8 悪徳大臣ビス編
目の前に立ついつもの冒険者が不快な笑みをこぼしながら退室の挨拶を述べる。
「それじゃあ大臣さん、この件よろしく」
「さすがです、ワシでは思いもつかなかったアイデアじゃ。任されましたぞ」
そう返答しておくと、奴は手を振りながら執務室を後にした。
奴の姿が見えなくなってから背をソファに預けると、深いため息が漏れてしまった。
そろそろ、頃合いか。
あの冒険者も調子に乗ってきたようで面倒になってきた。ワシにとってのまずい情報も、そうとは知らずに握っている。
有能ではあったがそろそろ破棄しよう。
ハンドサインで常に周囲にいる暗部へ指示を出しておく。
冒険者はいつ死んでもおかしくない稼業だ。だからいつ死んでもおかしくない。
殺すまではしないにせよ、適当に脅しをかけて表舞台から消え去ってもらっても、誰も気にしない。暗部に取り込むないし辺境まで飛ばしたらよい。
冒険者。
使い方ひとつで便利な道具にも不快な重荷にもなる、使い捨ての道具。
ワシはこいつらを上手く扱っていると自負している。
あいつらの思考は単純でわかりやすい。
知能の足りない粗暴な言葉遣いに対しては「そんなに親しく接してくれる人は久しぶりじゃ」と返しておけば調子に乗るし、新しいアイデアなどを持ち込んだ際は「さすが冒険者様、この新しいアイデアは世界を変えますな」と言っておけば喜んでペラペラ喋る。
国からの重要な依頼だからこの繋がりは他言無用にお願いします、とでも伝えておけば、奴らは甘い汁を独占したいがため「目立ちたくないから丁度いい」などと言い訳して喜んで従う。
権力側に就いたとでも錯覚しているのだろう。
全く、冒険者は便利な道具だ。
各国の武力抑制にと世界全体で制度が始まった時は焦ったが、なに、新しい泳ぎ方さえ覚えてしまえば何てことはない。
あぁ、疲れた。
しかしこれで準備が整った。
目頭を押さえ、机の上に並べられた沢山の食材や毒草に目を向ける。
いよいよ私の計画を実行に移す時が来たのだ。
我が国の第三王子を殺すという計画が。
◇◆◇
この国は王政で成り立つ、よくある世襲国家だ。
現在の王はまだご健在で衰える気配もないが、後継者問題は既に水面下で始まっている。
現在の後継者候補は3名。
第一子のジューク王子、第二子のルドクス王子、第三子のファマティ王子。
四人目のセレフィ王女は除外していいだろう。
まず第一子のジューク王子は冷徹な知能タイプだ。
実のところ多くの大臣が支持しているのはジューク王子。
それは彼が有能で、かつ周囲の意見に対して柔軟なところに起因する。確かに、現体制からの継続した繁栄を望むのであれば妥当な判断だろう。
第二子ルドクスは典型的な脳筋タイプだ。現在、騎士団の団長を務めている。
ワシが後押ししているのがこのルドクスだ。
彼はわかりやすく言えば頭が弱いため、しばしば短絡的な行動をとってしまう事もあるが、勇ましい性格のため部下からの人望は厚く、また見目麗しい姿は多くの女性国民から支持を集めている。
彼に策略などを考える能力はないが、裏を返せばワシの毒が最大限活きる傀儡に出来るということだ。
そして問題の第三子、ファマティ王子。
こいつは見た目は太っていて特に秀でた能力も何もないくせに、人徳だけで人気を集める人たらしタイプだ。
これが地味に厄介なのである。
公務で孤児院に行けば子供からシスターまでもがこいつのファンになるし、病院に行けばヨボヨボのジジババまでもが妙に元気になる。
もはや身動きひとつとって欲しくもないが、さらに厄介なことに、近頃は城を抜け出して遊んでもいるようだ。
こいつ自身は継承権に興味もないと早々に宣言しているが、こいつの意志と国民の支持を集めるかどうかは別の問題だ。
後継者問題が表面化する前の段階で摘み取るべき。城を抜け出し庶民と触れ合うようになった今、一刻も早く。
第一子ジューク王子に対しては他の大臣の目もあるため正攻法と外堀から攻める手段での打倒を目指すとして、先ずはファマティ王子を殺しておく。そういう算段だ。
押さえていた目頭から手を離すと、積み上げられた資料の中から冒険者に関する書類を抜き出す。
書類にはアホ面した男女の情報が記されている。
指名依頼専門で活動しているとかいう頭のおかしい奴らの情報だ。使い捨てるのにこんな最適な人材が他にあるだろうかと、感動さえ覚える。
通常冒険者を雇うのであれば、何かしら小さな依頼を出して接触した後に直接契約を結び、時間を掛けて取り込むのだが、最初はギルドを介しての接触になるため足跡が残るうえ時間もかかる。
今回のように完全に関係を消したい場合はそれが厄介だ。その点こいつらは最初からギルドを通す必要がなく、時間もかからない。
全てが終われば関係者はみな殺すつもりだ。
仮に事件後に世の中に波風が立ったとしても、こいつらの職業は冒険者なのだから責任を冒険者ギルド側に押し付けてしまえば何の問題もない。
死人に口なし。犯行動機など適当にでっち上げて冒険者ギルドを糾弾したらいい。
輝かしい未来を夢想し、書類を机に投げ捨てるとワシは着替えを始めた。
◇◆◇
「やぁやぁどうも、依頼を持ってきて頂けるなんて光栄です。ささ、どうぞこちらに」
例の指名依頼専門の冒険者を訪ねると、アホ面した男の方が出迎えてくれた。
「ろくなおもてなしも出来ず申し訳ありません。さささ、これは羽毛布団です。こんなものしか用意できませんがささささ、熱いお茶と一緒にどうぞ」
男はどこから持ってきたのか、羽毛布団を用意してくる。……なぜ羽毛布団? 最低限の敬語は使えるようだがこいつの頭は大丈夫なのか。
お茶として差し出されたものは完全に透明、もはやただのお湯だ。
羽毛布団にくるまりながら白湯を飲む。病人か?
「さささささ、これは追加の羽毛布団です。それにしてもマイナーな私達を依頼先に選んで頂いて有難うございます」
さらに追加の羽毛布団。なぜかワシは汗だくだ。サウナか?
「あ、あぁ、ありがとう。それにしてもワシは幸運ですな。街で噂を聞いて、自由に依頼を頼める冒険者の貴方達と出会えるなんて」
「そうでしょうそうでしょう、これが私達の強みなので」
適当に褒めてやるとアホ面の男は素直に笑った。やはり冒険者の中でもとびきりのアホだ。
しかし、それは依頼するうえでの障害にはならない。なにせ。
「ワシは貴方達に、当家の令息に出す食事の毒味役をお願いしたいのですじゃ。今まで毒味役をお願いしていた者が急に帰郷する事になってしまい困っておったのじゃ。なに、次の使用人が来るまでの繋ぎの役割なので、依頼日の昼食だけに参加してくれたらよい。当家の令息と一緒に無料で食事が食べられる仕事、と思って欲しいのじゃ」
というだけの依頼なのだから。
要はファマティ王子が毒殺される現場に、普段はいない冒険者が居合わせたらいい。そこで全員死ぬ。それでおしまい。
「あぁ、貴方は貴族に仕える執事さんだったのですか。通りで背筋の伸びた佇まいをしてらっしゃる」
先程と変わらぬ態度で男は返事をしてくる。
ワシが何者か気にするだけの知能はあったらしい。
服を使用人らしく着替えて来たのも効果はあったようだ。
「ありがとうございます。そんなわけで、ぜひお願いしたいのじゃが如何ですかな?」
「わかりました、私達で引き受けましょう」
アホ面の男は笑顔のまま快諾した。