茶会
それから以降、私はミランダ様と手紙のやり取りをしている。
ミランダ様は忙しい方なのであまりお会いする事は少ないが、王立図書館で待ち合わせをしたり数回ロレン家にお招きした事もある。そしてアシュが王子様に城に呼ばれた時は、ミランダ様と時間を合わせてお城で会う事もあった。その際は何故かミランダ様と私、アシュと王子様、エディック様と五人でお茶をした。
そんな緊張する場所でさえ、ベタベタするアシュと私(主にアシュが私に構うのだけれど、嫌がらない私も同罪かな)を三人は苦笑しながら見守ってくれる。
「――本当にアシュレイとロレン嬢は、仲が良いのだな」
自分のケーキを「これ美味しいよ」と言って普通にアシュの口に運んでいた私に、王子様が溜息交じりに呟く。
しまったぁ~、いつもの調子でやっちゃった。
五人のお茶会も二桁になる頃には私も気が抜けていたのか、つい家でいるような気になり普段の行動をとってしまった。
アワアワと焦る私と違ってアシュは何事もなく「そうでしょ」と言う。
「ファニーは本当に可愛いのですよ。毎日毎日好きが増えていって困ってしまいます。好きだと思う気持ちに際限がないなんて知らなかった」
私を見つめながら微笑むアシュに、唖然とする王子様と王子様の婚約者。
「ハハハ、アシュがこんなだとロレン嬢はどこにも行けなくなってしまいますね」
エディック様が場を和ますためかそんな事を言うと、アシュは目に見えてムッとした表情をする。
「……ファニーが俺から離れてどこに行くと言うのですか?」
エディック様が「おいおい、冗談だよ」と珍しく焦って言うと「分かってますよ」と微塵も納得していない表情でアシュが答える。
「まあ、ファニーがどこに行こうとも私は必ず後を追いますけどね。絶対に離しはしません。国内だろうが異国だろうが、それこそ平民になろうが、どこまででも追っていきます」
「なんでロレン嬢が平民になるんだ?」
どこまででも追っていくと言うアシュに王子様は呆れて、平民というこの場には最も似つかわしくない言葉を使うアシュに頭を抱える。
「ハハ、ものの例えですよ。彼女が異国に行くのならば私は傭兵になりますし、平民街に住むのならば商人になります。彼女と一緒なら地の底にだってお供しますよ」
目を細め、口元をあげたアシュに、周囲からゴクリと喉が鳴る音がする。そばに控えている侍女や騎士からだろうか。
アシュの雰囲気に押される。
たまにアシュはこんな空気をつくる。周りを威嚇する狂気をにじませた言葉。
「……もう、なんで私が平民になったり、地の底になんていかなきゃいけないの? 私そんな悪い事しないもん」
プンっと怒ったふりをしてアシュの顔を両手で挟み、自分に振り向かせる。
そんな私にアシュは驚きながらも、いつものアシュに戻る。
「ごめんね。それほどファニーとは離れる気がないと言いたかっただけなんだ。ファニーが悪い事なんて出来ないの知ってるよ」
私の手に挟まれながらペコリと頭を下げるアシュにホッとした私が手を離そうとすると、その手を上から押さえつけられ、そのまま確保された。
アシュの頬を挟む私の両手をアシュの両手が挟むという、熱々の状態になってしまった。
私は自分の頬が赤くなってくるのが分かり、どうしようかと頭を捻らせていると上目遣いでアシュがたずねてくる。
「呆れた? こんな事言う私は気持ち悪い? それとも怖い?」
捨てられた犬のようにシュンとした顔で見つめてくるアシュに、私は一瞬で全身真っ赤に染まる。
「そんな事あるはずないでしょう。アシュを呆れたり怖がったりなんて絶対しないわ」
「本当?」
「もちろん。だって私そう言う事言ってくれるアシュもすごく好き……あっ!」
「本当? 俺の事好き?」
「す・好き、です」
「私も。もちろん大好きだよ」
満面のアシュと真っ赤な私が見つめ合い、三人が溜息を吐く。
私がお城に行く時は、決まってこんな感じだった。
だからアシュがいないお城に行くのは初めての事で、王族の誘いは断れないうえに友人のミランダ様に「心細いから、ぜひいらして」と懇願されてしまえば、私に拒否権はない。
よりにもよってアシュがいない時なんて……。
昔はこんな事はなかった。七歳の私は妙に達観しているところがあって、緊張はするものの一人でも平気だった。アシュに出会ってから一人ではいられなくなった。だっていつでもどんな時でも、必ずアシュがそばにいてくれたから。
――でも近頃は頼り過ぎているかもしれない。
アシュがいないと何もできないなんて、貴族夫人としてそれはありえない。アシュの足を引っ張るわけにはいかないわ。
アシュが呆れてしまわないように私も頑張らないと。
私は覚悟を決めて、お城に向かう事にした。
アシュの役に立てる自分になりたいと。
「まあ、貴方がロレン侯爵令嬢ね。聞いていた通り可愛らしい方ね」
決死の覚悟で挑んだお茶会の席は、王妃様のそんな一声で始まった。
聞いていた。とは何ぞや? と脳内では慌てながらも、貴族スマイルで「王妃様のお耳に入るなんて光栄です」と返しておく。
本日のお茶会の主催者は王妃様とミランダ様。今日はミランダ様の友人に会いたいという事で、年齢も爵位も関係なく呼ばれたらしい。
お城の中庭を見渡せる広々としたバルコニーに机を四つ並べた一つには、王妃様とミランダ様。周りの三つに招待客が座っていた。
ミランダ様の近しい友人という事で、皆様おっとりと和やかな方が多そうで、少しばかりホッとする。
王妃様との挨拶が終わり席に着くと、マーシャ・ノルチェ伯爵令嬢とセルリア・ビレッジ伯爵令嬢が笑顔で手を振ってきた。
「お二人もいらしていたのですね」
私がホッとすると、お二人もあからさまにホッとした様子で、顔が笑み崩れる。
「お会いできてよかったです。ファニリアス様も来られているだろうなと思いつつも、いらっしゃらなかったらどうしようって、二人で怯えていたんです。何度確認のお手紙をお出ししようかと思ったか分かりません。けれどお会いできてホッとしました。席の配慮はミランダ様がして下さったのでしょうね。感謝です」
マーシャ様が頬を染めながら言う仕草が可愛くて、私も笑顔になる。
「お手紙下さったらよかったのに。私も今回の催しがどれほどのものなのか分からなかったので、お二人がいらして下さって安心しました」
「お出しして良いのですか? それでしたらこれからは遠慮なくお出しします。アシュレイ様に申し訳ないと思っていたので、嬉しいです」
私の言葉に、セルリア様がパッと笑顔で自身の両手を握りしめる。
「私も嬉しいですわ。お手紙のやり取り致しましょうね。ですが、どうしてアシュに申し訳ないのです?」
頭をコテンと傾げると、二人は「え、だって……」と、こちらもコテンと傾げる。
「アシュレイ様を通さずファニリアス様と直接連絡とると、アシュレイ様が拗ねるぞってゲーリックとコニックに言われましたわ」
「え?」
初耳だ。
確かに彼女達と会う時は、アシュ達男性陣から連絡が入り一緒に遊ぶといった状況だった。
それはアシュ達男性陣の方が仲が良く、私達も誘ってくれているのかと思っていたのだけれど、どうやらそれだけではなかったらしい。
皆で遊ぶのも楽しいが、どうしてもアシュが必ず私の隣にいるので、彼女達は女性同士で私を誘いたかったが、ゲーリック様とコニック様に言うとそんな答えが返ってきてしまい、直接誘うに誘えなくて今まできたそうだ。
何やってくれてるの、アシュは……。
まあ、心配してくれているのと独占欲が強いのは知っているけどね。
「アシュの事は心配しないで下さい。アシュだって男性同士の付き合いをしているのだし、私だって十二歳にもなれば女性同士の付き合いにも興味があります。そんなお付き合いに私も入れて下さるのは本当に嬉しいですわ」
そう言うと二人は露骨に良かったと、胸をなでおろした。
「アシュレイ様は本当にファニリアス様が大事で仕方がないのでしょうが、私達女性にも殿方には内緒の話をする場所があってもいいと思うのです」
「主に恋の話とか?」
キャーっと二人が頬を染めて笑う様子が可愛くて、私はそんな二人を笑顔で眺めてしまう。
「盛り上がっているようですわね」
そんな私達に突然、声をかけてきたのは隣の席の王妃様だった。




