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次は必ず守ります。そのためにも溺愛しちゃっていいですよね  作者: 白まゆら


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逃走

 案の定、深夜だというのに城にとどまっていた男は、俺の来訪が分かっていたかのように自身の机に両腕を組み、顎を乗せてニヤニヤしていた。

 ノックもせずにいきなりバタンと悲鳴を上げる扉にも慌てず、優雅に茶を飲む赤髪と黒髪の男とともに。

「来た来た。おっせえよ、マッドン。令嬢と何してたんだ?」

「説明を聞いていたのだろう。マッドンには何も教えてなかったからな」

「侍女に任せずちゃんと令嬢を連れた来たのは、偉かったね。ソファにどうぞ。お茶を入れよう」

 黒髪、赤髪、ハワード様と順に話し出す。

 え? 一番偉いハワード様が茶を入れるの? じゃなくて、これは一体何なんだ?

 ワナワナ震える体を叱咤して、俺は深く呼吸をする。

 怒るな。怒っちゃいけない。この方達にも悪気はないんだ。ただしいて言うなれば茶目っ気があるというだけだ。って、それで許されると思うなよ!

 俺はミルフィールを抱えたまま、ソファに座る。当然、彼女は俺の膝の上。ミルフィールはオロオロと何か言っていたが、そんな事はどうでもいい。

「――私を利用したのですか?」

 ジッとハワード様を見ると、目を大きく見開く。

「それは、心外だな。頼りにしたんだよ。言っただろう。君が近衛隊にいてくれると連帯が取れやすいと。彼女の保護の話が持ち上がった時、真っ先に君を思い出したよ。君なら彼女を絶対に守ってくれると。だから城で預かる事が出来たんだ。そうでなければ、ハワード家の領地に連れて行っていたよ」

 あっさりとそんな回答が返ってきて拍子抜けした。

 それは、あれか……俺の実力を認めてくれているという事か? あの最強のハワード様が……俺を頼って、俺に任せてくれたと……。

 その事実を理解すると、熱が一気に顔に集中する。ボッ!と顔が真っ赤になる。

 そんな俺を黒髪は、揶揄う様にケラケラ笑う。

「ふうん、この坊や。よっぽどリスティに認められたのが、嬉しかったようだね。ククク。可愛いところあるじゃん」

「こいつは可愛いぞ。最初からリスティが気に入っていた。自分の弱さを認めて、素直に師事を仰ぐマッドンは強くなる。と」

 二人のそんな会話に、俺は目を丸くする。

「ま・待って下さい。それならばどうして私がハワード家の私兵の末端にと望んだ時、弱いと言い放たれたのですか?」

「え? あの時は本当に弱かったじゃないか」

 またもやあっさりと、そんな返事が返される。ガクリと下を向くと、クックッと笑う声がする。

「弱かったが、強くなるとも確信した。けれど俺のそばより自己流で腕を磨いた方が、お前のためになると思ったんだ。騎士の正当な技をどう実用剣にもっていくか見て見たかったのもある。お前は見事にそれを成し遂げて、最年少で騎士のトップに立った。俺は騎士の中でお前を一番に信用しているよ」

 憧れの最強の男にそんな事を言われて、喜ばない奴はいないだろう。

 俺が照れていると、俺を照れさせた張本人がお茶を差し出してきた。

「ミルフィール嬢、どうぞ喉を潤して下さい」

「あ・ありがとうございます」

 その声に我に返った。

 俺は会話中、ずっとミルフィールを膝に乗せていた。今更ながらに声にならない悲鳴を上げる。

「も・申し訳ありません。ミルフィール様。すぐに降ろしますので」

 慌てて彼女を降ろそうとするが、彼女は熱いお茶を手にしている。俺はそのお茶を受け取ろうとするが、あまりの熱さに取り落としそうになる。

「あ・あの、パッカーニ様、落ち着かれて。すぐに降りますから」

 彼女がお茶を机に置きふわりと降りると、急に膝からのぬくもりがなくなり、俺は一抹の寂しさを感じる。

 隣に座りなおした彼女は、はにかんだような笑みを俺に送ってくれる。

 その表情に、一時的にその場の事を忘れてしまいそうになるが、ニヤニヤと笑う黒髪の男と目が合い、現実に引き戻された。


「さてと、改めて話をしよう。マッドン、彼女の現状は聞いたな。彼女は現代に残った数少ない魔女の力を持つご令嬢だ。その所為でその力を悪用しようとする輩達に狙われている。自国では身動きが取れなくなったため、こちらで保護する事になった。けれど彼女の存在を公にする事は出来ないため、お前一人を護衛の任につかせる事となった。今日はその役目を見事に果たしてくれて感謝する」

 ハワード様に労いの言葉をかけられて、俺は思わず萎縮する。

「私はたいした事はしておりません。ミルフィール様ご自身が力を使われて、不審者を撃退したのです」

 すると、ミルフィール様は俺に向き直り「そんな事はないです」と力説する。

「パッカーニ様が守って下さったから、冷静に力が使えたのです。そうでなければ私はまた暴走していたかもしれません。それに相手の手を切って下さいました。彼はもう魔法を使う事は出来ません。それを無意識に行って下さったのは、パッカーニ様です」

 白い頬を朱に染めて必死で話す彼女を見ていると、心が温かくなる気がする。

「そう言っていただけると、貴方様のそばにいさせていただいた甲斐がありました。けれど今後に関しまして、まだ少し聞きたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」

 俺はこうなったらとことん話を聞いてしまおうと、ちらりとハワード様を見て了承の意を得る。

「はい、私でお答え出来る事でしたら、何なりと」

 そう言ってくれる彼女と、ハワード様が頷くのは同時だった。

「では、貴方が魔女の力を受け継ぎ、不思議な力があるのは了承しました。けれど今日襲ってきた刺客もまた、不思議な力を使っていました。何もない所から炎を出し、私達に放ってきました。彼もまた魔女の力を受け継ぐ者なのでしょうか?」

「いいえ、彼は魔女に力を分け与えられた者なのでしょう」

 ミルフィールは俺の問いに首を振って答えた。その答えが意外で、俺はもっと詳しい説明をと、再度たずねてしまう。

「分け与えられたとは?」

「私もその方法は分からないのですが、多分魔女には普通の人間に力を分け与える事が出来るのではないかと……」

「今日狙ってきた者は、貴方の力を奪おうとしていたのですね」

 コクリと頷く彼女は、今までどれ程の恐怖と戦ってきたのだろうか。

 婚約者を目の前で殺され、自分の力を利用せんと狙う者から身を隠し、また力を奪おうとする者までをも相手にしないといけないなんて……。

 儚げな彼女の見た目とは裏腹に、背筋をしっかりと伸ばした彼女を見ていると、俺はどうしようもなく背中を押される気持ちになる。俺のなすべき事は……。

 俺はハワード様に向き直る。

「……ハワード様、これは彼女だけの問題ではないですね」

「――どうしてそう思う?」

「これほどまでの力、どこの国でも喉から手が出るほどに欲するでしょう。しかも彼女一人ではなく、力を分け与える事が出来るのであれば、その国はあらゆる面で他国を押しのける力を手に入れられる。今、彼女を追いかけているのは、自国のゴルフォネからの刺客だけですか?」

 俺はゴルフォネ以外の国からの追手はないのかとハワード様にたずねる。

 ミルフィールは流石に他国までの絡みはないと思っていたのか、驚いた顔でハワード様に向き直る。

「今はまだない。が、これからどうなるかは分からない」

 ハワード様は率直に答える。ならば逃げるなら今という事か。

「私は彼女を連れてどこまで逃げればいいですか?」

「「「!」」」

 俺の言葉に驚いたのは、ハワード様以外の三人だった。

「はあ? 何言ってんの? いくら今日刺客が現れたからってすぐにどうこうなんて話が飛躍過ぎ。しかも坊やが彼女を連れてくなんて、そんなの考えてないよ。ねえ、リスティ」

 黒髪がハワード様に向き直る。だがハワード様は俺を見つめたまま、微動だにしない。

「一人刺客が現れたという事は、ここも安全ではない。事態は一刻を争う。その為に私を彼女の護衛にしたのですよね。近衛隊隊長を辞めたがっている私なら、実力はあるが、王都に未練はない。彼女と一蓮托生にするにはもってこいの人物です」

 俺がニヤリと笑うと、ハワード様はビクリと動く。

 そんな俺達のやり取りに、ミルフィールが堪らず割って入る。

「や・やめて下さい。私と一緒にいたら貴方まで酷い目にあう。先程の事で嫌というほど分かったでしょう。出て行くなら私一人で参ります。輝かしい貴方の経歴を、私ごときのために失う様な事はしないで下さい」

 ――やはり彼女は思い違いをしている。まあ、俺自身が気付いたのも先程だから仕方がないか。

「私はそんなに頼りないですか?」

 チラリと彼女を下から見ると、ミルフィールはうっと言葉を詰まらせて、顔を赤くさせる。うん、少しは脈があるかな。

「そういう事を言っているのではありません。私達はまだ出会ってほんのわずかです。そんな他国の私に、貴方がこれ以上付き合う必要はないと言っているのです」

「理由が必要ならちゃんとありますよ。私が貴方を好きだから。貴方と一緒にいたいから私も一緒に逃げると言っているだけです」

「え?」

 …………………………。

 執務室に変な沈黙が流れる。

 コテンとハワード様が首を傾げた。

「……あ、いや。これは流石に俺も予想外?」

 いや、可能性はあっただろう。こんな美人と日がな一日一緒にいたら、お互い独身同士なわけだしあり得るだろう。

 けれど、そんなハワード様の様子に俺は溜飲が下がる。やったあ、やっとハワード様に一泡吹かせてやったぞと。いや、一泡というものでもないが。

 俺はミルフィールに向き直り、そっと彼女の右手を両手で握りこむ。

「貴方が許して下さらなくても、私は貴方の後ろをついて行きます。私を撒くのは骨が折れますよ」

 ニッと笑うとミルフィールは顔を真っ赤にして、口をパクパクとしている。魚みたいで可愛いなあ。

「わ・私は変な力をもっているのですよ」

「? はい」

 ミルフィールが震えながら当たり前の事を言う。それで狙われているのだから大変だよな。

「私は他国の者ですよ」

「? はい」

 これまた分かり切った事を言う。どうしたんだろう?

「私は年上ですよ」

「はい」

 ああ、不安なんだな。

「行き遅れで、婚約者もいました」

「はい」

 よし、分かった。こうなりゃとことん付き合おう。

「わ・我儘で泣き虫です」

「はい」

 そんなところ一度も見た事はないが、そんな姿も見てみたいと思うのは惚れた弱みだろうか?

「りょ・料理は出来ますが、洗濯は出来ません」

「はい」

 貴族の令嬢なのに料理は出来るんだ。それは凄い。そういえば何度もお茶を入れてもらったな。

「あとは・後は、その……」

「はい、何なりと申して下さい。ただ一言、言わせていただきますと、そんな貴方も好きですよ」

 ボッ!と、音が出そうなくらいミルフィールの顔は真っ赤になった。

 俺が悦に浸っていると、ハワード様が俺の肩に手を置いた。

「それくらいにしておけ。どうせこれからはずっと一緒なんだろう。口説くチャンスはいくらでもある。それよりもこれからの話をしよう。真面目な話だから茶化すなよ」

 そう言うと地図を広げた。逃走劇の始まりだ。

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