標的
――おかしい?
俺は教員室の前の廊下で腕を組みながら、ここ最近の事を考えていた。
俺とファニーがキーラマ学園に入学して一か月が過ぎた。
とうとう決戦の時、黒の魔女はどんな方法で王子に近づいているのかと思いきや、二人に接点はほとんどない。
前回では一年より同じクラスに入り接触を測っていたというのに、今回はクラスも違う。
王子が入学してから、それとなく王子やギルバード様に探りを入れてみたが、誰、それ? 的な反応が返って来たから、誤魔化しているのかと疑ってもみた。だが、常に黒の魔女の動向を探ってくれている者からも、同じ答えが返ってきていた。
ローズマリー・マキアートは、確かに王子と同学年に入学している。
一時期、ローズマリー企画いじめ劇の場に王子が出くわすなどの接触があったらしいが、それは数度で終わったそうだ。
王子とはなんの進展もないまま、ローズマリーは下級貴族に魅了の魔法をかけて遊んでいるとの事。
領地内にいる間の出来事も報告は受けていた。
村の男女関係なく魅了の魔法の毒牙にかけていたらしいが、表立って派手な事はしていなかった。
もちろん、痴情によるもつれから切傷沙汰はそこかしこでおこっていたそうだが、ローズマリーが関っているとの証拠は、上手く隠していたようだ。優秀な人材がいるハワード家には筒抜けではあったが。
フウ~っと廊下の窓から空を見上げる。雲が多い。少し雨が降りそうかな? そのままの姿勢で思考を元に戻す。
黒の魔女はこんな事がしたかったのか?
前回ではあんなに自由気ままに暴れまわっていたというのに、どんな心境でこれほど大人しくなっている? 何が裏があるのか?
そんな事を考えていたら、目の前に人の気配を感じた。バッと顔を向けるとそこには黒の魔女、ローズマリーがいた。
俺は一瞬、憎悪で心が支配される! が、グッと堪えて貴族スマイルをうかべる。
――ずっと出会った時の事を想像していた。
感情に流されない。決して奴のペースにははまらない。と……。握りしめた手の平に爪が食い込む。
「どうしました? 令嬢がそのように、異性の顔を覗き込むものではありませんよ」
「あら、ごめんなさい。あまりに綺麗な顔だから、つい近すぎ過ぎてしまったわ。ハワード様ですよね。公爵家の。私二年のローズマリー・マキアートよ。よろしくね」
そう言って両手を差し出してきた。
……相変わらず、マナーが全然出来ていない。
いくら学園内とはいえ、ここは貴族学園。身分関係なく付き合う事を方針としているが、あくまで礼儀の範疇での事で、下級貴族が上級貴族に軽い口調で話しかけていいという事ではない。
しかも異性の顔を覗き込むなんて、マナー以前の問題だ。
ニコニコと笑うローズマリーを、魅了の魔法抜きにしても可愛いと言う奴もいるのだろうが、俺には醜く歪んだ化け物に見える。
内情を悟らせないよう、怒りで震えそうになる体に力を込めて貴族スマイルを保ち続ける。
「……用がないのでしたら、離れていただけませんか。私には愛する婚約者がおりますので、あきらかに誤解であろうと、僅かたりとも嫌な思いをさせたくないのです」
両手を無視して離れろと言う俺に、ローズマリーは不思議な顔をする。
「あら、握手に応じて下さいませんの?」
「応じる必要がどこに?」
「同じ学園に通う生徒同士ではありませんか。先輩が仲良くしようと言っているのですから、握手ぐらい応じてくれてもいいのでは?」
「必要性を微塵も感じません。私は貴方と仲良くする気は一切ありませんので。お分かりいただけましたら、サッサと離れて下さい」
最初は仕方がないなと笑っていたローズマリーも、俺が犬でも追い払うかのように手をシッシッと動かすと、流石に頬をピクリとさせた。
お冠かな? 怒れ、怒れ。怒ってとっとと正体を現せ!
「……ハワード様って優しい方だと思っていたのに、意外と意地悪なんですね。けど、好きになった人には優しいんでしょ?」
口を尖らせながら上目遣いで見てくる。
ファニーがやると悶絶もんだが、魔女がやるとイラっとするな。可愛く見せようという打算がありありと見える。だから俺はキッパリと言ってやった。
「私はファニーだけに優しくします」
「ファニーって……今の貴方の婚約者でしょ。そうね、今はそうかもね。だけど、婚約者なんてこの先どうなるか分からないじゃない。家同士の繋がりの相手とは違って、本当に好きになった人にはまた別の感情が芽生えるはず。その時はその方に今以上にうんと優しくなさって下さいな」
「私はファニーだけに優しくします」
「だから、今だけの婚約者と心から好きになった人とでは違うという……」
「私は過去も未来も時空を超えても、ファニーだけに優しくします」
「……………………」
ローズマリーの口がポカンとあく。
はっはっはっ、呆れろ、呆れろ。呆れて諦めてサッサとどこかに行きやがれ。
そんな風に俺達が不毛なやり取りをしていると、教員室の扉がガラリと開かれた。
出てきたのは絶世の美少女、もとい俺の愛しのファニー様。
「アシュ、お待たせ。ごめんね、こんな所で待たせちゃって。教室にいてくれたら良かったのに。寒くなかった?」
ファニーは出てくるなり、俺の心配をしてくれる。てててっと走り寄ってくる可愛さ。俺の中に渦巻いていた黒いモノが浄化されていく。
「大丈夫だよ。俺がファニーについてきたかっただけだから、気にしないで。それより先生の用事って何だったの?」
「それが……!」
ファニーは先生との会話を俺に報告しようとしたところで、隣のローズマリーに気が付いた。
「あの……」
ファニーがローズマリーに声をかけようとしたところで、俺はファニーの両肩をもってくるりと反転させた。
二人が「え?」と驚いている間に、ファニーの肩を抱いて、サッサと教室の方に移動する。
「え? アシュ、彼女はいいの?」
「彼女って誰? 俺は一人で愛しいファニーの帰りを待っていたんだよ。さぁ、早く教室に戻って帰り支度しようね。話は馬車の中で聞くよ」
そう言って、ローズマリーを置き去りにしてその場を去った。
チラリと後ろを見ると、醜悪そのものの顔で俺を睨みつけている。
やはり本質は変わっていないな。何かを企んでいる。俺は確信をもった。
不快な思いはしたが、その表情を見られただけでも、今回の接触は無駄じゃなかったなと思う事にする。
けれど、魔女とファニーとの接触は出来るだけ避けた方がいいだろう。
何かの拍子に前回の事が思い出される可能性だってある。そうなれば魔女は同じ事を仕掛けてくるかもしれないし、ファニーは苦しい事を思い出してしまうかもしれない。
教室に戻り、帰り支度をして馬車に乗ると、ファニーからまたもや頭を悩ませる話を聞いた。
どうする? 一度父上に相談するか?




