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16.追跡

 友五郎が弾正らしき男の姿を発見したのは、新宿中央公園こどもの広場のさまざまな遊具について、菫から説明を受けていたときだった。


「つまり友五郎さんの時代と違って、この未来世界では地面のほとんどが固い石によって覆われているんです。ですからおさな子たちに、大人が自ら遊び場を造って与えてあげる必要が出てしまうのですね。この『砂場』はそういったものの一つです」


 菫の説明はわかりやすく、聞いていて楽しかった。そして話すたびにほのかに、心安らぐような甘い香りがした。


 思わず陶然としそうになる自らを、友五郎は慌てて戒める。


 いかぬ。ここに来たのは、あの志徒子という女人とともに、己がこの異界にやってきた仕組みを突止めるためではないか。


 そんなふうに思いつつ、「砂場」のそのまた向こうにある、公園の外の道へと何気なく視線を移したときだった。友五郎の目に、一人の男の姿が飛び込んできた。


 瞬間、友五郎の耳から菫の言葉が消え去り、かわって全身を電流のようなおののきが駆け抜けた。


 ――弾正!


 友五郎の脳裏に名が浮かび上がった。


「待てぇい!」


 肚を震わせ、持てる限りの大声でもって、友五郎は叫んでいた。


 間違いない。総髪にした緋のような赤毛、六尺余もある身の丈。何よりも、その凶悪な振舞いに似つかわしくない女のような白面――。身には友五郎のものと似たような未来人風の上下をまとってはいるが、友五郎の眼には間違えようもない。忘れもしない宿敵、服部弾正景直だった。


「弾正!」


 奴の歩みを止めるべく、友五郎は再度声を張り上げる。


「おのれ、弾正! 待てい!」


 だが奴は歩を止めようとしなかった。いましも「公園」の向こうにある道を行き過ぎんとしている。


 ――逃がしてなるものか!


 身に太刀をさげていないことも忘れ、友五郎は奔り出す。猛然と公園を飛び出した友五郎は、一拍の間立ち止まり、奴の影を捜す。


 姿はすぐに眼に入った。目の前の道を南に向かい、悠然とした足取りでいましも歩き去ろうとしているところだった。


 友五郎は弾かれたようにその場から駆け出した。だが思うように距離は縮まらない。慣れぬ装束、あの未来世界の猿股が、友五郎の脚の運びを邪魔していた。


 それでも懸命に後を追う友五郎を嘲笑うかのように、奴はゆっくりと歩を進め、やがて道の先を左へと折れていく。


 友五郎は懸命に走り、同じ道へと飛び出した。そこで思わず目をみはった。


 その道、つまり甲州街道には轟々と音を立て大量の車が行き交い、歩道には色とりどりの服で着飾った異形の者たちが行き交っていたのだ。


 あっという間に友五郎は人混みと、車たちが発する悪臭に酔った。だがそれでも、吐き気をこらえつつ、前へと進もうとした。相変わらずの足運びの不自由さに苛立ちつつ、奴に向かって、脇目も振らず向かっていった。


 相手との距離がようやく半町、現在の約五十メートルほどにまで縮まったところで、友五郎は立ち止まり、肚を震わせ一際大きな声で叫んだ。


「――弾正!」


 ざわ、と未来人たちがどよめき、一斉に友五郎を見た。


 声がようやく届いたか、奴も足を止め、ゆっくりとこちらを振り向く。憎きその白面に向かって、友五郎は名乗りを上げた。


「再び遇ったか弾正。いかなる術を弄してうぬがこの世界へとやって来たかは知らぬが、ここでまみえたが最後、二度の遅れはとらぬ。父の仇として命頂戴つかまつる!」


 ひと息に抜刀しようとした友五郎は一つ、致命的な事実に思い至る。


 あるべきはずの太刀がそこになかった。腰に当てた掌が、むなしく空を掴んでいる。


 友五郎は思い出す。そうだ。太刀はあるはずはない。高丘家の部屋に置いてきたのだ。


 ええい、ままよ! 友五郎は心の中で叫ぶ。


 元々一度は死にかけた身、太刀がなければこの素手でもって奴を組み敷き、急所を打って仕留めるまでよ。


「いざ、神妙に!」


 持てる限りの敏捷さでもって、友五郎は間合いを詰めると、飛びかかり、馬乗りになった。だが次の瞬間、友五郎は己が眼を疑った。


 下にいたのは、弾正ではなかった。顔全体に女か芝居役者のように白粉を塗りたくり、牛のように鼻に金輪をつけた、弾正とは似ても似つかぬ男が、がたがたと全身を震わせ、歯を鳴らし、怯えきった眼で友五郎のことを見上げていた。


 男は眼を一杯に見開き、泣き声で友五郎に言った。


「な、な、何だよお前! けけけ、警察呼ぶぞ!」


 友五郎の身体から、全ての気が抜けていった。


 * * *


 和木が寺田の姿を見つけたのは、甲州街道が東通りと交わる地点だった。


 日曜で比較的人の多い交差点に向かい、寺田は大声で何事か叫んでいた。


 道を行く他の人々同様、その気迫に呑まれ、和木も寺田の背後で思わず立ち止まる。


「再び遇ったか弾正!」と、周囲の空気をびりびりと震わせながら、名乗りらしい言葉を述べ終えると、寺田は両手を左の腰に当て、まさぐるような動きをした。


 一瞬訝しく思った後に、和木は直感する。


 もしかしてこいつ、刀を掴もうとしているんじゃ――。


 予想は的中したらしい。寺田はその場で数秒、焦ったようなそぶりを見せた。が、すぐにまた周囲を圧するほどの物凄まじい気迫を取り戻すと、一声、「いざ、神妙に!」と叫び、陸上短距離選手もかくやという勢いで、交差点の人混みの中の一人、赤い髪をした男へと飛びかかっていった。


「あ、あの馬鹿、まさか本気でここで仇討ちをやるつもりかよ!」


 和木の予感は的中した。寺田は男にしがみつくと押し倒し、その場で馬乗りになった。


「やばい!」


 和木はすぐさま全力で駆け寄り、寺田を取り押さえようとする。


 だが意外なことに、さっきまで荒々しい気に満ちていた寺田の身体からは、すっかりと力が消え失せていた。


 そこにはうって変わって、木偶のように間の抜けた表情で、組み敷いた男を見つめる寺田の表情があった。寺田はつぶやいていた。


「違う。この男ではない。弾正は――」


 寺田の背後から男の顔を見た和木は、あっという声をあげた。大に呼ばれるライブでたびたび見る男、大たちの対バンのビジュアル系バンドのギタリストの男が、小動物のように全身をがたがたと震わせていた。


 周囲がにわかに騒がしくなるなか、寺田はゆっくりと、和木に向かって顔を上げた。


 混乱しきって、まるで子供のように助けを求めるような眼差しで和木を見つめている。


 視線の合った和木は思わず躊躇する。


 俺は何をしているんだ? このままこいつをここに置いていけばいいだけじゃないか。そうすればじきに警察がやって来て、ずっと厄介者だったこいつを、頭のいかれた暴行未遂犯として、無理矢理に連れていってくれるだろう。なのに――。


 そのとき、和木は腕を強く掴まれ、我に返った。


 寺田が団栗眼を精一杯に見開き、震える唇で和木に向かって喋っていた。


「か、和木どの、これは一体――」


 ええい、畜生! 和木はがっしと寺田の手を握り返すと、真っ直ぐに眼を見つめ言った。


「おい、この侍野郎。逃げるぞ、ついて来い!こんなところで腰抜かしてるとすぐに同心だか岡っ引きだかが捕まえにやって来るからな!」


 相変わらずのびたままのギタリストに「すいません、人違いでした!」と慌ただしく告げると、「ほら立て、走るぞ!」と言って寺田の腕を強く引いた。


 放心していた寺田も、事態の緊急性をようやく理解したのか、素直に立ち上がり、和木に言われるまま、今走ってきた道、甲州街道を逆方向へ駆け出した。


 寺田とともに駆けながら、忌々しく和木はつぶやく。


「全く。何やってんだ、俺はよ」


「和木どの」


「ああ?何だよ」振り返りもせず和木は言う。


「――かたじけない」背後から、弱々しい声が聞こえてきた。

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