6.もう一人の訪問者
朝。草の上で男は眼を覚ました。
横たえていた身をゆっくり起こすと、横に転がっていた白木の長い杖を手に掴み取った。
杖を地面に突き立て、慎重な足取りで立ち上がり、辺りを見渡す。緑色に茂った木立の間に、段ボールとビニールシートでつくられたテントが幾つも並んでいた。
木立の向こうに男は眼をやった。そこには都庁をはじめとした、ビル群が林立していた。
彼は長いながいあいだ、打たれたように動きを止め、ビル群と、木立の向こうで行き過ぎる自動車とを見つめていた。それらからようやく眼を戻し、再び公園に並ぶテントへと視線を落したとき、あるテントから、男が一人、外へと出てくるのが眼に入った。
がさがさという音を立て、のっそりと、四十がらみの小太りの男が這い出て来た。自然と、杖を手に持った男と、小太りの男の視線とが合った。
ほんの少しの間、男は驚いたような表情とともに、杖の男を観察するようなそぶりを見せたが、すぐにまた眼を逸らし、テントの中から空のペットボトル数本を引っ張り出すと、それらを抱え、公園北にあるトイレのほうへと歩き始めた。
杖の男もまた、歩き始めた。彼は小太りの男の出て来たテントの前まで来ると、シートを開け、中を覗き込んだ。携帯ガスコンロにプラスティック製食器、そして衣類と、テントの中にはさまざまな物が整頓され積まれていた。
「何、他人の家覗いてんだ。あんちゃん」
背後からの声に、杖の男は振り向いた。テントの主が水を詰めたペットボトルを抱え、眉間に深い縦皺をつくり立っていた。杖の男は目の前に立った小太りの男に向かって、薄く嗤笑を浮かべてみせた。