黒の魔女
「悪いが、別れてくれ。俺はマリーと一緒になる事にした」
「どうして? 私が一体何をしたって言うの?」
「俺の見ていない所でマリーをいじめていたんだろう。余所者だとか言って。お前がそんな奴だとは思わなかったよ」
「そんな事していないわ。それに半年前にこの村に来た彼女は、立派な余所者じゃない」
「そうだとしても、そんな事で人をいじめるなんて最低だ。そんな奴と結婚なんて出来るはずないだろう」
「私と結婚出来ないからといって、どうしてその女と結婚するのよ。そんなのいいわけじゃない」
――煩いなぁ……。
「その女とか言うな。口が悪いな。本性が出ているぞ」
「なんですって!」
人の家でギャーギャーと本当に煩い。野菜持ってきたなら、置いてサッサと帰ってくれないかしら。
ふわぁ~、と軽い欠伸をしていたら、突然キイ~!と甲高い声が聞こえてきた。
「あんたのせいで……殺してやる、殺してやる!」
そう言って、女が髪を乱し狂ったように突進してきた。
余りの行動に先程まで口論していた男は、愕然として突っ立っている。
私は突進してくる女の目の前に手を翳す。
ボッ!
次の瞬間、女は火の海に包まれた。
「ギャアアアァァァ!」
目の前で燃える女に、男は腰を抜かして「あああ~」と呻いている。
くだらない男。
この男もいらないわね。
私はそのまま半年程住んでいた家から出て、戸口にも火をつけた。
男が我に返った時には、もう逃げ場はなかった。
男の断末魔を後にして、私は森を突き抜ける。
つまんないなぁ。折角あの女が死んで自由になったのに、面白い事が一つもないわ。
私は何ともなしに、自分の過去を振り返る。
私の母は黒の魔女のくせに変わり者。
普通、魔女は伴侶に魔法を分け与えて、魔法使いにして子供をつくる。そうすると一旦、他の者に入った魔法はその者の中で変化をおこし、相手の魔法となる。
産まれた子供は両方から魔法の力を受け継ぎ、立派な魔女として成長する。
それなのに母は、父を魔法使いにしなかった。
それどころか魔女だという事も隠し、父の一生を同じ人間として生きた。
母は私にもそれを強要した。魔法を一切教わる事も出来ず、力も微量。ただ意識の欠片として、私は黒の魔女なのだと認識していた。
父が亡くなって初めて母は若さを取り戻した。
私を育てるのに年老いた体では、何かと不便だという理由だけでだ。
黒の魔女の性質は、争いや揉め事を好むもの。母の生き方は、黒の魔女の性質からは逸脱していた。
お蔭で私は魔力も微量なうえ、魔法の使い方も分からない半端者。
母と共に生きた百年は苦痛でしかなかった。
母が亡くなり一人になって初めて分かった。人間は人を求めるもの。そこには必ず争いがおこる。黒の魔女は人間と共にいる事で性質が満たされる。
魔力が微量な私が一番簡単に黒の魔女の性質を満たす方法。それは人に取り入る事。
大人しいふりをして庇護欲をそそる。そしてある事ない事吹き込めば、関係は簡単に壊れる。人が憎悪に歪めていく表情はなんと美しい事か。
ちまちまとそんな事を二百年近く繰り返しているが、流石に飽きてきた。
どの人間も全く同じ。他者を認めず己可愛さに落ちていく。
余りの変化のなさに、ここ最近は退屈しか感じない。
魔力も高まってきた事だし、ちょっと王都にでも行ってみようかな。
魔女はその存在を知られてはいけない。
知られれば、圧倒的多数の人間に迫害、処理されてしまう。人間は異質なものを決して認めない生き物だから。
そんな理由で小さな村をフラフラ回っていたが、退屈に嫌気がさした私は貴族の人間を揶揄うのも面白いかもしれないと考えた。
貴族なんて者は、人間の負でできている者だと思っているしね。
そうしてフラリと王都に立ち寄った。
その光景に目を奪われる。田舎の村とは段違い。見上げる建物は所狭しと連なり、見た事がないような物が売られ、人も活気に満ち溢れている。清潔に保たれている町の広場には噴水が置かれ、町娘でもそれなりに身だしなみには気を付けている。
小綺麗な女達の中、私に目を向ける者はいない。
――悔しい。
私は年頃の娘姿でいる事が恥ずかしくなり子供の姿に変化して、早々にその場を立ち去った。
どこをどう歩いたのか町から外れた私は、湖の淵に辿り着いた。
そして何故か湖の真ん中の岩の上には、一人の女が横たわっていた。
白髪の女は目を瞑っていたが、私は一目でその女が魔女である事が分かった。それも私の対照にある白の魔女。
そういえば、黒の魔女と違って愛をつかさどる白の魔女には特殊な能力があったはず。
そう、人を惹きつける〔魅了の魔法〕。
私が今、最も必要とする力だ。
魔女には一生に一度だけ、魔法を他者に分け与える事が出来る。それは伴侶に己の力を分け与え魔女の子をつくる為に使用する。子孫を絶やさない為の大切な力だ。
私の母はそれを拒否したし、私も子孫を残す気などさらさらない。ならばその力の使い道は、自分を満たす為に使えばいい。
他者に力を分け与える事が出来るのなら、反対に奪う事だって可能なはず。
白の魔女は弱っている。今が狙い時だ。
私は迷わず白の魔女に襲い掛かり、力を奪った。魔力を奪えば能力も奪えるはず。
ただでさえ弱っていた白の魔女は、悲鳴をあげながら苦しんでいる。
魔力を奪われた白の魔女がどうなろうが、私の知った事ではない。
白の魔女は見る見る薄くなっていく。このまま放置しておけば跡形もなく消えるだろう。
そうして私は、一度王都から離れようと綺麗に塗装された道を外れる。
これからの事を考えながら山道を歩いていると、馬車の車輪の後が崖下へと向かっているのが見えた。
これは落ちたな。と何気なくその場に降りて行くと、案の定、馬車は粉々に砕け散り、二頭の馬と四人の人間が絶命していた。
その内の一人が見た事のない綺麗な服を着ている。これは貴族の娘か。
私は何か身分が分かるものがないか、散乱した現場から物色を始めた。
その女はローズマリー・マキアート。地方男爵の娘らしい。
どうやら山の麓に住んでいる叔母の元から帰る途中に、事故にあったらしい。
両親や叔母の手紙を、大事に懐に仕舞い込んでいた。
私はその娘の顔をじっと見る。
なんとなく私と似ている。真っ赤な髪色が同じだからそう思うのかしら?
瞼を持ち上げて瞳の色を確かめる。瞳の色も焦げ茶色とよく似ている。
背格好も今の子供の姿とそう変わらない。
どう見てもそっくりなのだ。
私は口角を上げる。
貴族の彼女と入れ替われるわ……。




