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次は必ず守ります。そのためにも溺愛しちゃっていいですよね  作者: 白まゆら


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24/81

師匠

「本日付でマッドン・パッカーニを近衛隊隊長に任命する」

 くっそう、逃げ切れなかった……それが、この場で飲み込んだ俺の本心だった。

 俺はパッカーニ伯爵家の三男として産まれた。

 当然、三男である俺が伯爵家を継げるはずもなく、俺は五歳で騎士を目指す事に決めた。

 幸いにして剣の才能があったらしく、みるみる上達していった俺は、焦げ茶の髪に深緑の瞳をもち、中々に容姿も整い筋肉馬鹿でもなかったので、学園を卒業と同時に近衛隊に入団した。


 そんな時、ハワード家の次期当主に出会った。

 突然、近衛騎士にジェルダー公爵が領地に戻るまでの護衛を依頼してきたのだ。

 近衛隊はあくまで王の騎士。一貴族の護衛など出来るはずもなく、当然の如く断ったのだが、ジェルダー公爵は宮廷内でも発言力のある上級貴族。揉めた末に近衛隊の下っ端にその役目が回ってきたのだ。

 腑に落ちないが仕方がないと先輩騎士が公爵に声をかけるが、公爵は納得できない様子で道中も罵声を浴びせかけていた。

「ワシを誰だと思っているのだ。このような下っ端がワシの護衛など務まるはずがなかろう。今からでも隊長を呼んで来い。ワシの安全を守る気があるのなら、それぐらいして当たり前だろうが。近衛隊総出で守るのが筋ってものだろうが!」

 よく喉がかれないなとチラリと様子を見てみると、隣で従者がせっせと扇で仰ぎながら水筒をいくつも用意している。

 俺達はそんな光景にうんざりしながらも、どうにか道中を進んで行く。

 しかし、その騒がしさがいけなかったのか、森に入ったと同時に数十頭の獣に囲まれた。

 獣といってもほとんどがクマのようなもので、大きさは普段王都近くで見かけるものより、倍近くあるものばかり。

 初めて目にする凶暴な野生の獣の群れに、俺達は息を飲む。

 ありえない。なんだ、これ?

 恐怖が全身を突き抜ける。

 俺達が普段行っている訓練は何だったのか?

 剣を構えて突き出したって、そんなの獣に通じるはずがない。

 唸り声をあげる獣に誰もが身動き一つ動かせない。

 そんな中、公爵だけが自分を守れと喚き散らす。

 そして先輩騎士が、一頭の獣に剣を突き出す。あっさりと爪で弾き返されたその剣は、ポッキリとまるでこの場にいる騎士の心そのもののように、真っ二つに折れてしまった。

 空中を回る剣先を見つめながら、俺は不覚にも〔死〕を感じた。

 その時、目の前の獣が土煙をあげながら、次々と倒れていく。

 呻き声をあげる間もなく、地面に倒れ伏す獣がまるで玩具のようで、不思議な感覚にとらわれる。

 全ての獣が倒れ伏し土煙がおさまった場所には、三人の男が剣を肩に担ぎながら立っていた。

 どんな大男がいるのだろうと目を凝らすが、そこにいたのは最もその場に相応しくない優男達だった。

 赤髪に金色の垂れ目が可愛いと言われるであろう男はまだいい。三人の中ではまだしっかりとした体格で鍛えているのが、服の上からでもはっきりしている。

 もう一人……もギリギリ納得しよう。体格は細身ではあるものの赤髪の男同様、ちゃんと鍛えている事が服の上からでも分かるから。ただ、しいていうなら顔がいい。とにかく顔がいいのである。紺色の髪と瞳は人目を引き、高い鼻梁に薄い唇には得も言われぬ色気を醸し出している。どこかに損傷がないか探してしまいたくなるほど、完璧な美貌だ。

 そうして最後の一人が、これは駄目だろう。というぐらいのレベルのヒョロヒョロの男だった。

 しかも前髪長っ! 鼻まで隠れてしまっているので目は見えないが、髪は真っ黒だ。

 呆然と突っ立っている俺達に、赤髪の男が近寄って来た。

「あれ? お前達近衛隊か。王族がここを通るなんて聞いていなかったが……」

 その言葉に先輩騎士が弾かれたように敬礼をとる。

「た・助けて下さり感謝申し上げます。私は近衛隊所属ジャグル・ワンダーと申します。本日は新兵を連れてジェルダー公爵を領地までお送りする任を承っておりました」

「はあ? 君達近衛隊でしょ。王の騎士が何、一貴族の護衛なんかやってるのさ」

 長髪の痩せ男が不服そうに叫ぶ。思った以上に声が大きいので少し吃驚だ。

「まあまあ、クレノ。今彼も言っていただろう。新兵を連れてって。ジェルダー公爵に無理強いされて、上に押し付けられたんだよ。可哀そうにな」

 憐れみを込めた赤髪の男の言葉に、俺達は高速で頷いた。

「誰が無理強いしただと。ワシこそこんな役立たずどもを押し付けられて災難だ。ちょうどいい。そこのお前達、ここからワシの護衛をしろ。こんな奴らよりは少しは使えるかもしれん」

 今の今まで馬車の中で隠れて出てこなかった公爵が、顔を出して喚き散らす。

「え? まさか私に護衛をさせる気ですか? いつからそんなに偉くおなりになったんですかね、ジェルダー公爵は?」

 キョトンと顔のいい男は、公爵にそんな事を言う。

 俺は内心スカッとしながらも、そんな事を公爵に言うなんてこの男無事ではすまなくなる。と戦々恐々とした。しかし、そう思った直後「生意気な……」と青筋を立てた公爵が、青年の顔を見た途端ポカンとした顔になる。

 そうしてみるみる青ざめていくその姿に、今度は俺達近衛隊がポカンとする番だった。

「お・お前はハワードのリスティ。何でこんな所に……」

 ハワードのリスティって……リスティ・ハワード公爵令息。

 ハワード家は、公爵家の中でも三柱とよばれる王族の次に格式ある公爵家だ。ジェルダー公爵とは同じ公爵家ではあるが、格が違い過ぎる。

 あわわわわっと俺達が震える中、ジェルダー公爵はバツが悪そうに顔をしかめる。

「次期公爵ともあろう者が、こんな所で獣退治か。ハワード家は余程暇と見える」

 助けてもらっておいて何て言い草だと、いきり立つ俺達の前でハワード公爵令息はニヤリと笑う。

「そうですね。私も暇ではないのでそろそろ戻ります。森にはまだまだ獣が生息しているかもしれませんが、どうぞお気をつけて。余り近衛隊の皆様に無茶を言われませんように。では、失礼」

 そう言って颯爽と去る。

 カッコイイ……じゃなくて、颯爽と去られると俺達が困るんだ。

 俺達は慌ててハワード様の足元にひれ伏した。

「お待ち下さい。ハワード公爵ご子息様。恥ずかしながら、このまま貴方様に見捨てられてしまうと我々は……」

 ――言葉にならない。

 我ながらみっともない。天下の近衛隊騎士ともあろう者達が、自分達ではこの獣溢れる森を抜ける事が出来ないと恥をさらけ出している。

 けれど屈辱ではない。

 本物の強さに惹きつけられた俺達は、ただ単純にもっとそばで彼らの強さを堪能したいと思ってしまったのだ。

 するとハワード様は、近くにいる俺のそばにしゃがみ込み、耳元で「本当はこの森の獣はすでに討伐した。安心して通るといい」と囁いた。

 なんだ、これ?

 男の俺が思わずゾクリとしてしまった。

 そうして再び去っていく彼らの後姿に、俺は見惚れてしまった。

 この方達のもとで学びたい!

 俺は王都に戻ると、すぐに近衛隊に退職願を提出するべく、城の長い廊下を突き抜ける。

 ハワード様は今、領地にいらっしゃる。直ぐに王都を出て彼にひれ伏し、もう一度そばで彼の剣を見せてもらいたい。その焦る心のまま歩いていたものだから、廊下の曲がり角を気にする余裕もなかった。

 ドシンと人に当たる一歩手前で、ピタリと額を手で止められる。

 え?

 確かに俺は焦っていた。焦ってはいたが……人の気配は全く感じなかった。

 俺は自身の頭を持つ前方の人に目を向けた。

「近衛隊の人間のくせに、前方不注意とはいただけないな」

 数秒時が止まったような感覚がした。

 目の前にいるのは、俺が今の今まで心を飛ばしていたリスティ・ハワード。その人だった。

「は・ハワード様!」

 俺はざっと膝をつき、首を垂れる。

「大変失礼いたしました、城にお戻りとは存じ上げず、ご挨拶が遅れた事申し上げなく……」

「ん? なんでお前に挨拶されなきゃいけないの?」

 俺より少し上であろう年齢のハワード様は、首をコテンと傾げる。

「自分は先日、ジェルダー公爵を領地内まで送る際、獣の森で助けられた近衛隊の一人であります。無事に戻れた際は、ハワード様に一番にお礼を申し上げねばと考えておりました」

 俺は噴き出す汗を拭う事も出来ずに、必死で捲し立てた。

「ああ、あの時の……無事抜けられて良かったな」

「はい。それも全てハワード様方のお蔭です。何度お礼申し上げても足りぬほど……」

「ああ、いいよ、いいよ。堅苦しいのは苦手なんだ。じゃあな」

 ハワード様は面倒くさいというように、右手をひらひらとさせると歩き出した。

 俺は慌てて彼を止める。が、手を出す事は許されないので(出したところで一捻りされるのがオチ)もう一度、彼の前に回って声を出す。

「お待ちを!」

 俺のそんな行動に眉を顰めるハワード様は、一際低い声で「何?」と聞いた。一瞬気圧されたが、ここで負けては何も出来ない。と俺は腹に力を込めた。

「わ・私は貴方様の剣さばきに惚れました。どうか私を、ハワード家私兵の末端に加えてはいただけないでしょうか?」

「やだ」

 スタスタスタと固まっている俺の横を、いとも簡単に歩いて行くハワード様に気付いたのは、きっかり一分ほどだった。

「はっ! 意識が……。ハワード様、お待ち下さい。私は本当に……」

 もう一度手を伸ばした俺にハワード様はクルリと向き直り、一言。

「お前弱すぎ」

 …………………………。

 言葉が出なかった。こんな事は初めてだ。

 五歳から始めた俺の剣は、周囲に感嘆の声をあげさせた。綺麗な太刀筋だと。

 学生時代、俺は無敵だった。王都で開かれる学生の部の剣術大会では、常にトップの成績を収めていた。騎士の憧れ、近衛隊にも最年少でなんなく入れた。

 だから自惚れていたのだろう。自分ならばこの最強の方にも受け入れてもらえると。

 所詮俺の剣は、貴族のお遊び。優雅な剣だったのだ。

 ――それは現実では何の役にもたたない。

 振り返りもしないハワード様の背中を見ながら、俺は自分の不甲斐なさに苦笑した。

 何が近衛隊を辞めて、ハワード様に剣を学ぶだ。

 現実は近衛隊でも一番になれていない未熟者。彼に師事を乞うのならせめて、騎士の中の騎士にならなければ。話はそれからだ。

 ハワード様がいつ俺の剣さばきを見たのかとか、弱いと称するには俺の存在を知っていたのかとかいう事は、その時の俺は一切気にも留めず、ただひたすらハワード様に認められたいと心が騒いだ。


 それからの俺は、死に物狂いで剣の鍛練に明け暮れた。

 王都のお遊戯剣など学ぶ気もない。俺は独学で修業に励む日々を送る。

 たまに遠くからハワード様が俺の修行風景を見ている。視線には気付いていたが、まだ声をかけられるレベルじゃない。そうして気付けば俺は二十歳という若さで、史上最年少の近衛隊隊長の任を命じられた。

 本当はその前に逃げ出すつもりだった。だってそうだろう。そんな職につかされたら、流石にハワード様に私兵の末端に。なんてお願い出来なくなる。

 俺が仏頂面で近衛隊隊長のバッジを付けられていると、式を見ていたハワード様と目が合った。

 その途端ニヤリと笑ったハワード様を見て、俺はやっと事の真相に気が付いた。

 嵌められたと。

 ハワード様は最初から俺の腕を知っていた。そして俺の性格も。その上でどこまで上がってくるか試したのだろう。

 完全にやられた。

 襲名式後、ハワード様はニヤニヤしながら俺のそばに寄ってくる。

「おめでとう。もう俺のところに来る必要ないんじゃないか?」

 ボスンと胸を叩かれた俺は、じろりとハワード様を睨みつける。

「……ある程度、勤め上げたら必ずもう一度行きます。ハワード家の剣術は絶対に学びたいので」

「そんなたいしたものじゃないぞ。所詮は命を守る野生剣だ」

「それが一番大事なんじゃないですか」

「――そっかぁ……」

 俺のそんな言葉にハワード様は目を細める。初めて見る優しい顔だ。

「俺としてはお前が近衛隊隊長としていてくれれば、連帯がとりやすくて便利なのだがな」

「長期間は無理ですね。私の性格はご存知でしょう?」

「ああ。じゃあ、まあ、近衛隊隊長の期間はよろしく」

「こちらこそ」

 そうして俺は暫くの間。近衛隊隊長として勤め上げる事になった。

 決してハワード様の為じゃないからな。

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