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25.露見

 商店街を歩いていたその男は、偶然を装い、電器店の陳列台に置かれた大画面テレビの前でそっと足をとめた。


 芝居らしき番組――ドラマの再放送が終わりCMが何本か流れると、いつも通り画面に、眼鏡の男と痩せた女が現れた。


 二人が向かっている扇形の机の右手には、金髪の上に帽子を被った男と、短髪の女が、こちらを向き座っていた。


 眼鏡の男が今日の日付と番組名を告げ、頭を下げるのと同時に、その場に座る者全員も一斉に、画面に向かってお辞儀をした。


 画面の中でニュースワイドがはじまっていた。


 その日はさしたる新しいニュースもなかったらしく、冒頭から話題は、先々月に起こった凶悪未解決事件をめぐるものへと入っていった。


 テレビの前に立った男は、帽子のひさしをほんの少しだけ上げて、画面にじっと眼をこらした。


 VTRがはじまり、物々しい音楽とナレーションとともに、「惨劇から約二か月」という文字が画面に大写しになる。


 葬儀のときの映像。悲しみに暮れる親類の者たち。殺された家族、とりわけ若くして命を絶たれた息子のことをよく知る者たちなどが、次々と画面に現れては、いかにこの事件、「杉並一家三人殺害事件」が悪逆無道なものであったかが語られる。


 映像がスタジオに戻ると、眼鏡の男――キャスターが「ここでもう一度、犯行現場の状況をおさらいしてみましょう」と言い、板を取り出し事件の詳細を説明しはじめた。


「犯行を発見したのは、母・靖子さんの妹、節子さんでした。節子さんは靖子さんがいつ電話をしても出ないことを不審に思い、山根さん宅を直接訪ねました。訪ねてみると、ポストからはみ出すほど郵便物がたまっていたことから異常を感じ、すぐに警察に通報をしました。そしてようやく、事件の発見となったのでした」


 キャスターは滑らかな語り口で、次々と事件の特徴を説明していった。


 一家三人が三人とも、頭蓋骨を棒のような硬い鈍器の一撃で割られ、死んでいたこと。その凶器は、未だもって発見されていないこと。母靖子、父浩志、息子の英志の順で殺害された後、次々と浴室に運び込まれ、丸太のように遺体が転がされていたこと。


 驚くべきことに、そうやって遺体を浴室に放り込んだままで、犯人は一週間近くもの間、家の中で冷蔵庫などの食料を漁り、平然と飲食・生活をしていた形跡があること。現金類は持ち去られていたが、キャッシュカードや通帳には触れた形跡さえなかったこと。


 そして、あたかも捜査陣を挑発するかのように、あちこちに大量の指紋が残されていたこと。それにも関わらず、警視庁の指紋データベースにはひっかからず、目撃者も全く発見できないことから、犯人の足取りが現在でも、全くつかめていないこと。


 キャスターから話を振られたゲストの帽子男は、今も身近に潜んでいるかもしれない殺人鬼への恐怖と、隣家での凶悪犯罪に長い間気づくことのできない、都会の住宅地の希薄なコミュニケーションについて、能弁に語った。


 同様に話を訊かれたゲストの女も、語り口は違えど、帽子男と大差ない意味の言葉を語ってみせた。


 そこで番組はいったん広告に入る。繰り返し流れる騒々しい映像と音楽。それが終わると、また画面に太文字が踊った。


「謎の警官失踪事件」


 ナレーションが流れ出す。


「七月十五日、東京都練馬区の真ん中で、忽然と巡査が消息を絶つという、前代未聞の事件が起こりました」


 さっきと同じ要領で、不安をそそるような音楽を背景に、事件のつかみ所のなさ、捜査の行き詰り具合が語られた。


 そこまで視ると、男はそっとテレビの前を離れ、再び人混みに混じり、商店街を歩きはじめた。


 男はやがて、表通りに開いた細い脇道を見つけると、つと身体をすべり込ませるように、そこへ入っていった。


 小さな定食屋や、ラーメン店ののれんを左右に見つつ、男は進んでいく。


 やがて周囲はさっきまでの通りとはうって変わって、静かな住宅地に変わっていた。


 家々の間の通りを、男はゆっくりとした足取りでぶらついていく。何か気にかかることがあるのか、時折、家の前で立ち止まっては、門や塀の外から中をじっと覗きこむ。


 そんなとき、目深にかぶった帽子のひさしの奥では、家全体を値踏みするように、あるいは何かを探すように、両の眼が落ち着きなく動いていた。


 男がある辻――十字路を今まさに曲がろうとしたときだった。角の向こうから、声高な話し声が聞こえてきた。男はブロック塀の陰につと隠れ、耳を澄ました。


 そっと塀の向こうを覗くと、若い男と年嵩な男の二人組が、近隣の住人と思しき女に、訊ねごとをしていた。


「――それでお伺いしたいのですが、七月十五日の前後に、何か不審な人物を見聞きした覚えがありましたら――」


「さあ――目立って気にかかるようなことなんて、なかったように思うわねえ」


「奥さん、どんな小さなことでもいいんです。もう一度、当時のことを思い返していただけませんか」


「そんなこと言ったって、もう警察の方、来るの二度目でしょ? 気にかかるようなことがあったら、最初のときにとっくに話しているわよ」


 男二人は、なおも数分の間、女に質問を繰り返していたが、最後には諦め、二人して女に頭を下げ、


「何か思い出されましたら、必ずご連絡を」と改めて念を押し、家を辞去した。


 門の外に出た後、年長のほうが懐から煙草を取り出し、火を付けた。若いほうは溜息を吐くと、

「下山さん、今度は商店街の方です」と疲れた声で言った。


 下山と呼ばれた男は、「わかった」と短く言って頷くと、若い男と一緒に歩きはじめた。


 やり取りを聞いていた男は、ブロック塀沿いに後退して電柱の陰に隠れ、二人の刑事が辻を通り過ぎるのを待った。


 刑事たちが去ったのを確認すると、男はまた道へ出ようとした。


 そのときだった。


 突然、男の手首を、背後から何者かが強く掴んだ。


 驚きに全身を硬直させた男に、後ろから誰かが、強い口調でものを言った。


「こんな場所で何をしている」


 聞き覚えのあるその声に、男は振り返った。


 思った通りの人物が立っていた。


 男は声を震わせながら、その人物に言った。


「和木どの、どうしてここに――?」


 和木は言った。


「それはこっちの台詞だ。友五郎」

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