王子
彼女に出会ったのは、私が初めて開いたお茶会の日。
私もそろそろ婚約者を決めないといけないと言われ、周辺のなすがままに開催した。
既に候補は決まっていたが、一人ずつ会うよりは一度に会う方が良いだろうと、年の近い女の子を招いた。
将来、王となる私を傍で支えてくれる者となりえる存在を探す意図もあり、男の子も一緒に招く事になったのは、誰が言い出した事だったのか。
貴婦人監視のもと招かれた子供は皆、緊張し幼かった。
私には三歳の頃から親しくしている宰相の息子、ギルバード・エディックという親友が常にそばにいる。
彼より頭のいい子も気遣いのできる子もいないと思っていた私には、このお茶会の重要性を見いだせなかった。そしてそれは婚約者にも同じ事だった。
私には好みというものがないのかもしれない。どのような子も一緒に見えるのだ。何の感情もわかない。
まだ八歳なのだから当たり前だと言われるかもしれないが、私はもとよりそういう人間なんだろう。
そう思っていたから、このお茶会には何の期待もしていなかった。
側近に、ハワード公爵家の嫡男に先に挨拶するように促された。
ハワード公爵家といえば、この国の開国以来、王族を支えてくれた三柱の一つの公爵家だ。
かの公爵家は基本的には慎ましやかで、表舞台には滅多に表れない。だがその力は強大で、領地内には小国並みの軍事力を保有し、また情報収集にもたけている。
過去には何度も助けられ、実績も兼ね備えた国の要としたその力は、他国への抑制にもなっている。
王族の次に、いや同等たる力を持つ貴族として蔑ろに出来ない、そんな家だ。
現在では、領地内の獣の駆除に力を入れていると言われているが、その力は計り知れない。
私はギルバードを連れて彼のそばに歩み寄る。
目に飛び込んだのは、ハニーブラウンの巻き毛に菫色の瞳。ピンクのドレスに身を包んだ女の子は、愛らしい口を結んでキョトンとしている。
私も整った容姿をしているらしく、五歳くらいの時は天使と評される事が多かったが、間違いなく本物の天使が目の前にいる。
可愛い、可愛い、可愛い。私の頭を横切ったのは、そんな感情だけだった。
フラフラと彼女に近づき無意識にその手をとろうとして、気が付いた。彼女は既に別の人間と手を繋いでいる。
それが誰であろうかなど、本当は初めから分かっていたのだ。
「お初にお目にかかります。ハワード公爵家嫡男、アシュレイ・ハワードと申します。こちらはファニリアス・ロレン侯爵令嬢。近々私と婚約を調える予定の令嬢です。殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
紺色の髪と瞳に整った容姿。一つ下と聞いていたが、年上と勘違いしてしまいそうなほど、堂々とした立ち居振る舞いに圧倒される。繋いでいた手を彼女の腰に移動させる動きは、とても自然だ。
彼とともに紹介された彼女は、スカートを摘まみペコリと挨拶をする。とても可憐なその姿に意識を持っていかれたが、ふと気付く。彼は何と言っていた?
「……婚約、予定?」
「はい。たった今承諾をいただいたところです。これから手続きに入ります」
どういう事だ? 頭が働かない。婚約……それ自体はあり得る話かもしれない。
上級貴族の婚約は親同士で決める事が多い。親同士が知り合いだとか政治的配慮から、産まれた時から決まっている者もいる。
けれど彼は〔たった今承諾をいただいた〕と言った。
たった今? ここで? 私の婚約者を決める、このお茶会で?
混乱する思考を戻そうと頭を振りかけた時、背後から視線を感じた。
ギルだ。
しっかりしろと。落ち着いて冷静になれと。
私は八歳とはいえ、王族なのだ。そして彼は七歳とはいえ、第一の臣下の産まれ。軋轢を生むわけにはいかない。
ふり絞った言葉は、何とも単純なものだった。
「そうか……それは、おめでとう」
「はい、ありがとうございます」
彼はこの世の幸せを一身に集めたような、嬉しさを少しも隠さない素直な笑みを浮かべた。
ああ、彼は本気で彼女の事が好きなのだな。それは分かる。分かるが……私のこの気持ちは……。
じっと彼女を見る。彼女も喜んでいるのだろうか? もしも迷っているのなら、その時は私が……そんな気持ちを込めて彼女を見ていると、スッと彼が彼女と私の間に入って来た。
ニコニコと笑っているが、その笑顔にうすら寒いものを感じる。なんだろう、これは?
このまま彼を見つめているのが怖くなり、私は視線を逸らす。
「アシュレイと言ったか、また城に遊びに来るがいい。君とは仲良くしたいな」
なんとなく口にしたのはそんな言葉だった。
そうだ、彼とは敵対してはいけない。そんな感情が無意識にわく。
「ありがとうございます」
そうして、そそくさと去る私の横にギルが小声で囁いた。
『ランバ、良く頑張りました』
ギルには全てお見通しか。私は苦笑しながら、チラリと彼女を盗み見る。
彼女は私達が去ると同時に、ピタリと彼に身を寄せた。柔らかそうな白い頬が、彼を見ながらピンクに染まっていく。
笑いあう二人を見ていたら、無性に苦いものが込み上げてくる。この感情はなんなのだろう? ギルに聞けば分かるのだろうか?
その後の事はあまりよく覚えていない。気が付けば私は自室でぐったりしていた。
「お疲れ様です。ランバ」
ギルが私の為にお茶を入れてくれた。ギルも疲れているだろうに、そんな事はおくびにも出さずニコリと笑う。
銀髪に赤い目の彼は、通常無表情だ。ただ私が本当に弱っている時は、笑顔になる。
何も楽しんでいるわけではなく、安心させるために。三歳からギルを知っている私は、この笑顔に何度救われたか分からない。
そんなギルの笑顔と温かいお茶で、私はホッと一息入れる。
思い出すのは彼女と彼。
初めて目を奪われたハニーブラウンのファニリアス・ロレン侯爵令嬢と、その横に当たり前のように立つ紺色のアシュレイ・ハワード公爵令息。
「……ギル、ハワード家を敵に回すわけにはいかないよね」
「もちろんです」
「……じゃあ、彼女は諦めるしかないよね」
「ランバ」
「初めてだったんだ。一人の子に目を奪われたのも、可愛いと思ったのも」
私が気持ちを吐露し始めると、ギルは痛ましそうに私を見つめる。
いいかな? いいよね。二人だけなんだし。私が初めて味わった気持ちを言葉にしても。
「どうして友人候補なんて一緒に呼んだのだろう? 後日で良かったよね。そうしたら二人は出会わなかったんだ。だって最初から彼女は私の婚約者候補として来ていたんだから。それなのになんで彼に取られなくちゃいけない? よりによってハワード家の人間なんて。違う奴なら奪えたはずなんだ。ありえないだろう。会ってすぐに婚約を申し込むなんて。七歳の子供が。彼女は私のものとして与えられていたはずなのに……」
「ランバ!」
はっと我に返る。今、私は何を言っていたんだろう?
「……ごめん、ギル。私は……」
手が震える。唇が戦慄く。なんだろう、これは?
生まれ持った性質は穏やかな方だと思う。ギルがそばにいてくれたお陰で、感情を表に出す必要もなかった。だから、こんなのは知らない。心の奥底から溢れ出る、ドロドロとした感情。これは……嫉妬、なのか?
「大丈夫だ。少し興奮しただけだ」
ギルが私の肩を抱いて笑う。そうだね。ギルが言うなら大丈夫だ。私にはこんな感情、相応しくない。
次に会う時には、友人として笑いあう事が出来るはず。
スーハースーハーと深呼吸した私は、ギルに向かって笑顔で話す。
「アシュレイ・ハワードと早く友人にならないとね。私の世代には必要な子だ」
「……そうだな。ちゃんと私が見定めてやろう」
「ギルに品定めされるなんて、ハワードに同情するよ」
そうして二人で笑いあう。
婚約者? そんなの誰でもいいよ。彼女でないのなら……。
そうして数日後、アシュレイ・ハワードを迎えた私達は、彼の七歳とは思えない才覚に舌を巻く事になる。ギルが認めるなんて凄い。
素直に関係を近づけようという私に、彼は何故か距離をとる。
彼女の話を持ち出したのは、意地が悪かったかもしれない。彼が本気なのも、大事にしている事も知っている。けれど、もしかしたらそんな感情は一時のものかもしれないと。まだ子供なのに婚約者をもつという事が実感できるほど、私達は将来を保証できない。という気持ちを込めて話を振ってみたのだが、ものの見事に跳ね返された。
彼は彼女を大事にしたいと、そして私にも婚約者を大事にしてやれと言ってきた。
驚いた。私にそんな事を言う人間なんてギルぐらいだ。
あっさりとギルの友人ポジションを手にした彼を、私は不思議な面持ちで見る事しか出来なかった。
――何を言っているんだ? 大事にしたいと思える婚約者候補を奪ったのは、君だろう?
会うたびに彼はギルと仲良くなっていく。私とは距離をあけたままなのに。




