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5.みたびの昏倒

 引き留める姉を振り切り、襖に手を掛け勢いよく開け放った和木は、驚きのあまりその場に固まった。布団の上に一人の男――、着物に袴に総髪という、時代劇でよく見る侍か浪人そっくりの恰好をした男が、端然と正座していた。


「人間かよ!」と叫んだきり、二の句が継げないでいる和木に向かって男は平伏してみせた後、聞いたことのないような節回しで喋り始めた。


「それがしは下野国より出でて、この地、角筈へと参った寺田友五郎行現と申すもの。このたびはそれがしの不甲斐なさゆえに、ご当家にただならぬ難儀をかけ申した。ご当主どの。そちらの女人には何の責もござらん。ただ行倒れたそれがしを助けてくだすったのみ。何の御礼もできぬこと申し訳ないが、それがしは直ちにご当家より立ち去るゆえ、なにとぞ女人を許してくださるよう、お願いいたす」


 何だこの男。恰好だけじゃなくて頭の中まで江戸時代か? それともコスプレしたオタクが俺をからかっているのか? などと思いながら突っ立っている和木に向かって、男は再び深々と頭を下げると、布団の脇に置かれた薄汚れた大小の刀を掴み、立ち上がった。


 男は電灯の灯った廊下に出ると、「うむ。すでに朝になっておったか。すっかり長居をしてしまい、改めて詫びを申す。では御免」と言い、心持ちうつむき加減に歩きはじめた。気圧され、和木は廊下を玄関前まで後ずさる。何だかさっぱりわからないが、どうやら出て行ってくれるらしい。安堵に胸をなで下ろそうとしたその刹那、菫の声が響いた。


「待ってください!」侍野郎の前に、菫が立ち塞がっていた。


「駄目です。あんなに弱っていたじゃありませんか。今もほら、足もとだっておぼつかないし、だから今しばらく部屋に戻って養生してください」


「お心ありがたい。しかしこれ以上、当家に迷惑をかけるわけにはゆかぬ。どうかそれがしを通してくだされまいか」


 侍野郎はそう言って姉の横を通り、前に進み出ようとする。姉はその袖を掴み、引き留めようとする。「いけません!」「通してくだされ」そんな言葉を言い合い、もみ合いながら、どういう力の加減か、二人はよろよろとダイニングキッチンへ入っていく。呆気にとられつつ、和木もその後を追って部屋に入る。二人がもみ合ううち、男が大きくよろけ、テーブルの隅に手をついた。


「あ」思わず和木は声をあげた。男がたまたま手をついた場所に、テレビのリモコンがあり、指先が、ボリュームボタンに触れていた。


 みるみるうちに、点け放しにしてあったテレビのボリュームが上昇する。


「な、何事か」と男がテレビに目をやる。その瞬間、男の団栗眼がさらに巨大に見開かれた。狭い部屋に不釣り合いな大画面テレビに、世にも醜怪な黒い怪物の顔が、雄叫びとともに大映しになっていた。


 ああ、そう言えば今夜は、ケーブルテレビでエイリアン2をやっていたんだっけ。このシーンが映っているということは、そろそろクライマックスか。などと思っている和木の傍で、何をとち狂ったのか、男はいきなり手に持った長い方の刀をぎらりと抜き放つと、テレビに向かって身構えた。


 和木たち姉弟は息を飲む。侍男は満身から絞り出すような胴間声で叫んだ。


「うぬっ! うぬぅうっ! さては弾正! かような妖術までも弄するかあっ」


 菫が悲鳴をあげた。和木は情けなくもその場に腰を抜かしてへたり込んだ。それと同時に、和木がテーブルに置いたままにしておいた携帯が、ぶぶぶうん、と大きな音をたてて振動をはじめた。


 男は益々したように、刀を構えたままその場でぐるぐると向きを変えた。銀色をした刀の切っ先が、ひらりひらりと和木の鼻先をかすめ、そのたびに和木たちは悲鳴をあげた。


「なんの、こんなものに惑わされてたまるものかぁっ」そう言うと侍男は、気合いでも入れようとしているのか、「きえぇえぇえい」とか、「でやぁあぁあっ」とか、意味不明の声を叫び始めた。


 だがやがて「き、ききき、きぇえぇええい」と、一際大きな掛け声を発したかと思うと、白眼をむき、昏倒するかのようにその場にどたりとひっくり返ってしまった。ようやく我にかえった和木は、のろのろと立ちあがってテレビを消し、携帯を取って耳に押し当てた。


 すぐに、心持ち怒った調子の志徒子しづこの声が聞こえてきた。


「遅いよ全く。出るのが。何かあったの?」


「あ、ああ、あ。ごめん、悪ぃ。また後で電話するからさ」


 力なく言って、和木は携帯を切った。

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