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婚約

「本当に申し訳ございません、ロレン侯爵夫人」

 俺の母上は、俺の隣で彼女の母、ロレン侯爵夫人に謝罪をしていた。

 俺と彼女も同じ机に着いている。彼女は俯いているが、俺は彼女をガン見していた。

 そうだ、そうだよ。初めて会った彼女は愛らしく、天使のようだったんだ。もちろん、成長してもその愛らしさは変わらなかったけれどね。

 俺がトロンとした目で彼女を見つめていると、母上はゴホンと咳払いをした。

 どうやら不躾に見過ぎたようだ。七歳の子供だと思って許して欲しい。

「ほほほ、元気があってよろしいじゃありませんか。それに見たところ、冗談で仰ったわけではないようですし……」

「もちろんです。私は本気です。侯爵夫人、どうか私に婚約を申し込む許可をロレン侯爵に頼んではいただけないでしょうか」

 ロレン侯爵夫人が寛容に笑ってくれているのを良い事に、俺は彼女の父に婚約の許可をもらえないかと打診してみる。

「こ・これ、そんな不躾に……」

 母上は慌てて俺を止める。

 悪いけど周囲の目なんか気にしていられないんだ。彼女の手をとれるかどうかの瀬戸際なのだから。

「ほほほ、我が国でも一・二を争うハワード公爵令息に申し込まれるなんて、光栄の極みでございます。けれど本日のお茶会は……」

 ロレン侯爵夫人は好意的な態度をとりながらも、言いにくそうに語尾を濁す。

 分かっているさ。今日は第一王子の婚約者を探す日なのだ。


 俺は先程ロレン侯爵夫人も言った通り、この国でも一・二の権力を持つ公爵家の嫡男だ。

 本来ならば喉から手が出るほどの良縁だ。喜ばしい事この上ない。

 それなのに言葉を濁すのは、もしかしたら自分の子が王子に見初められるかもしれないという親の期待だ。第一王子に見初められ婚約が決まれば、行く末は王太子妃を経て王妃、国母となりえるのだ。

 もちろん、これだけの愛らしさをもつファニーだ。侯爵にも十分言い聞かせられてもいるだろうし、前回では現に選ばれて婚約を結ばれている。

 侯爵夫人の気持ちも分からないではないが、ここで折れるようならば俺はこのやり直しの人生でも、彼女を手放してしまう事になりかねない。

 あんな最低な人生、彼女に二度も味わわせる訳にはいかない。


 俺は鋭い視線で侯爵夫人を見上げる。そうして椅子から降り、片膝をついた。侯爵夫人はもちろんの事、母上も周囲も彼女自身すら、驚きに息を飲む。

「私はまだ七歳の子供です。頼りなく思われるのも仕方がありません。ですが、私の彼女への思いは本物です。私には彼女しかいないのです。お約束します。私の全てを捧げて、必ず彼女を幸せにすると。何ものよりも守ってみせると。ですからお願いします。私に彼女との婚約の許可を頂けませんでしょうか」

 ………………。

 それこそ分かっている。七歳のガキが言う言葉じゃないよな。彼女も周りもそりゃあドン引くわ。

 けれどここで彼女との婚約の許可が取れなければ、王子が現れて彼女との婚約をもぎ取ってしまう。

 そんな事になれば再度、悪夢の始まりだ。俺は何が何でも彼女を守らないといけない。

 そっと俺の肩に柔らかな小さい手がとまる。

 顔を上げた俺の目に飛び込むのは、真っすぐに見つめる菫色の瞳。

「申し訳ございません。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 七歳の彼女はたどたどしくも、綺麗な発音で俺に声をかける。

 しまったあぁぁぁ~!

 俺は急を要するあまり、彼女に自己紹介すらしていなかった。

 俺はコホンと咳ばらいを一つして、彼女の可愛らしい手を取る。

「申し遅れました。私はハワード公爵家嫡男、アシュレイ・ハワードと申します。末永くよろしくお願いいたします」

 チュッと手の甲にキスをおくる。

 彼女は俺の突然の行動に、顔を赤くするものの「ロレン侯爵家一女、ファニリアス・ロレンと申します」と名乗ってくれた。

 そんな彼女の愛らしさに嬉しくて笑顔を返すと、彼女は染めた頬をさらに赤く染め、横を向いてしまった。え、なんで? 気を悪くさせたか? 焦っている俺をよそに、彼女は自身の母親に向き直る。

「お母様、私許されるのならば彼と婚約を結びとうございます」

「!」

 まさかの彼女自身からの承諾。

 俺はもちろんの事ながら、侯爵夫人も周りも驚いている。

「ファ・ファニー、ですが本日は王子様が婚約者を……」

「分かっております。ですが選ばれるかどうかも分からない王子様の婚約者の地位よりも、こうして私に直接愛していると、守って下さると真摯に仰って下さる殿方の隣の方が、私は嬉しいです。お母様は私の幸せを考えては下さらないのですか?」

 言い淀む侯爵夫人をサラリとかわし、上目遣いでたずねる彼女。そんな彼女の表情に、そんな時ではないと思いながらもクラリとする俺。

「何を言うの。そんな事ありません。地位よりも名誉よりも、貴方の幸せが一番に決まっています」

 キッパリと言う侯爵夫人にニコリと返すファニー。ああ、可愛い。

「それでしたらハワード様との事、真剣に考えて下さい。それにハワード様は王族に次ぐお家柄。私共には光栄でありこそすれ、拒否する事などないではありませんか。お父様もきっと喜んで下さいます」

 ファニーに言い負かされた侯爵夫人は、口をパクパクさせていたが、ふぅ~っと一息つくとにこやかに俺に向き直る。

「少々口はたちますが、私共には可愛い娘です。末永く可愛がってやって下さいませ」

「はい、お任せください!」

 俺は嬉しさのあまり、満面の笑顔で頷いた。

 うっ!と侯爵夫人を始め、周囲の女性が顔を赤らめているが気にならない。

 俺はファニーに向き直り、両手を握る。

「ありがとう、承諾してくれて。ありがとう、協力してくれて。本当に嬉しいよ」

 そう言って握った両手にキスを送ると、彼女は真っ赤になりながらも「これからよろしくお願いします」と言ってくれた。

「こちらこそ」と頷いてニコニコと見つめ合っている俺達の横で、母上が侯爵夫人に謝罪とお礼を述べていた。

「本当に、ロレン侯爵夫人には何とお詫び申し上げればよいか……」

「いいえ、ファニーの言う通りです。選ばれるかどうかも分からない王子様の婚約者の立場を気にして、ファニーを思って下さっているアシュレイ様を蔑ろにするのは、間違ったおこないです。それに女としてあれほど嬉しい申し出はございません。そうは思いませんか、ハワード公爵夫人」

「フフフ、確かに。我が子ながら素敵だと思ってしまいましたわ」

「そうですわよね。あのような素晴らしい殿方を育て上げられた公爵夫人の手腕には、感服致しますわ。我がロレン家にはファニーの下に弟が二人おりますの。息子の育て方のご教授、是非お願いしとうございます」

「まあ、そのように仰っていただけると、恐縮致しますわ。ですが我が愚息をお気に召していただいて、ありがとうございます」

 と、長々と続いていく。母親同士打ち解けたようで何よりです。

 俺はというといまだにファニーと手を握り合い(正確には俺が捕獲している)見つめ合っている。

 ああ、こんな幸せ、あってもいいのか。

 ほわ~っとしていると、バラ園の入り口からざわざわと騒がしくなっていく。

 第一王子ランバース・ダンバの登場だ。

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