親友
「ランバ様からファニーを生徒会に推薦する要望が先生のところに直接あったらしく、ファニーにどうするか聞かれたそうです。因みに俺もギルバード様から打診は受けています。断ろうかとも思ったのですが、監視はしやすくなるかも。その場合、ファニーが一緒に入るのもいいかもしれませんが、ランバ様の目が気持ち悪すぎて、最近の鬱憤からも合わせて秒でキレるかもしれません。もちろん私が」
「……うん、お前の気持ちはよく分かるよ」
帰宅後一番、今日は屋敷で書類仕事をしている父上の執務室に「話があります」と無理矢理、師匠を連れて訪れた俺は、父上に一気にまくしたてた。
そんな俺を見て、父上は頭を抱える。どうした、父上。仕事のし過ぎで頭痛でもするのかな?
「……なんで俺まで連れてこられてんの?」
師匠がソファに横たわりながら、ぼそりと呟く。自由人の師匠に、ここ貴方の上司の執務室ですよ。と心の中で突っ込んでおく。え? 俺も自由人だって。そんな事はないよ。俺は常識人です。
「一緒に考えて下さいよ。黒の魔女の事なんだから。無駄にきれる頭もってるでしょ」
「魔女の事なんだが、王子の事なんだが……それ、ただのヤキモチだからな」
師匠は無駄にきれる頭で、俺の心を暴く。あ、そういうのいいんで。必要ありません。
俺は生徒会打診の話をする前に、黒の魔女と遭遇した話もしていた。
どういう裏があると思うか、他の人からも聞いてみたかったのだ。
父上は数枚の書類を横に避けて、空いた机の上に肘をつく。
「黒の魔女がお前に接触した事実から考えられる事は一つ。標的が殿下からお前に変わったのだろうな」
「……やはりそう考えられますか」
「むしろそれしかないだろう。殿下との接触を図らず、お前に触れようとしてくるのだから」
白の魔女ルミと白の魔女の末裔ミルフィール様に聞いた話によると、魔法は主に手から放出される事が多いそうだ。
もちろん、体内にあるものだから口からや腹からでも出せるそうだが、魔法は想像により作り出されるものらしく、手から放出されるという想像が最も出しやすいらしい。
反対に手がなくなると想像がしにくくなり、魔法が使えなくなったと思う者が大多数なので、その想像により本当に魔法が使えなくなるそうだ。
以前、師匠がミルフィール様と旅していた時、襲ってきた敵の魔法使いの腕を切り落とした事が何度かあるそうで、その全員が魔法が使えなくなったから、間違いないかもしれない。
そう聞くと魔法の概念もなかったミルフィール様が、無意識化で魔法を暴走させた事はかなりの異例だ。
ただ、黒の魔女にそういう知識があるかどうかは分からない。
ルミやミルフィール様のように魔法の理を知っているならば、腕を切ったところで魅了の魔法を使い続けるかもしれないけれど、今のところは俺に握手を求めた事から、直接触れて手から魅了の魔法をかけようとしていた事は、間違いないようだ。
それが最も効果があるというのは、理解しているのだろう。
「ただ、王子の事もすっぱり諦めたわけではないみたいだけれどね」
俺達の会話に突然、第三者の声が割って入った。
それも執務室の窓から。
「久しぶり、リスティ、マッドン、あーちゃん♡」
「……あーちゃん、やめて下さい。マジで」
俺は窓の淵に座り込んでいる人物に、頭を抱えながらお願いする。
どうしてこの人は昔から、俺をあーちゃん呼びするのかな?
「そうだぞ。あーちゃんはもうやめてやれ。アシュももう十五と立派な大人なのだからな」
ガチャリとノックもなく扉を開けて話に入ってきた人物を見て、俺は柄にもなくちょっと喜んでしまった。
「お久しぶりです。ハリスさん」
俺の方を見て、無表情ながらも口角が上がっているのを、俺は見逃さない。俺もつられて微笑み返そうとした瞬間、窓から冷気が漂ってきた。
「……あーちゃん、俺が先に挨拶したよね。お仕置きされたい?」
「あ~、すみません。クレノさんもお久しぶりです」
俺は頬を引き攣らせながらも、どうにか窓に腰掛ける人物に笑みを返す。
「クレノさんも。てのが気になるけれど、まぁいいや。とりあえずお茶出して、あーちゃん。それと、逃げようとしてんじゃないよ、マッドン」
そうっと、ハリスさんがやって来た扉から出て行こうとする師匠を、窓の淵に座る人物は横を向いたまま、はんっと鼻を鳴らしながら止めた。
この二人は父上の幼馴染で窓から入って来た黒髪長髪やせ型、影ある美形はクレノ・ホーキー。扉からノックもしないで入って来た赤髪筋肉硬派美形はハリス・ガディーニ。父上の片腕の二人だ。
クレノさんは主に諜報員として活躍しており、ハリスさんは領地内の荒れ事を押さえる役目を担っている。最近では獣の群れの討伐に勤しんでいる。
だから俺とも昔から獣討伐で一緒に動く事が多く、現実の師匠と共に心の師匠と思っている。
クレノさんより懐くのは当然の事だと思う。
師匠は昔からこの二人に苦手意識があり、二人が現れると決まって逃げ出そうとする。
いつも見つかって止められるんだから、いい加減諦めればいいのに。
因みにこの二人にも、俺の事情は話してある。というか、父上が勝手に話した。
にこやかな父上とハリスさんとクレノさんの横で項垂れている師匠が、やけに目についた。
「……一応、俺は止めたんだがな」
師匠が俺をチラチラ見ながら言い訳をする。
「すまないね。私はこの二人には隠し事が出来ないんだ」
ニコニコと笑う父上に、頭痛がしてきた。なんか……面白がってないかな?
「……分かっていましたよ。初めから父上と話した時点で、クレノさんに隠せる訳がないって」
そう、分かっていたんだ。クレノさんの情報網は侮れないって事ぐらい。
ハワード家の情報は、代々クレノさんの家系が補ってきた。多分、この世界でも指折りの力の持ち主だって。
だからこのハワード家においても、クレノさんを苦手とする者は多い。なんとも思っていないのは、父上とハリスさんぐらいだろう。
父上においては、友達なのだから何もかも知られているのは当たり前ぐらいに思っているし、ハリスさんに関しては、元より隠すような事は何もない。て感じなんだよね。
秘密だらけの俺や師匠からしたら、本当に全てを探ろうとする彼は苦手の何ものでもない。
けれどその反面、事情を知って尚且つ、味方になってくれたらこれほど頼もしい人はいないんじゃないかってぐらい頼もしい。ただ、扱いづらい人ではあるが……。
まあ、俺に関しては親友の息子という立場なので、無条件で可愛がってくれているとは思うが、ただこんな荒唐無稽な話、本当に信じてくれるのかどうか……。
「あーちゃん、昔から何か一人でこそこそやってるなぁ~とは思っていたが、なんで俺に話さなかったんだ。すげー面白そうじゃん」
――あ、そうだった。クレノさん、父上の親友だった。
「アシュ、大変だったな。これからは微力ながら俺も手を貸そう」
――ハリスさん、やっぱり父上の親友だな。
俺は父上のなんでも面白がるところを共感しているクレノさんと、真面目で優しいところが似ているハリスさんに、改めて父上の親友だという事を理解した。




