驚き
俺が話を促した事で王子は「あっ」と言って彼女を前に出す。
「そうだな。自己紹介が先だな。ソネット公爵家のミランダ嬢だ。ミランダ、アシュレイ・ハワードだ」
そう言って俺の隣のファニーに目がいく。はっとした表情は今まで気付かなかったのか? まあ、ファニーはずっと俯いていたから、仕方がないのかな。
けれど俺の隣に女の子がいたら、婚約者のファニーである事に感づいてもいいようなものなのに。
王子は意外と鈍いのかもしれない。
「貴方様がハワード公爵家の……私はミランダ・ソネットと申します」
ソネット様はおっとりとした話し方で、淑女の礼をとる。綺麗な所作だ。確か王子と同じ年だったかな。俺にはファニーが一番だけれど、ソネット様も中々美人だ。
「初めてお目にかかります。アシュレイ・ハワードと申します。こちらはファニリアス・ロレン侯爵令嬢。私の婚約者です。よろしくお願い申し上げます」
俺の紹介に、ファニーはゆったりと淑女の礼をとる。その姿は七歳には見えず、周りの子供達から感嘆の声が聞こえてきた。
フフン、そうだろう。俺のファニーはしっかりとマナーを身につけているのだから。ちらりと三人組を見ると、悔しそうに睨みつけている。ざまあみろ。
「美しいドレスだ。アシュレイの色ですね」
ギルバード様がファニーに声をかける。
「はい、アシュが私のために頑張って作ってくれたのです」
それはもう、この世の光を集めたかのような輝かしい表情で、ファニーは元気よく答える。
今まで慎ましやかに俺の横に控えていただけあって、俺とギルバード様はちょっと気圧された。
けれど、美少女であるファニーの笑顔は花のようで、近くの男達は真っ赤な顔になる。目の前の王子はその筆頭である。
ギルバード様はそんなファニーに「アシュからのプレゼントなのだね」と苦笑する。
ファニーはドレスの胸元を愛しそうに撫でながら「はい、宝物です」と答える。
そんなファニーにちょっと照れてしまった俺は「大げさだよ」と笑う。
するとファニーは「大げさなんかじゃないわ」と俺を見た。
「アシュの気持ちがいっぱい詰まったドレスですもの。私一生の宝物にするわ」
いつになく真剣なファニーにドギマギさせられた俺は、照れながら頬を掻いた。
「参ったなぁ、これからのプレゼントのハードルを自分で上げてしまった。簡単なものをあげるわけにはいかなくなってしまったね」
「アシュからもらうものは何でも嬉しいわ。毎日の花もちゃんと押し花にして、大事にしているのよ。だけどこのドレスはその中でも一番の宝物という事だけ。アシュがくれるものならその辺の石ころだって、私には宝石に見えるわ」
勢い込むファニーに一瞬飲み込まれそうになったが、段々と笑いが込み上げてきた。
ファニーはきっと今の状況、理解してないんだろうな。それほど真剣に考えてくれて……ああ、本当に愛しいな。
「分かったよ。ファニーの気持ちは嬉しいよ。ありがとう。けれどファニー、分かっているの? ここには誰がいるでしょう?」
「え?」
キョトンとしたファニーは、今の状況をやっと理解したようで、白い頬がみるみる赤くなっていく。
「ああ、可愛いファニー。だ~い好きだよ。一生一緒にいようね」
可愛いファニーをこれ以上、他の人に晒したくない俺は、ファニーを抱きしめて顔を隠した。
少しだけ高い俺の肩口に顔を埋めて、いやいやと顔を振るファニーは凶悪だ。もう俺をどうしたいの?
「……二人は本当に仲がいいのだね」
そんな俺達をギルバード様は、唖然とした表情で言う。
「そう思わないか、ランバ」
突然話をふられた王子は、ハッと我に返り俺の腕の中にいるファニーを見つめながら「そうだね」と言った。その顔は未練タラタラといったところか。
「……ランバース様、他の方々にもご挨拶を」
躊躇いがちに声をかけたのは、今までおとなしく事の成り行きを見ていたソネット様。
確かに最初の挨拶も交わしていないのに、俺達にばかり時間を割くのはいくら子供といえど、褒められた事ではない。
前回ではソネット様との交流はなかったが、この年でこの機転の良さは王子の伴侶として申し分ないと思う。
「そうだね。えっと、アシュレイ達も一緒にどうだろうか?」
ソネット様の促しに、口を開いた王子はそんな事を言った。
ん? それは何か。俺達も挨拶回りに一緒に来いと。それは取り巻きの一員に加わったという事になるのではないだろうか?
「ありがとうございます。けれど私達はこちらの席で、殿下の誕生日を祝福させていただきたいと思います。私の可愛い婚約者にも、少し時間をいただければと思いますので」
遠回しに照れているファニーを落ち着かせるから、別行動だと申し出ると王子は「ああ、そっか。ごめんね」とファニーに言い「ではまた後で」と言って会場中を回り始めた。
去った後も何度かこちらを見ていたが、気にしない。
ソネット様はそんな王子の姿に複雑な表情をしていた。気付かれたかな? と思いつつも俺達には関係ない事だと吹っ切り、俺は可愛いファニーを席に落ち着かせた。
「大丈夫? ファニー、何か飲む?」
「大丈夫くない。恥ずかしすぎて顔が熱いよ。私こんな失敗初めて」
半べそをかくファニーの頭をよしよしと撫でながら、果実水を給仕に頼む。
「俺は嬉しかったよ。ファニーが興奮するぐらい喜んでくれたんだって、実感した。屋敷でも喜んでくれていたのは知っていたけれど、殿下の前で熱弁ふるってくれるほどとは思ってなかったから」
「言わないで~」
またもや顔を覆ってフルフルと首を振る。ああ、可愛い。
頬が緩みそうになったところで、給仕が果実水を持ってきたので、どうにか顔の筋肉に力を入れて耐え忍んだ。まあ、先程皆の前で抱きしめたから今更かもしれない。
しかし、王子はやはりファニーが気になって仕方がないんだな。ファニーを見た瞬間、表情が変わったし、ずっとファニーから目を反らさなかった。
多分ギルバード様も気付いているよな。もしくは相談もされているかもしれない。
だからドレスが俺色だって事を、わざわざ指摘したんだろうな。ファニーが俺のだって分からせるために。
けれどファニーの行動は予想外だったに違いない。まさかあのファニーが淑女の仮面を脱ぎ捨てて、素直に年相応の女の子みたいに喜んでいるのだから。
ギルバード様ならばファニーの性格などの情報も持っていただろう。何ていったってファニーは王子の婚約者候補の三番目に位置する令嬢だったのだから。
年よりもしっかりしていてマナーも七歳にして完璧。容姿も知性も文句なしの情報から逸脱、ただの可愛い恋する美少女に、流石のギルバード様も驚きを隠せなかったみたいだ。声がちょっと上擦っていたもんな。
俺がクスッと思い出し笑いをすると、その声に反応してファニーが顔を上げた。
ムッとした表情がまた可愛い。
「笑わないで」
「ファニーを笑ったわけじゃないよ。周りの反応がね。ちょっと面白かっただけ」
よしよしとまた頭を撫でると、ファニーは俯いたまま、果実水をチビチビと飲みだす。
「……ごめんね、恥かかせちゃって」
ファニーが消え入りそうな声で、何故か謝罪の言葉を口にする。
「恥? そんなものかかされてないよ」
俺は意味が分からなかったので素直にそう言うと、今度は机についていた手を握る。
「だって私、殿下の前で淑女にあるまじき行為をしてしまったもの」
「俺のプレゼントが嬉しいって、素直に言ってくれた事の何が淑女にあるまじき行為?」
「怒ってないの?」
「だからどうして俺が怒るの? 嬉しさと愛しさしかないけど」
俺がいたって真面目にそう言うと、ファニーは唖然とした表情で俺を見る。
あ、その顔もいただきました。今日は色々な表情を見せてくれる。希少だな。
「他の人だったら怒るよ」
「俺を他の奴と一緒にするの?」
他の人って誰を指しているのか分からないけれど、ファニーの婚約者は俺一人なんだから、他の奴と一緒にしないでほしいな。そんな気持ちを込めてファニーを見ると彼女はふにゃりと顔を崩す。
うおぉぉぉ~、その顔もいい。めちゃ好みです。
俺が心の中で一人悶えていると、背後から「あの……」と声がかかった。
見ると四人の男女が立っていた。
「ずっと挨拶したかったのだけれど、中々出来なくて。アシュレイ・ハワード様とファニリアス・ロレン様ですよね。私マーシャ・ノルチェです。こっちの子はセルリア・ビレッチ。一緒にお話しさせてもらってもいいですか?」
「僕、じゃなかった。私達もいいですか? 私はゲーリック・ダクラス、こっちはコニック・ガリレイです」
ファニーと目を合わせた俺は、笑顔で答える。
「ゲーリック様は侯爵家の嫡男ですね。コニック様は伯爵家次男。マーシャ嬢とセルリア嬢も伯爵家の令嬢ですよね。よろしく。席を用意させるから少し待っていて下さい」
そう言って俺は四人を座らせるため、給仕に指示を出したのだった。




