031 予定
その夜、スマホの着信音が俺の寝室に鳴り響いた。知らない番号。普段ならば無視するところだが、今日ばかりはそうもいかない。
おそるおそる通話ボタンを押す。
「も、もしもし…。」
その後何があったか、よく覚えていない。ただ、幸せな時間が流れ始めたことだけはわかる。ニヤニヤが止まらないし、電話帳に桜井悠美さんというかわいらしいお名前が登録されていた。
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「ぬふふふっ…もう…。」
翌朝、会場へと向かう電車の中で、ふにゃふにゃしている。気を抜いたらとけてしまいそうなレベル。幸せが止まらない。正確にはデートの約束をとりつけただけなのだが、俺にとっては大きすぎる一歩なのだ。悠美さんは、隣町の高校に通う一年生だった。一つ年下。
「だ、大樹…。スマホに向かってニヤニヤするなんて…なかなかに気持ち悪いぞ。」
俊の毒舌も、今ばかりは耳に入らない。右から左へとキレイに受け流している。素通り。
「むふふふん…ゆみさん…。なーんて…。むふふふ。」
妄想が妄想をよんでいる。とどまるところを知らない。
「もう…。まあ、いいか。あ、一つだけ報告ね。ワシさんのこと、覚えてる?」
天下のスポンサー様に呆れられてしまった。さすがにいつもの調子に戻ろう。俊が昨日、散々いじってきた仕返しの意味を込めてのテンション。最初の一歩でここまでなるほどの振れ幅は持ち合わせていない。
「うん。覚えてるよ。」
地方大会の決勝で対戦した大学生の方。本名は黒川慎太郎さんで、ワシさんというのは愛称。個人的には結構、好印象を抱いている。
「おうっ!?急に戻ったな。それでさ、そのワシさん、動画投稿始めたらしいのよ。俺が所属している事務所に入るんだって。さっきマネージャーさんから連絡があった。」
「へえー。やっぱりFPSの実況?」
「うん。ほら、大樹がお願いしてくれたおかげでさ、事務所に所属している人、みんなFPSのコンテンツ使えるようになったんだ。まあ、使用料は払わなくちゃいけないけど。」
俺の行動は、思っていたより多くの人に利益をもたらしたらしい。狙ったわけではないが、素直に嬉しく思う。
まあ、現実的に考えると、公開する方向に舵を切ったということだと思う。もともとFPSの運営インテグラルは、基本的に商用利用を認めないスタイルを貫いてきた。そのかわり公式動画が大変に充実しており、先日の地方大会ダイジェスト版は大会終了後、1時間で無料公開されていた。
後に社長さんから聞いた話では、転換点になったのは、シュンカンゲームズに上がった俺の動画だったそう。先日ついに1000万再生をこえた動画だが、運営としては想像すらしていなかったレベルのことだったらしい。公式コンテンツにかなりの力を入れていたインテグラル社として、強烈なインパクトをもって受け止めることとなった。裾野を広げる…皮肉った言葉を使うならば、使えるものは何でも使え精神だと思う。
「それで…何かあったの?」
俊がわざわざそんな話をするということは、何かあったということに違いない。そもそもワシさんと俺は面識があるといった程度で、連絡先すら知らない。世間話の一環としてこの話題を持ち出したとしたら、報告という言葉と矛盾する。
「実はさ、コラボすることになった。しかも全国大会の解説動画で。」
「ま、まじかい。」
ちょっと驚いた。シュンカンゲームズは登録者100万人ごえの有名どころ。友だち贔屓を差し引いても、結構な大手だと思う。かたやFPSゲーム界では有名とはいえ、動画投稿者としては新人駆け出しのワシさん。事務所が一緒とはいえ、あまり俊サイドにはメリットがない気がする。
俊は仕事に関しては計算高いところがある。別に悪い意味で言っているわけではないし、ビジネスはそういうものだと思っている。
「まあ、ほら。俺さ、FPSあんまり詳しくないじゃん。大樹もさ、めちゃくちゃ強いけど…ねえ。」
なるほど、確かに俺も詳しくはない。知識だけで比べたら、俺はこの大会最下位だと思う。
「それでプロを呼ぼうってことか。納得。」
解説動画と銘打って投稿する手前、解説の要素が抜けてしまっては「タイトルで釣っている」みたいなことを言われてしまう。その点、ワシさんは全国大会常連のFPSプレイヤーさん。技の知識や戦術への理解はすごいと思う。そういった知識なく勝ち進めるほど、甘い世界ではないのだ。
―――まあ…俺はチートだから例外として…。
「うん。それでさ。大樹も一緒に出てくれんかなー、と思って。」
「え…俺?多分、専門的な解説の役には立たないと思うけど…?」
前回同様、抽象的な話しかできないと思う。カウンターは、こう、何と言うか、感覚なのだ。シュパッときた攻撃をサッとかわし、バスッとカウンター。細かいタイミングの説明はできるけれど、それはあまりにテクニカルすぎる。
「まあ、そこはプロに任せて!やっぱりねー、全国大会優勝者が登場!っていうネームバリューは欠かせんのよ…。」
再生回数を巡る切実な事情があったようだ。なにより主役はあくまでも俊。そして俊は動画投稿のプロフェッショナル。俊が大丈夫と言う以上、素人の俺がとやかく言うのは出しゃばりすぎというところなのだ。もちろん、友だちとして意見するときはあるけれど。
と、ここまで思考して、やっと言葉の理解が追い付いた。
「いつの間に俺、優勝したことになってるん?」
「あ、ばれた?でも、優勝するでしょ。普通に考えて。一日目最後の試合は…まあ、ちょっと危なかったけど、別に負けそうとかそういうわけではなかったでしょ?ノーダメージが継続できないかも…ってくらいで。」
「まあ…そうだけど…。」
あんまり舞い上がりすぎると、手痛いしっぺ返しがとんでくる気がする。謙虚にいこう。
『左側のドアが開きます。ドアから手を離してお待ちください。』




