不穏
「久しぶりに友人と会えて嬉しくて、ついはしゃいでしまいました。申し訳ございません。騒がしくしてしまいましたでしょうか?」
にこやかな王妃様が怒っていないのは分かっていたが、突然の王妃様の声に委縮してしまった二人を気遣った私は、椅子から立ち上がり王妃様に一礼して申し上げた。
慌てて二人も私に習って一礼する。
王妃様は「大丈夫よ。楽しそうで良かったと思っただけ。お座りなさい」と優しく微笑む。
ホッとした私達は椅子に座り直し、王妃様の話を聞く姿勢をとる。
「王妃様、お二人はとても明るく優しい方なので、いつも私を楽しませて下さるのです。ロレン侯爵令嬢は、しっかりとしていて良き相談相手になって下さいます。ランバース様とご一緒によくお茶会をさせて頂きますの」
「ええ、存じていてよ。ランバの口からもロレン侯爵令嬢の話はよく聞くの。とってもしっかりしたご令嬢だって」
――場の空気が固まる。
ミランダ様が王妃様に私達の擁護をしながら紹介してくれるのはありがたいのだけれど、どうして王子様が私の話を王妃様にするの?
いくらミランダ様の友人でアシュのおまけで王子様とお茶をしているのは、周りから報告をうけているとしても、私個人の話を王子自らの口で王妃様に言う事なんかないんじゃないかしら。
私は内心、訝しく思いながらも社交スマイルを崩さず答える。
「光栄です。ハワード様の連れ添いの私の事まで王妃様のお耳に入れて下さるランバース殿下は、本当に優しいお方ですわ。ハワード様と近しくして頂き、連れの私までお茶会に参列させて下さるランバース殿下に感謝申し上げます」
私はあくまでアシュのおまけだと強調する。当たり前だが、他意はないわと。王子様が話したからと言って、変な興味をもたれたら堪らないもの。
すると王妃様は扇で口元を隠し、ニコリと笑う。
「ランバの言っていた通りの方ね」
私は一体どんな方なの? 困惑する私が必死で貴族スマイルを保っていると、ザっと空気が華やいだ。
「母上、ミランダ。本日はお招きありがとうございます」
来るはずのない王子様の登場に、私は驚く。
今日は女性だけのお茶会じゃなかったの? アシュが知ったら拗ねちゃうよう。
王子様の登場にミランダ様の友人達が華やかな声をあげる中、王子様は王妃様とミランダ様の挨拶もそこそこに、こちらに目を向ける。
「ロレン嬢、こんにちは。今日はアシュレイと一緒じゃなかったの? 君がこのお茶会に出席すると聞いて、こちらに来るかと思っていたのだけれど」
「ご機嫌麗しく、ランバース殿下。アシュレイ様は領地に戻っておりまして、今は王都を離れております」
「え、そうなの? じゃあ、ロレン嬢は初めて一人で城に来たの?」
何、その小さな子が初めて一人で行動したかのような反応は? 貴族スマイルを維持しながらも何だか落ち込んできた。私は周りにも、アシュがいないと駄目なんだと思われているのだわ。
全くもってその通りなんだろうけど……何だかこれではいけない気がする。
「一人ではございませんわ。王妃様にお呼び頂き、ミランダ様はじめノルチェ伯爵令嬢やビレッジ伯爵令嬢という大切な友人がいらっしゃいます。フフ、ランバース殿下は私が常にアシュレイ様の庇護下におりますので、小さなお子と錯覚されていらっしゃるのかしら?」
私は顔を上げ、ニコリと王子様に微笑む。すると王子様は頬を朱に染め「い・いや」と口ごもった。
私はアシュの妹じゃないわ。いずれは妻になるんだからね。妻よ、妻。
私は内心、しっかりしなきゃ。アシュの足を引っ張らないようにしないと。と勢い込みながら王子様を見ていると、王子様はますます赤くなる。
どうしたのかしら? 私の勢いが強すぎて面食らっているのかしら? それとも私を子ども扱いした発言がまずかったと気付いてくれたのかしら? そうよね、あれは失礼よね。仮にも王子様ならレディを子ども扱いなんてしちゃいけないわ。そんな感じで王妃様にも私の話をしたのかしら? だったら王妃様にも私が子供っぽいとか思われてるのかもしれないわ。困るわ、そんなの。アシュに話して王子様に私を子ども扱いするのをやめてもらうようお願いしなきゃ。
「ランバース様、ミランダ様のお隣のお席にどうぞ」
私が内心拗ねながらもやっぱりアシュに頼ろうとしていると、エディック様が優雅な仕草ながらも、有無を言わさず王子様に座るよう促した。
「あ・ああ、そうだね」
やっと座った王子様をよそにエディック様がそっと囁く。
「ロレン嬢、何かお困り事がございましたら、私にお話し下さい」
「エディック様まで、私が小さなお子に見えますか?」
まさかエディック様までそんな事を言うと思っていなかった私は、扇で表情を隠しながらも驚く。
「いいえ、違うから困るのです。城内でロレン嬢に何かありましたら、私は怒り狂うアシュレイを止める自信がありません。城内の平和のためにもロレン嬢には無事でいて頂かないと」
あ、それはあり得る。
クスリと笑う私に、エディック様は「アシュレイがいない時は、私を保護者だと思って下さい」と言って王子様のもとに去って行く。
保護者って……やっぱり小さな子だと思われている気がする。
何気にエディック様の背を見ていると、ミランダ様が私を見ていた。寂しそうな羨ましそうな何とも言えない表情で。私の視線に気が付いたミランダ様はハッとして顔を背ける。
どうしたのかしら? と思いながらも王妃様と話し出したミランダ様に、声をかける事は出来なかった。
お茶会が無事に終わり、マーシャ様とセルリア様と別れた私は、馬車に乗り込もうとした瞬間、後ろから声をかけられた。
「ロレン嬢」
「ランバース殿下?」
息を切らせ走り寄って来たのは、王子様だった。
何の用だろうと首を傾げる私をじっと見つめる王子様。
……なんだか、いたたまれないんですけど……。
「あの、何か?」
「あ、いや、あの……アシュレイがいないなんて思わなくて、感情のまま走り寄ったんだけれど、まさかギルをまけるなんて思わなくて、その……」
――要領を得ない。
この王子様は何が言いたいのだろう?
「また城に遊びに来てくれますか?」
勢い込む王子様。何回もお会いしているのに改めて言うなんて、今日の王子様は本当におかしい。
「ミランダ様にお呼びして頂けましたら、アシュとともに参ります」
当たり前の事を答えると、目に見えてガックリと肩を降ろす。
「……そう、ですか。あの、ロレン嬢は本当にアシュレイの事が、その、好き……なのですか?」
ポッ♡
いきなり何を言うの、この王子様は。顔が真っ赤になっちゃったじゃない。
私が照れ隠しにツンッと顔を上げると、王子様と目が合う。嫌だ、この王子様。淑女が顔を真っ赤にしているところを凝視しているの? 不快に思ったが、流石に表情に出すわけにもいかないので、あえて貴族スマイルで照れを隠して答えてみる。
「……アシュは、私にとって、一番大切な人です。ランバース殿下もミランダ様が大事でしょう」
「えっと……私達はあくまで政略上の婚約なので、次期王妃として大切にしたいとは思っているが、その……難しいね」
王子様はミランダ様に気持ちがないという事? でも、そんなの私に言われても……こんな時、アシュならどう返してあげるのかしら? 私には難しすぎるわ。
私がうんうんと唸っていると、王子様がクスリと笑う。
「ごめんね。こんな事言われても困るよね。大丈夫、気にしないで。嫌いなわけじゃないんだよ。ミランダは王妃教育もしっかりやってくれる優秀な子だしね。大切にしたいという気持ちに偽りはない。ただ、私の気持ちは……」
じっと私を見つめてくる王子様。
え、なに? この空気?
ジワリと背中に汗が滲む。いたたまれなくなって逃げ出したい気持ちを必死でこらえる。
こんな時、アシュがいてくれたら……。
私が一歩後退すると、王子様が一歩前に出る。
逃がさないというかの様に距離を詰めてくる王子様。
そんな王子様に、怖くなった私は泣きそうになる。
アシュ、アシュ、助けて!
そう口にしそうになった時「ランバ!」と横から声がかかった。
そちらを向くとエディック様が、息を切らせながら走って来た。どうやら王子様を探しに来たようだ。
助かったぁ~。と内心ホッとする。
「ギル、そんなに慌ててどうしたの?」
王子様がそう言うと、エディック様は「どうしたも、こうしたも……」とブツブツ言っていたが、スッと背筋を伸ばし、にこやかに「殿下を探しに来ました」と述べる。
「王妃様とミランダ様がお待ちです。至急お戻り下さい」
「そうか、二人が……分かった。すぐに行くよ。ロレン嬢を見送ろうと思ったのだが、先に失礼するね。またアシュレイも一緒にお茶をしよう」
「はい、ありがとうございます」
そう言って、私はやっと城を後にする事が出来た。
先程の王子様、なんだがとっても怖かったな。
アシュが帰ってきてこの事を知ったら、どんな反応をするのかしら。少し怖いような気がするのは、私の気のせいかな?




