058 距離
対戦が始まった。そして始まった瞬間から違和感。
―――なぜ離れるんだろ?
ジーン選手のキャラクターが、どんどんと離れていくのだ。
『おーっと!?開始早々、ジーン選手が距離をとる。…これは…しかし、距離をとっていてはペナルティによるダメージが入ってしまう。ここからどう展開していくのかっ!』
実況さんのご指摘通り、このゲームにおいて逃げに徹する意味はない。とすると《なんらかの作戦》なのだが、それを見抜けるほどの経験は持ち合わせていない。
―――まあ…わが道を行くしかないか…。
いつも通り「苦悶の霞」を警戒し、「背水の狂焔」を発動する。自らを状態異常にすることで、ステータスを上昇させる技。どうせ状態異常にされるんなら、自分から突っ込もう戦術。
『ダイキ選手は十八番プレイングを継続中。背水の狂焔で全ステータスを強化!』
これを待っていましたとばかりに、見慣れないカットインが入った。
『彼方より来る調べ』
法螺貝の音。何が来ても良いように、回避とガードで二重に備える。経験則的には、何らかの強化、だと思う。わざわざ距離をとって使うからには、隙の多い技なのだろう。画面の端まで追いかけ続ければ良かったと若干の後悔。
―――問題は何が強化されてるかだよな…。
画面左上、相手ステータスの表示に視線を移す。
―――え…遠距離攻撃強化!?
『これはまた…懐かしい技だ!FPS最初期に実装された遠距離攻撃シリーズ。近距離攻撃の隆盛により姿を消していましたが…世界大会準決勝という大舞台でひっぱり出してくるとは…。』
遠距離攻撃シリーズ、その存在は知っている。知っているが、まさか世界大会の場で使われるとは思ってもみなかった。
遠距離攻撃イコール遠くからの攻撃なので、単純に相手からの攻撃を受けづらいというメリットがある。攻撃の間合いよりも離れた位置で構えれば、回避する必要すらない。距離をとることによるペナルティも、遠距離攻撃を続けてさえいれば、適用されないのだ。
良いことずくめのような雰囲気だが、遠距離攻撃には重大な弱点がある。与えられるダメージがとてつもなく少ないのだ。FPSがスタートしたころであれば、それでも何とかなっていたらしい。しかし、近距離攻撃技を中心とした攻撃力インフレが進んだ結果、遠距離攻撃は淘汰されるに至った。
―――淘汰されたはずの戦術…確かに厄介だけど…。
これだけ距離があると、カウンターができない。カウンターはあくまでも《通常攻撃》。回避はできても、攻撃につなげられないのだ。ただ、対応する術はいくらでもある。術、というよりも、隙といった方がニュアンスとして正しいかもしれない。
対遠距離戦、最も簡単な攻略方法、それは「距離を詰めること」。
矢継ぎ早に飛んでくる攻撃を回避しつつ、隙を伺う。いくら距離をとれるとはいえ、限度はある。どこまでも後退できるわけではない。距離を詰めてしまえば、近距離攻撃の火力で圧倒することができる。とすれば課題は一つ。いかにダメージを少なくして近づくか、それだけ。
『さあ、ジーン選手の遠距離攻撃が続くっ!星屑からの…無垢の離れ。これに重ねるように瞬弾っ!止まらない、止まらない連撃。しかし、これを躱すかわすっ!』
カナさんの試合中、相手の土俵で戦う意味なんて大層なことを考えていた自分が恥ずかしい。思いっきり、ジーン選手のペース。ダメージは受けていないものの、勝機が見つからない。
―――近づけないな…。
さきほど実況さんが列挙してくれた技、全て再使用までにかかる時間が極めて短い。そのぶん攻撃力は悲しくなるほどに低いのだが、距離を詰めるうえでこれほどに厄介な構成はない。
もちろん言うは易く行うはなんとやらで、この技ループを維持するためには、かなりの集中力と練度が要求される。これがジーン選手が生み出した、対俺用の戦術。
―――俺の状態異常…読まれてたってことね。
唇をかむ。
相手が「苦悶の霞」を持っているかどうかなんて、使われるまでわからない。わからない以上、こちらとしては「背水の狂焔」で対抗するしかないのだ。ただ、結果としてジーン選手の技構成に「苦悶の霞」はなかったわけなので、こちらとしては大損。完全に裏目だ。俺の体力、あと7割ほど。対するジーン選手のゲージはフル。
このまま遠距離攻撃チクチクで粘られてしまうと、かなりまずい。




