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14.逢魔

 靖子は夕暮れの庭に出た。最近とみに建付けの悪さを感じるようになった家の雨戸を閉めて回るためだ。


 どういう仕組みからかしらないが、雨戸は部屋の内からではなく、外側から動かすことによって楽に閉めることができた。施錠はその後、家の内に回ってからすればよかった。このやり方はまだ夫にも息子にも言っていない、ささやかな彼女の発見だった。


 縁側、リビング、そして勝手側と、一階に三面ある窓の雨戸をそれぞれ閉めていく。橙色に染まった手の甲に気づき、靖子は手を止め、西の空へと眼をやった。そこには一面の夕焼けが広がっていた。


 以前、ちょうど更年期を迎え、今よりも夫や息子とのもめ事が多かった頃には、日暮れ時は、一日で最も情緒が不安定になる、靖子にとって忌わしいひとときだった。だがここ数年、苦しかった更年期を乗り越えてからは、空が夕焼けに満ちる頃は、日頃のさまざまな憂いを忘れることができる、一日で最も心くつろぐひとときになっていた。


 中々煙草を止めようとしない夫。口数少なく、家でも携帯ばかりいじっている息子。この家の三軒向こうに新しいマンションが建設中で、ただでさえ陽当たりの悪いこの家が、これから更に陽当たり悪くなりそうなこと。そんなさまざまな靖子の日常の憂いを、この紅から紫へと続く空のグラデーションは、ほんのひととき洗い流してくれた。


 やがて日が沈み、薄闇が辺りを包み込む頃、靖子は勝手側の雨戸を閉め、家の全ての雨戸を引き終えた。心に残った多幸感とともに、家の中へと戻るべく、庭を横切り歩き始めた、そのときだった。門の方で、ゆっくりとスチール製の格子扉が開く音がした。


 靖子は振り向き、門を見た。


 夫でも息子でもない、見知らぬ男の影が、街灯に照らされてそこに佇んでいた。


 誰だろう。ご近所さんかしら。それとも新聞勧誘員かしら。


 どちら様、と訊こうとしたそのときだった。瞬時に男が靖子の元へと走り寄った。


 次の瞬間、叫び声をあげる間もなく、男が手に持った白木の杖によって、靖子の頭蓋は頭頂部から大きく陥没させられていた。


 * * *


 街灯に背を照らされつつ、男は目の前に転がった中年女の体を無感動に観察していた。


 男にとって女がすでに事切れていることは、確かめる必要もない当然のことがらだった。


 男の関心は血。女の頭からほとばしったであろう血飛沫だった。男は仰向けに倒れている女の襟首を掴んで上体を引き起し、下に敷かれた玉砂利の様子をあらためた。


 玉砂利に目立った染みはなかった。どうやら狙い通り血ほとんど飛散しなかったようだ。


 男は自らの手際の正確さに納得したように口元に笑みを浮かべると、女の襟首を掴んだまま、玄関まで引きずっていき、ドアノブを回して戸を開けた。


 男は女の屍体とともに、無人の邸内へと姿を消した。

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