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22.菩提寺

「何こんな暗い中でテレビ観てんだ」


 和木は大とともに部屋に入ってくると、部屋の照明をつけた。


 安ビジネスホテルに似つかわしい小型テレビにかじりつくようにして座っていた友五郎は、なぜか少し慌てたように振り向くと、


「あ、ああ、帰られたか。和木どのに原どの」


「帰られたか、じゃないよ」和木は苦笑しつつ、「何だよ。真っ暗な中夢中になってテレビなんか観て。未来世界について自習でもしてたのか?」


「いや、にゅうすを視ておったらつい――」


 うん? と言って和木もテレビを覗きこむ。


 テレビには「杉並一家三人殺害事件」の捜査経過について報道をする男性キャスターの姿があった。


『今日で発見から五日が経過しますが、依然として周辺からの目撃証言もなく、捜査は難航しており――』


「何だ。まだ全然手掛かりなしかよ。ダレてんなぁ。最近の警察は」


 和木は言うと、ほい、と言って、友五郎の前に包を一つ放った。


「ほれ、買ってきたぞ。餃子弁当」


「ぎょうざ?」


「今の宇都宮の名物さ。いい加減気持ちの整理もついて、腹も減ってきただろ? 大の奴がお前にどうしても持って帰るって言って買ってきたんだ。感謝しろよ」


 友五郎は包を手に取りつつ破顔して、「これはかたじけない、原どの。流石にそれがしも、このまま潮垂れていてはならぬと思い始めていた頃だ。これは何よりの馳走となる」と言って深く頭を下げた。


「いや、いいんすよ、そんな」


 大は照れたように和木の背後から両手を振る。


「寺田さんの口に合うかどうかわからないけれど、よかったら食ってみてください」


「ありがとう。早速そうするとしようぞ」


 友五郎が包を開くと、ふんわりと(にら)大蒜(にんにく)の匂いが広がった。


 ノックの音がした。大がドアを開けると、そこには志徒子と菫の姿があった。


 志徒子の背後から心配そうに覗いた菫の表情が、友五郎の笑顔を見たとたん、すっと安堵の色に変わるのが見えた。


 翌日、一行は再び宇都宮駅へと向かった。今日の目的地である寺田家の菩提寺、感能寺のある町へ向かうためだ。感能寺はJR宇都宮駅始発の路線、日光線に乗って一駅目の駅、鶴田から歩いて十分ほどのところにあるらしかった。


 ホームに入って二十分ほど後、四両編成の列車が乗り入れてきた。


 コンパートメントに腰を落ち着けた和木は思う。感能寺というところもやはり、宇都宮市街同様、変わり果ててしまっているだろうか。おそらく変わってしまっているだろう。いや、そもそも墓さえ残っているかさえも怪しいものだ。


 その事実に直面したとき、友五郎は落ち込むだろうか。


 わからない。だが和木には何となく、友五郎が昨日の体験から、墓についてもある程度の覚悟をしているように感じていた。少なくともそう思わせるような、昨日とは違う、落ち着いた雰囲気を今日の友五郎はまとっていた。


 列車はさほど長く走ることもなく、目的の鶴田駅へと到着した。ローカル線らしい、幅の狭いホームの周囲を鉄柵で囲っただけの簡素なつくりのホームに降り立つ。一緒に乗ってきた地元の高校生たちが改札を抜け去っていってしまうと、和木たち一行はぽつねんと取り残された。


「どうだい。ここら辺の眺めは」和木は友五郎に訊く。


 友五郎は駅舎の周りに建つ家々を見渡すと、「いや、やはり随分と変わってしまっておるようだな」と首を傾げつつ言った。


 和木は少しばかりほっとする。やはり友五郎は、もうこの世界に過剰な期待を抱くことを止めているようだ。改札を抜けると、志徒子が訊ねてきた。


「ねえ、訊くの忘れてたけれど、あなたちゃんとアポをとってあるのよね?」


「当然」和木が答えた。「いくら何でもそれくらいの手は打ってあるよ。わざわざこんな早くからの列車に乗ってきたのも、約束を守るためさ」


 そう言って和木は駅の時計を指差した。針は九時二十分をさしていた。


「和木、待ち合わせは何分なの?」


「ああ、十時に先方を訪ねることになってる」


「十時?」志徒子が不平の声をあげた。


「あと四十分もあるわよ? それまでどうやって時間を潰すの」


「いや、初めての土地だしさ。地図見て歩いていったら、何十分か過ぎちゃうだろうと思って。それにローカル線で本数が少ないだろ。ぴったりの時間に着く列車なんてなかったんだよ」


「よう、和木」大が訊いてきた。「その寺までは、簡単に行けそうなのか?」


「それがちょっと判りにくいんだよ」和木はポケットから、パソコンからプリントアウトした地図を出して広げた。


「寺は駅の北の住宅街を行ったところにあるんだけれど、目立った大きな道に面しているわけじゃなく、敷地も広いわけじゃない。路地も細いのを通って行かなきゃならないようだし、もしかして迷う可能性もありそうだ。だから俺としちゃ早めに着く列車で来たのは、賢明な策だったと思うけれどね」


 ともかく駅の前で立ち話していても、らちがあくまいということで意見が一致し、一行は和木の地図を頼りに歩きはじめた。


「たしかに判りにくいわね」


 十数分後、和木から取り上げた地図を眺めつつ、志徒子が呟いた。狭い路地で、左右には似たようなつくりの木造住宅が並んでいた。


「どこの角を曲っても代わり映えのしない道が続いていて、これじゃちょっと迷いそうになるわ」


「もうすでに迷ってるんだろ」と言った和木を睨み付けた後、うって変わって優しげな表情と声音で、志徒子が友五郎に訊ねた。


「友五郎さんはどうです? この辺りに昔のゆかりを残すようなものは――」


「全くもって見つけられぬ」友五郎は首を振った。「それがしの時代には、この辺り一帯はすべて藪か田畑で、遮るものなどなかった。目印などそもそも必要もなかったのだ」


 ううん、と志徒子が唸る。ざまあみろ、という気持ちで、背後から和木は嗤う。

 と、突然、大が「あ」と短く声をあげた。


 一同は顔を上げ、大が指さしている方向を見る。路地の向こうから、一匹の柴犬を連れ、緑色のジャージを着た中年男が現れた。


 これ幸いと志徒子が駆け寄り、おそれいります、と声をかける。突然駆け寄られ、驚いたのか、緊張を顔ににじませつつ男が志徒子に答える。


「は、はあ。何か、ご用ですか?」


 気弱な声と、おどおどとした物腰はまるで、最近リストラされたサラリーマンという風情だ。志徒子は構わず、男に質問をしていく。


「道をお訊ねしたいのですが、感能寺への行き方はご存じありませんか?」


 はあ、と気の抜けた声を一つ出すと、男は、


「ええと、この道をまっすぐ行って、二つ目の曲がり角を右に曲ります。それから今度は一つ目の角を左に曲って、後はまっすぐ行けば着くと思うんですが」


 大丈夫か? こいつは。何だか随分頼りない話し方だな、と和木は思う。


 志徒子が物慣れた笑顔で礼を述べると、男は柴犬に引っ張られるようにして、逃げるようにその場を去っていった。男の挙動不審ぶりは気になったが、他に頼るべき情報もないので、一行はそのまま説明にそって道を歩いた。


 やがて道の向こうに、確かに寺院の門らしきものが見えてきた。ほっと安堵の息を吐こうとした和木は、一転、建物を見た瞬間に息をのんだ。


 地面には雑草がはびこり、建物は山門も、奥に見える本堂も、朽ちる寸前のような無惨な姿をさらけ出している。正に「荒れ寺」という表現がぴったりくるしろものだ。


「建て替えられたようであるな」友五郎が言った。「この時代から数十年は昔の世に」


「とりあえず、入ってみましょう? 友五郎さん」菫が言った。山門に書かれた「感能寺」という文字を指さし、友五郎が頷く。


「うむ。そうだな。何があったのかはわからぬが、ここが感能寺であることだけは間違いがなさそうであるからな。良いか? 和木どの」


「ああ、もちろんだ」


 一行は歩き出した。十メートルほどの参道を歩くと、そこはもう玄関口だった。最近になってその部分だけ補修をしたのか、しっかりしたアルミ製のフレームで造られていた。

 呼び鈴を押すと、まもなく中年の婦人が姿をあらわした。別に幽霊が出て来ると思っていたわけではないが、荒れ寺に似合わない明るい笑顔と風貌のその婦人の姿に、和木は安堵した。


 女性はどうやら、住職夫人らしかった。


「あら、ようこそいらっしゃいませ。あいにくと住職はちょうど今、出てしまっているところですが、じきに戻ると思いますので、それまで中に入ってお待ちください。こんな荒れ寺ですが」そう言って小首を傾げ、夫人は微笑った。


 一体いくつなのだろうか。四十よりは上をいっていると思うのだが、年齢不詳の美しさがある。寺は荒れているが、なかなかに幸せな住職のようだ、などと和木は思いつつ、皆とともに居間に通され、振舞われるまま薄めの茶をすすった。


 眺め回すと、屋内の様子も外観同様、雨漏りでもしそうなほどに古びていた。


 ふと思い出して和木は時計を見る。約束の十時よりもまだ十五分は早い時刻だった。横から覗きこんだ志徒子が言う。


「ほら見なさい。結局早い時間に着いちゃったじゃないの」


 別にいいじゃないか。十五分くらい――と和木が言い返そうとしたとき、部屋の入口で声がした。


「あの、住職の円通えんつうと申しますが」


 皆がいっせいに顔を上げ、そしていっせいに驚いた。


 さっきのジャージ姿の中年男が、作務衣に着替えて立っていた。男は額に汗をかき、おどおどとした口調で言った。


「み、皆さん、今日は遠いところをようこそ、おいでくださいました」

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