虫よけ
「美少女コンテストをしませんか?」
放課後の生徒会室。一年生も学園に慣れ、そろそろ活動祭の準備をしなければと皆が動く時期である。
元来この学園では各クラブのお披露目兼勧誘として、この時期に催し物をおこす部が多発していた。
各自でおこされる対応に四苦八苦していた元生徒会役員は、二日にまとめて一括しておこなってもらうように日を定めた。それが現在では活動祭という言葉に変わり、この時期の生徒会は目も回るほどの忙しさを有する。
そんな時に発した呑気な言葉。馬鹿馬鹿しい。何を言っているのだ、この男は。
それを口にしたのは、学生ではあるが同時に私の護衛を任せている男、騎士団団長の次男、グリフォン・アンダーソン。
彼は……はっきり言おう。馬鹿だ。そして空気も読めない。今、生徒会室では如何に忙しいか見て分からないのだろうか。
全ての部の提案に目を通し、許可を下すか審議し、現実に向けての行動を吟味する。ああ、時間配分も決めないといけないな。
そんな中で素っ頓狂な、頭に花でも咲いているのかと言いたくなるような言葉を耳にして、俺は自分の口元が引き攣るのを感じた。
隣を見るとギルの眉間にも皺が寄っている。生徒会にいる全ての者が、唖然としている。
ああ、彼が護衛の任を受けてくれていたら、こんな事にはならなかったのに……。
アシュレイ・ハワード。彼は私と一年あけて今年、入学してきた。
入学式で一番の成績を取り、代表挨拶の席に座る彼は相変わらずいい男だ。
年を重ねて鍛えている体は、細身ながらも一目瞭然。スラッとした体躯は男の私でも見惚れてしまうほど。
入学前に挨拶に来てくれた彼に、ギルはグリフォンが使えない事を話していた。
今からでも護衛の任を引き受けてくれないかと言うギルに、アシュレイは「それでは騎士団団長の顔を潰す事になるので出来ません」と断った。
それにグリフォンがそばにいるから、私の周りに女生徒がつめかけないのではという指摘も受けた。なるほど、そうかもしれない。
グリフォンがそばにつく前には、私とギルの周りは女生徒でいっぱいだった。前も歩けないとギルが苦虫を嚙み潰すような顔で言っていたのを覚えている。障害物なく歩けるようになったのは、確かにグリフォンがついてからだ。
俺ではもっと酷い状態になりますよと言われ、彼の整い過ぎる容姿に納得せざるを得なかった。
そして生徒会代表として壇上に上がった私は、見つけてしまった。
ファニリアス・ロレン侯爵令嬢。私の愛しい人。
彼女もまた、新入生としてこの学園にやって来たのだ。
ああ、相変わらず……いや、以前よりも尚、美しさに磨きがかかっている。
周囲の男が顔を赤らめて、彼女を凝視しているのが分かる。私もまた、彼女から視線を逸らせられない。しかし、彼女が熱心に見ているものは……。
壇上を降りると、交代でアシュレイが会釈をし、上がって行く。
途端に彼女の顔が華やいだ。
壇上に上がった彼もまた、彼女に気が付いたのだろう。満面の笑みを向けて、軽く手を振る。
講堂内は黄色い声で包まれる。しかし、彼の関心は全て彼女一人に送られているものだ。
壇上内に響き渡る声を発し堂々とした姿は、とても十五歳の少年とは思えないほどだが、彼は出会った時からそうだった。
品格と度胸を兼ね備えた彼の弱点、それが彼女。
彼女を奪う者がいたら、彼は荒神になるだろう。奪った者を殺し、建物を壊し、国までも滅ぼそうとするかもしれない。そして、それが出来るほどの実力と頭脳をもっている。
それが王族の私だとしても、彼に容赦などという言葉はない。
絶対に手を出してはいけない領域。それが彼女だ。
そんな彼女に私は八歳の頃から、いけない思いを抱いている。年々独占欲が強くなる彼と思いを募らせる私。このままではいけないと思いながらも、隠せない自分はどうしたらいいのかと思い悩む日々。
そんな私が彼女を生徒会に誘ってしまったのは、魔がさしたとしかいいようがない。
せめてもの償いは教師陣に頼んだ事だろう。それもあっさりと断られてしまったが。
アシュレイの口から直接言われた時は、心が凍るかと思うほどの恐怖を感じた。
ギルがアシュレイを生徒会に誘っていた事は知っていた。
彼ほど優秀な人材はそういない。護衛をしなくてもその頭脳だけで、生徒会からは喉から手が出るほど欲しい逸材だ。
最初はその件だけだろうと、高をくくっていた。彼は引き受けると。
彼は王族に次ぐハワード家公爵家の嫡男。いずれは私の片腕になる男だ。
だから私が卒業した後は、彼が生徒会を引ぎ継がなくてはならない。その為に今から私と共に生徒会を運営するのは、当然だと思っていた。
それなのに彼はなんの感情もなく断った。自分が入ると生徒会に権力が固まってしまうと。
王子が生徒会長で宰相の息子が副会長、筆頭公爵家の王子の婚約者が書記で、その上自分まで入ったら、一般の生徒が寄り付かなくなってしまうと。
ここはあくまで貴族学園。どんな言葉で濁そうが、暗黙の了解で上下関係は決まっている。権力で固めた生徒会には、誰も意見が出来なくなってしまう恐れがあるとの事。
全くもってその通りだと思う。確かにそんな生徒会、意見を言おうものなら家族も巻き込まないかとの心配までしなくてはいけなくなる。指摘されるまで気付かなかった。
そしてそこで、ロレン嬢の生徒会入りまで断られてしまったのだが。
アシュレイが知っているのは分かっていた事だったのに、私は勝手に断られるのなら教師からか、もしくは彼女が私に直接言ってくれるものだと思っていたのだ。
その時に彼女と二人きりになれるとの下心も働きながら。
それをアシュレイに見透かされた事に、私はアシュレイの怒りを買ったのではないかと、心底怯えた。
けれどアシュレイは「申し訳ありません」と頭を下げ、どうしても手が足りない時はお手伝いします。とまで言ってくれた。
私はロレン嬢との距離が縮まらない寂しさから落胆しながらも、アシュレイの怒りを買わなかった事に安堵した。
そうして今、グリフォンの能天気な発言にこの生徒会に彼がいない事を残念に感じていると、隣でギルがボソリと呟く。
「どうにかして彼を呼ぶ事が出来ないだろうか……」
うん、その気持ちは分かるよ。ロレン嬢の事は別として、私は彼に畏怖しながらも彼の存在を欲している。あの強さには憧憬も募るほどだ。けれど、現実に彼をこの場に呼んだ場合、私は彼に対して通常にふるまえるか分からない。
ぎゅうぅぅぅ~。
「……アシュ、私を抱きしめるんじゃなくて、今はお昼を食べる時間よ」
「ご飯よりもファニーを食べたい」
「言い方……はい、あ~ん。今日はミルフィールさんに教えてもらって私が作ったの」
「ファニーの手作り? 喰う。あ~ん」
ぱくり。もぐもぐ。
「学園内で不純異性交遊禁止!」
学園の昼食時、庭の広場の隅で敷物の上に座る俺とファニー。目の前にはファニーの手作りのお弁当。それを広げているファニーを後ろから抱きしめる。だって一生懸命用意する姿が、健気で可愛かったんだもん。
そんな俺に嫌がりもせず、フォークで刺した肉を口元にもってきてくれる。素直に一口サイズのそれを口にすると、香辛料の香ばしい香りがした。
そのやり取りを一部始終見ていたマーシャ嬢が、俺達の前で仁王立ちになる。
「マーシャ嬢も食べる? うまいよ、これ。ファニーの手作りなんだって。凄いよね。ファニーはなんだって上手に作るんだから。天才だよ」
「もう、アシュってば。ミルフィールさんの教え方がいいのよ。それにミルフィールさんってなんでも上手に出来て、凄いの。今私料理の他に服の作り方も教えてもらっているの」
「へえ~、それは凄いね。師匠の恋人とは本当に思えない」
「フフフ」
「って、そこですぐイチャつくのは、どういう事? すぐにくっつくアシュレイ様が悪いのは分かるけど、ファニリアスも毒され過ぎ。学園では秩序を保ちましょう!」
マーシャ嬢を落ち着かせようと思った結果、またもや怒鳴られてしまった。
キョトンとするファニーが可愛い。俺はファニーを後ろから抱きしめたまま、頭にグリグリと頬を摺り寄せる。
マーシャ嬢が顔を真っ赤にしながら「いってるそばから……」とまた怒鳴りそうになったところで横から声がかかる。
「いい加減諦めろよ、マーシャ。この二人がこんななのは八年間ずっと見てきただろう」
ゲーリックが隣の敷物の上で、サンドイッチを頬張りながら駄目だしする。
「そうですよ。一々構ってたらお昼の時間なくなってしまいますよ」
コニックが水筒からお茶を注ぎ、ゲーリックに手渡す。
「マーシャ、ファニリアスのお弁当、本当に美味しいわ。マーシャももらったら」
セルリア嬢が自身のお弁当を横に、ファニーのお弁当に舌鼓している。
「……皆、毒されてる……」
とうとうマーシャ嬢が頭を抱え込んだ。
「ファニリアスは本当にいいの、あれで?」
昼食後、男性は剣の授業で女性はお茶の入れ方の授業中、マーシャが苦笑するセルリアと共にたずねてきた。
「いいって……何が?」
私はわざととぼけてみた。
「天然……アシュレイ様の事に決まってるでしょ」
マーシャは少し呆れた声を出した。
やっぱりその話。アシュの行動はほっといてくれていいのに。でも、このままだとアシュが誤解されちゃうかな? 私は人差し指を顎に乗せて、考えるそぶりをする。
「う~ん、昔アシュに聞いた事があるの」
「え?」
「どうして人前で必要以上に抱きつくの?って、そうしたらアシュ、毒虫よけだって」
アシュは意外と毒舌だ。けれどそれに慣れたマーシャとセルリアは、その言葉の裏にすぐに気付いてくれた。
「まさかアシュレイ様、ファニリアスを誰かにとられると警戒しているの?」
心底驚いたという顔でマーシャが聞くので、私は苦笑しながらコクリと頷く。
「なんだかそうみたい」
「嘘でしょ。ありえない。二人の気持ちもそうだけど、アシュレイ様以上の男性なんて見た事ないよ。家柄も容姿も頭脳も剣術も最上級。その上気取らない性格で王子様達と交流があるのに、下級貴族の人達とも親しくしてる。そんな人がそばにいて誰にとられるって言うの?」
セルリアってば、アシュの事そんな風に思っていたんだ。私も間違ってはいないと思うけど♡
「分からないけど、外で私が離れるとすごく心配してくるの。家の方がまだ自由にしてくれるかな?」
そうなのよね、アシュは学園内ではベッタリだけど、意外とお互いの家では自由にさせてくれる。私がそばに寄ると相手してくれるけど、伯父様や猫のルミのそばにいる事もある。
そんな時ちょっとヤキモチ焼いちゃう事は内緒。
「……やっぱり、その、噂の人の所為……かな?」
マーシャが上目遣いで、オズオズと核心をついてくる。私はここで誤魔化しても仕方がないと苦笑する。
「……そうね、そうかもしれないけど、私にはアシュしかいないのにね」
噂の人……それは、学園に入ってから熱視線を送ってくるあの人、ランバース殿下の所為。
以前からおかしいなとは思っていたけれど、確信したのは学園に入ってから。
気が付くと遠くからでも私をジッと見ている事がある。最初はアシュに用事かな? と思っていたけれど、そうではないという事がはっきりした。どんなに動いても視線が私から外れる事がないのだ。
アシュしか見ていない鈍い私が気付くくらいだから、勘のいい他の生徒は入学早々気付いていたようだ。
アシュは知らないふりを続けているが、多分以前から気付いていたんだろうな。
その上でずっと守ってくれていたんだろう。城でお茶会をする時も片時も離れずに。
今思えば、エディック様も気付いていたのかも。その上でアシュがいない時は自分を保護者だと思ってくれなんて言ってきていたんだろう。アシュと殿下の間で揉め事がおこらないように。
ランバース殿下がいつ私を気にいってくれていたのか知らないけれど、今更何を言われても私にはアシュしかいない。
「今の私はアシュが作り上げてくれたの。私が可愛げがないひねくれた女の子で、そんな私を自然体でいいって。何をしても嫌いにならないって言ってくれたのはアシュだから。だから私、アシュのそばにいられる女の子になろうって頑張ったのだもの。今更それを他の人の為に披露する気はないわ」
私はキッパリと言い切る。近くで聞き耳を立てている子もいたから、それを分かった上でハッキリさせる必要があると思った。
今度は私の言葉が噂になるだろう。
もう逃げるのはやめる。今迄アシュが気付かない私の為にずっと守ってくれていたのだから、私もちゃんと周りと戦うと決めた。
だから私は昼のようにアシュが私に抱きつく時は、ちゃんと受け止めようと恥ずかしがらないように頑張っているのだ。
「……ごめん。なんだが私、誤解していたかも。二人はただ単にイチャイチャしたかっただけなのかと」
「え? それはもちろんそうよ。アシュに抱きしめられたら嬉しいもの」
「毒されてる! やっぱりファニリアス毒されてるよ。淑女として駄目な部類に」
「フフフ」
私はわざと淑女の微笑で優雅に返す。途端、周辺から音が消えた。皆私に注目しているみたい。頬が赤いわ。やっぱりミルフィールさん直伝の淑女の微笑は最強ね。




