前回
城のバラ園にやって来た俺が最初に出会ったのは、第一王子ランバース・ダンバだった。
確実に将来、侍従とするべく俺に会いに来たランバは、人好きのする笑顔で握手を求めてきた。
否応もなく俺はランバの手を握り、その後は取り巻きよろしく、挨拶を交わしていくランバの後を歩いた。
そうして俺は彼女に出会った。ファニリアス・ロレン侯爵令嬢。
動けない俺を置いてランバはファニーのそばに行く。頬を染めながら会話する二人。
側近の一人が時間だとランバを促す。
立ち去りがたいランバは突然膝をつく。そうして自分の婚約者になって欲しいと申し出た。
俺と王子は二人同時に彼女に一目惚れをしたのだ。
そうして行動し、勝ち取ったのは王子だった。
七歳にして俺は恋と失恋を同じ日、数分も経たない間に同時に味わったのだった。
その後も俺はファニーを諦める事は出来なかった。
当然だろう。俺は王子の遊び相手として城に行く毎日。彼女は婚約者として城で王妃教育を受ける日々。時間を合わせ王子とお茶をする中、たまに俺達とも交流を図る。
そんな中、辛い王妃教育はファニーに涙を流させる。誰もいない庭の片隅で隠れるように泣く彼女は痛々しく、俺は何度も慰めようとそばに寄っては触れられず、彼女のそばで膝を抱える時を過ごした。
彼女はそんな俺に『いつもありがとう、そばにいてくれるだけで嬉しい』と涙の残った顔でニコリと笑う。
どれだけ彼女を奪い去ろうか考えたのは、二桁では足りないほど。
だけど、彼女と王子は仲が良かった。
俺と彼女が十三歳の時、小国の王子と王女が遊学してきた。王子はファニーに、王女はランバに友人の範疇を超えて近寄った。狙いはランバに王女を選ばせる事。
けれど数日後には王女は音を上げていた。ランバの目にはファニーしか映っていないと王女自ら口にした。
諦めた王女は狙いをランバから俺に変えた。俺はありとあらゆる女性の躱し方を教わる日々を送る事になってしまった。あの日々があるからこそ、俺はのらりくらりと生きるすべを身につけた。
そして、小国の王子はファニーに本気になった。酒を酌み交わしながら小国の王子の愚痴を聞く。振られた者同士、肩を寄せ合って一晩過ごした。後日、俺は彼と良き友人になっていた。
二人が帰国した後、秀麗な顔を崩しまくってヘラヘラと笑うランバを見て、俺は思わず引いた。
心情的にではなく物理的に。それはもう左の壁から右の壁へ移動するほど。
「何かいい事でもあったのか?」
その頃には側近というよりも友人としての立場を得ていた俺は、遠慮なく砕けた言葉で王子と会話をしていた。
「え? いや、えっと……なんで分かった?」
「いや、分からない方がおかしいから……」
「あ、そうか。いや、たいした事では、いや、私にとったら十分たいした事だけれど……」
グズグズ言う王子に、俺はイラっとした。
「聞いて欲しいの? 欲しくないの? どっち?」
「あ、うん。聞いて、聞いて欲しい。ファニーとキスした」
………… は? …………
「ファニーとつい口論になってね。いや、私が悪いのだけれどね。小国の王子がファニーの事好きだったんじゃないかと、勝手に疑ってヤキモチ焼いて、ファニーに詰め寄ってしまったんだ。彼が帰って寂しいんじゃないかと。そしたら彼女はどうしてそんな事言うのかと、王女が帰って寂しいのは私の方じゃないのかと涙目で怒鳴ってきたんだ。初めて見る彼女のそんな姿に堪らなくなって、気が付いたらキスをしていた。キョトンとした彼女の顔が可愛くて、何度も何度もしたら流石に止められたけど、その顔がまた可愛くて、その後は我慢するのが大変だったよ」
フフフと笑うランバに俺は鈍器で頭を殴られたかのような衝撃をこらえながら、ケダモノかよ。と突っ込みを入れておく。
ハハハと笑う声は空虚になり、俺はその後、声を発する事が出来なかった。