054 予想
一瞬の静寂に包まれる。静かに、しかし熱気に包まれた対戦が始まる。
『レディー…ファイッ!』
キャラクターの動きだしに合わせるかのように、会場のボルテージが上がる。なにかため込んだものを開放するかの如く。
『さあ始まった!っと、ここでやはり来ましたね!』
残り時間を示す時計が停止し、ポップアップがスクリーンに現れた。トリック選手と言えば、この技。十八番プレイングというべき戦術がある。俺にはハイリスク過ぎて、まず使いこなせないであろう戦術。
『備えるは何れ…?』
俺は反応でカウンターを決めているが、技の効果でカウンターを成功させる方法がある。それがこの「第六の備立て」という技。
相手の使用する技を予想し、備える。より正確に言うならば、技のボタン4つのうち、どれを選択するのかを予想するもの。
正解ならば、当該攻撃を無効化し、倍の威力で撃ち返すというとんでもない技だ。もちろんリスクはある。不正解の場合、一定時間行動不能となってしまうのだ。「炎陽」や「雷鳴」といった高威力の技が跋扈する現環境において、行動不能ほど恐ろしいものはない。回避できないのはもちろん、ガードすらできないのだ。
まさにハイリスクハイリターン。
『承知!』
どうやら予想が終わったらしい。今度はカナさんの番。技を一つ、強制的に選択しなければならない。対戦で設定できる技は4つ。確率は4分の1。
確率的にそうそう当たるものではないのだが。
『おおっとぉ!さすがトリック選手、読み切ったーっ!』
当たるんだよな。これが。
的中率、脅威の8割。もはや不正を疑うレベルなのだが、もちろんイカサマではない。トリック選手は「フィーリングと少しの運」という、なんともおしゃれな説明をされていたが、その実は膨大なデータ分析による予測らしい。俊が説明してくれた。
即断即決が求められる格闘ゲームにおいて、技の構成というものは変えづらい。コンマ数秒を争う世界において、一瞬の迷いは勝敗をわけてしまう。そういった状況下で技がパターン化されていくことは、避けがたい事実なのだ。もちろん「第六の備立て」に対抗して、突飛な技選択をすることもできる。できるのだが、それは相手の土俵に引きずり込まれることを意味する。
―――俺よりもチート級な気が…。
初めてトリック選手の対戦動画を見たときも、そう思った。まあ、俺はというと、技を使わない。使わないということは、データがないということ。というわけで、そこまで対策はしていない。というよりも、対策のしようがないのだが。
「ううーっ…。」
俊がとなりで唸っている。「第六の備立て」が連続で成功。あと一回「第六の備立て」が決まってしまうと、ゲームオーバー。カナさん、かなり劣勢だ。
『対戦はトリック選手の備立てが突き刺さる展開!それでもカナ選手、丁寧に攻撃を重ねていきます。』
綱渡りの攻防が続く。「第六の備立て」が使用可能となるまで、残り7秒ほどだ。それまでに削り切りたいところなのだが、トリック選手は完全に防御スタイルに転換中。さすがのカナさんでも、防御に徹する世界2位を7秒以内に飛ばすことはできない。
『刻一刻と迫る勝利へのカウントダウン!』
やはり削り切れない。ただ、強引に攻撃をねじ込んだことが奏功。トリック選手のゲージは残り5パーセントといったところ。しかし、無情にもその瞬間が訪れてしまった。
画面上の時間が停止し、例のポップアップが現れる。
『備えるは何れ…?…承知!』
間髪を入れず、トリック選手は選択した。
カナさんの選択。「雷鳴」、「雷鳴」。三度「雷鳴」を選択するか、ここで違う選択をするか。運命の分かれ道。
『さあ、カナ選手の選択…。』
会場が三度の静寂に包まれる。カナさんの肩が、少し、動いた。




