の護衛としてここにいるのだろう。生徒会の仕事を手伝っているわけでもない。ならば大人しく立っていろ。私達の会話に口を出すな」
私にしては珍しくキツイ口調で命令した。グリフォンは明らかに不快だと顔を歪める。隣ではギルが驚いたように目を見開いていた。
けれど仕方がないだろう。この男は本当に目障りなんだ。
一応護衛と称して私に付き従っている以上、城から給金は出ている。その上で生徒会の目まぐるしい仕事を少しでも手伝う気はないかと言うと、自分は護衛の仕事中だから他の事は出来ないと私にほざいたのだ。そして毎日、私の隣でただ突っ立ているだけ。
学園内で危ない目にあうはずもなく、奴の仕事はあってないようなもの。そうしてただ突っ立ているだけなら、存在を消して空気にでもなればいいものを、ぺちゃくちゃとたわいもない話ばかりを一人でする。先程の美少女コンテストやローズマリーとかいう女の話なんかがいい例だ。忙しい中、本当にどうでもいい。イラつくだけだ。
願わくば、アシュレイをイラつかせないでほしい。怒ったアシュレイに去られると、本当に活動際は間に合わなくなる。
仏頂面でそっぽを向くグリフォンだが、その手には菓子が握られている。まだ食うんかい!
私は彼を無視して、お茶を飲み干す。少し甘みのある優しい味は彼女の好みのお茶なのかな。と性懲りもなく思い更けていると、またもやノックの音がして、アシュレイが戻って来た。




