誕生日会
王子の誕生日会当日、俺はファニーをエスコートすべく、ロレン侯爵邸へ訪れた。
夜会ではないので、足首が見える程度の長さの水色のドレスは、胸元とスカートの裾、袖口に紺色のフリルが付いていて、スカートの部分には紺色の糸で繊細に作り上げたレースが二重に重なっている。
実はこのドレスは俺からのプレゼント。ガキが生意気だと思われるかもしれないけれど、正式に婚約者になった以上は、プレゼントを贈るのは当たり前だ。
しかも今日は、王子の誕生日会。ファニーを俺の婚約者と認識してもらうには、このくらいしなければいけない。
「ファニー可愛いよ。いつも可愛いけれど、今日は水の妖精みたいに美しいね」
俺が褒めるとファニーは頬を染めながら、嬉しそうに笑う。
「ドレスありがとう。本当に綺麗な色だね。アシュの色に似ていて、凄く嬉しいよ。ハワード公爵にもお礼を言わないと……」
あ、ちゃんと俺の色だって分かってくれたんだ。嬉しいな。けれど父上に礼って……なんで? 俺は疑問に思ってファニーに聞いてみる。
「どうして? 父上は関係ないよ」
「だって、いくらアシュからのプレゼントとはいっても、公爵が買ってくれたのでしょう?」
ファニーがそう言うと、夫人が横から口を添える。
「子供の内は仕方がありません。大人になったらアシュレイ様がご自分で稼いだお金で買ってあげて下さい。今は親に感謝する気持ちを忘れなければ、それでいいのですよ」
見栄を張りたい困った子を諭すような雰囲気で言う。ますます意味が分からない。
「えっと、何か勘違いしてる? そのドレスは俺がデザインして俺が買ったの。ちゃんと俺が稼いだお金でね」
「「え? えええ~?」」
ファニーと夫人が驚いて声を上げる。
ああ、そういえばファニーには話していなかったっけ?
「もちろん、普段は父に頼りきりだけど、小遣い稼ぎぐらいはしてるよ。ハワード家の北の領地には獣が多く出没するからね。たまに討伐依頼がくるんだ。そこに腕試しがてら参加するんだよ。討伐料は地元の村や町から出される時もあるし、ハワード家で出す事もある。それを昔から小遣いにしてるんだ。五歳の頃からだから、もう二年にはなるかな」
ファニーもエントランスに集まった使用人の皆さんも唖然としている。
変な事、言ったっけ?
「だからファニーは気にしなくていいよ。喜んでくれたら俺はそれだけでいい」
ニコリと笑うと、ファニーはドレスを改めてジッと見る。
「……じゃあ、このドレスは本当にアシュが私の為に、頑張って作ってくれたものなのね」
「うん」
そう言ってるのに、変なファニーだな。
「嬉しい、アシュ」
ドレスを眺めていたファニーが、ぼそりと言った言葉を俺は聞き逃さない。
「良かった。ファニーが喜んでくれて俺も嬉しいよ」
「嬉しい、アシュ!」
「わっ!」
ファニーが不意に俺に抱きついてきた。咄嗟の事だけど、俺は倒れずにちゃんと抱きとめた。偉いぞ、俺。
「アシュにこんなにも大切にしてもらえて、私は一番幸せな女の子だね」
「ファニーにこんなにも喜んでもらえて、俺も一番幸せな男の子だね」
ファニーが飛び跳ねて喜んでくれているので、俺も楽しくなってきてファニーをクルクル回しながら笑いあう。
エントランスに集まったロレン家の皆さんは、微笑ましそうに見つめてくれる。
見かねた夫人が「会場に着く前に服装が乱れます」と注意してくれなければ、俺はもっと回り続けてファニーの目が回っていただろう。俺? 俺は普段、鉄拳制裁の父上に頭鷲掴みの上、振り回されているので問題ありません。
会場は夜会会場に隣接されている部屋で行われた。
その部屋も随分広く、子供達がお茶会を楽しむ分には充分の広さがあった。夜には隣で大人達が楽しむのだろう。
ファニーをエスコートして城内に入ると、席に案内された。どこに座ってもいい様なので、ファニーと庭に面する端のテーブルを選ぶ。
飲み物と数種類のケーキを持って来てくれたので、遠慮なくいただく事にする。
二人で半分こしながら食べていると、クスクスと近くの席から笑い声が聞こえてきた。十二・三歳ぐらいの少女三人が、俺達を見て笑っていたのだ。
「はしたないわね。異性と食べ物を分けるだなんて」
「いじましいのよ。お菓子を全部食べたいだなんて。どこの貧乏貴族なんでしょ」
「まあまあ、二人とも。あの子はまだ子供なのよ。淑女教育なんてまだ受けてないだろうし、男女の違いも分かっていないのよ。ただ今日は王子様の誕生日会なのだから、知らなかったですまさないでもらいたいけれど、ここは私達が淑女としてお手本を見せてあげましょう。王子様が来たら自分の無作法に恥ずかしくなるんじゃないかしら」
「泣いたりしてね、フフフ」
「あんまり汚い顔は見せて欲しくないわね」
くすくす、あはは。と笑うその顔は、前回のローズマリーを思い出す。女の醜悪な顔、そのままだ。
ファニーを見ると、うっすら赤い顔で下を向いている。
俺はファニーの手をもって、その甲にキスをする。突然の俺の行動に、ファニーどころか汚い口をきいていた女達も、傍にいた子供達も吃驚している。
俺はそのままニコリと笑い、ファニーにフォークを渡す。
「ファニーの前のケーキも美味しそうだね、一口頂戴。ア~ン」
そう言って口をあける。食べさせてくれという俺の行動に、ファニーは真っ赤になった。
「アシュ、恥ずかしいわ」
「私達は婚約者でしょ。ファニーとしている事で恥ずかしい事なんて一つもないよ。私の婚約者は、今日もこんなに可愛いんだって自慢して歩きたいくらい」
「何言ってるの、アシュ?」
「フフフ、ファニーが婚約者になってくれて、毎日幸せって言ってるだけ。私の甘えた要望にも全部きいてくれるし、振る舞いは上品だし、笑う声は穏やかで優しい……」
そうしておもむろに後ろを振り返って、さっきの女達を見た。三人はビクリとしながらも、俺を見て顔を赤らめる。
「間違っても王子の誕生日会を祝う席で、年下の女の子をターゲットにして、悪態吐く淑女の欠片もない女にはならないね。そう思いませんか。ジェルダー公爵令嬢、キレック伯爵令嬢、グリッジ伯爵令嬢」
三人の名前を出してやると、三人は赤い顔から青い顔に変化した。
まさか自分達の名が言い当てられるとは思ってなかったのだろう。
ここにいるのは、学園に入学する前の子供達だけ。流石に幼過ぎる子供は招待されていないが、お互いにまだ面識もなく、自分から挨拶しなければ素性など知られるはずがない。ましてや両親同伴ではないこの場所で、貴族の情報など頭に入っている者など、滅多にいやしない。王子やギルバードは例外だろうが。
「貴方方は確かもう十三歳におなりだとか。七歳の私達からするとおばさん、もとい大人ですね。さぞマナー教育も完璧で、おや、テーブルの上が汚れていますね。まさかお菓子の屑なんて大人の貴方方が零すはずないですよね。では最初から汚れていたのでしょうか?」
机の上のお菓子は、パイ生地やらクッキーなど焼き菓子が多い。零さずに食べるのは結構難しい。
それを分かった上で言ってやった。ちなみにファニーは完璧ですよ。屑どころが、クリームさえお皿についていない。
「きゃあ」「い・いや」「みてんじゃないわよ」と各々、またもや顔を真っ赤にして自分のテーブルの上に覆いかぶさった、これが淑女の所作か。大笑いだな。
「心外だなあ。城のもてなしにケチをつける気? アシュレイ」
穏やかな声が、三人のカナ切り声の中から発せられた。
俺はファニーとともに立ち上がり、紳士・淑女の礼をとる。
「これはランバース殿下、本日はおめでとうございます」
ざわりと会場中が息を飲む。突然の本日主役の登場である。
「うん、ありがとう。それよりこれはなんの騒ぎかな? 詳しく聞いた方がいい?」
キョロキョロと辺りを見回す王子。三人は「ひっ」と青い顔になっている。赤から青へと忙しいな。
「いえ、殿下のお耳に入れる事ではございません。コバエが少々耳障りだっただけですから」
コバエと聞いて三人は、屈辱で口をワナワナと震えさせているが、一応は王子に自分達の行いを見咎められる事がないと分かって、安堵しているようだった。
「分かった。城のもてなしにケチをつけた事は許してあげる。その代わり殿下はやめてって何度も言っているのだから、いい加減聞き入れてよ」
「公式の場ではご容赦を」
「もう」と拗ねる王子の横から、ギルバード様が顔を出す。
「アシュレイの周りは、ランバの次に騒がしいな」
「誤解を与えるような発言はお控え下さい、ギルバード様」
「誤解かなあ?」とギルバード様はいたずらっ子のように目を細める。
「アシュレイ、もう少しまめに城においで。私は寂しいよ」
ギルバード様はニコリと笑いながらも、俺に城の訪問を促す。
「そうだ。私も寂しいぞ」
王子までギルバード様の言葉に同調するから、周りがますますざわめき始める。
やばい、このままでは遊び相手として城に通う事が決まってしまう。
「ありがたいお言葉、感謝いたします。けれどレディを待たせて私達だけで話を進めるのは如何なものでしょう。後ろに控えておられるのは、殿下の婚約者におなりになったソネット公爵令嬢ではございませんか。ご挨拶させていただいても?」
俺は王子の影でひっそりと微笑む女の子に注意をそらす。




