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村が燃え盛り、火の粉が空を舞う。
村が燃えている。
ユウさんの背中から降ろされた私は、足に力が入らずそのまま座り込んだ。
間に合わなかった……?
「さて、それにしてもナナリーの村は有能らしいな。見てみろよ、よく守っている」
ユウさんにそう言われ、私は慌てて目を凝らした。
村が燃えているのは間違いない。
だが、それは村を囲う大きな防護柵、あるいはその付近の家だけであった。
村を取り囲む大量の魔物達はその大きな炎に阻まれ、攻めあぐねていた。
村は自ら柵に火を放つことで侵攻を防いでいたのだ。
「最後の時間稼ぎだろうけど、それでも生きる希望を捨てなかったナナリーの村は凄いよ」
ユウさんは私の猿ぐつわを外しながら優しく話した。
ルージュさんは丘の上に立ち、無表情で村を見降ろしている。
「さて、それでは私に仇なす輩を蹂躙してやろうか」
彼女は淡々と言い放った。
ルージュさんほどの美少女が、表情ひとつ変えずに冷たい視線を魔物に向ける。
その美しさに、私は背筋が凍るかと思った。
もう夜となり、辺りは月明かりに照らされている。その中に立つルージュさんは一枚の絵画のように美しかった。
だがそんな事よりも何故だろう、ただただ素直に、私は彼女の敵でなくて良かった。そんな見当違いなことを考えてしまった。
とはいえ、そうだ。
まだ何も解決していない。村を守らなくては。
村のみんなが中心部に集まって身を寄せあっているのが見えた。
今はみんな無事のようだが柵の炎もいつまで保つかもわからない。柵の一部は崩れかけて、限界になっている所もある。
オークキング率いる魔物達はいったい何体いるのだろう、ざっと千を超えているように思う。
私はそれを見て身震いしてしまった。話には聞いていたが、これほどまでの大群に私の村が狙われていただなんて。
普通に考えて、これはもう、無理だ。絶望的だ。
なのに、なぜかユウさんとルージュさんは淡々としている。
「じゃあルージュは細かい奴らを何とかしてくれ、俺はオークロードを探して相手にするから。ナナリーは、ここで待っていてくれないかな」
そうユウさんに言われた時、私は反射的に言葉を発していた。
「――嫌です」
言葉を発してから、私がこんなにもハッキリと自分の意見を言ったことに驚いた。
こんなの無理だってわかってる。私には何も出来ないって事だって本当はわかってる。だけどそれでも、確固たる意志をもって。
「嫌です。ここまで来て何もしないなんて、もう嫌なんです」
怖い、死にたくない。今でも少し体が震えている。
だけどユウさん、ルージュさんに助けられてここまできて、泣いてばかりは嫌なんだ。
せっかく手にした自分の村を救うチャンス、私にだって出来る事はきっとある。
ユウさん、ルージュさんに任せて自分の村が襲われているのを大人しく眺めている? そんなの無理だ。自分の村、家族なんだ。せずにはいられない。たとえ村のみんなと運命を共にすることになっても。
ユウさんを半ば睨むように視線を向けると、彼は優しく微笑んだ。
「――わかった。じゃあ、村のみんなの所までは送り届けるから、みんなを守ってもらえるかな」
「はい!」
村のみんなは命を賭けている。
だから私も、みんなと一緒に戦うよ。
「ルージュの魔法を合図に突撃する。ルージュ、よろしく」
「任せるがいい」
そう答えるとルージュさんは指先に飴玉ほどの小さな魔力の塊を発生させた。
「――ユウ、お前と殺し合いをした後、私は考えたのだ。あの時は見た目の問題で攻撃なら火球だと思っていた。だが、同じ魔力を使うならもっと効果的な魅せ方があるのではないかとな。ではいくぞ」
彼女はその小さな魔力の塊を、無造作に魔物に向けて放った。
その塊は大きく放物線を描きながら、数百といる魔物の群れに飛び込んでいき……
世界を光で埋め尽くした。
一瞬遅れて体を激しく揺さぶる衝撃波と音。
「わぁっ!」
吹き荒れる爆風に飛ばされないよう身を屈める。なにこれ、魔法ってこんな威力が出るものなの?
世界を埋め尽くした光の後に遅れて見えてきたものは、すっかり昼のように青空を取り戻した世界と、真っ赤に膨れ上がる爆炎だった。
爆心地のゴブリンが、オークが、消滅していた。
「――こんな感じで爆散した方が、派手だとは思わない?」
ルージュさんは爆炎を背に不敵な笑みを浮かべた。
「ふはっ!」
思わず笑みが溢れてしまった。なんだこの出鱈目具合は。
こんなもの、見たことも聞いたこともない。
「よーし、突撃だ! ナナリーいくぞ!」
ユウさんの号令で私達は走り出した。
出鱈目だ。
たった3人でオークロード討伐だなんて。
しかも、そのうちの1人は私だ。意味がわからない。
だけれど、もしかして、彼らと一緒なら。
もう走り出した私達の足は止まらない。
そのまま丘を駆け降りた。
◇◆◇
真っ直ぐ駆ける私達の側で、連続して爆発が巻き起こる。
威力を調整したルージュさんの連続爆発魔法だ。
オークが、ゴブリンが、空を舞う。
魔物って空を舞うものだったっけ?
それでも道は開かれる。
その道を私達は駆けた。
爆音と巻き上げられた土が降り注ぐなかで、いよいよ燃え盛る柵が近付いてきた。
ユウさんはいつのまにか手していた剣を横に振るうと、柵の一部は音もなく崩れ去った。
「飛び込めナナリー! 守りは任せたぞ!」
「任されました!」
私は背の低くなった炎に飛び込んでその先に転がり落ちた。
少し焼かれて熱かったけれど、それが何だ。
私はすぐさま体勢を立て直すとみんなの所まで駆けた。
「みんな!」
村の中心で身を寄せ合っていたみんなの表情は、憔悴しきっていた。
当たり前だ、どれだけ心細かっただろう。
「ナナリー無事だったのか! でもどうやって、何でこんな時に戻ってきたんだ!」
「お父さん!」
こちらに気付いたお父さんの胸に、私は思わず飛び込んでしまった。
無事で本当によかった。
「こんな時に、わざわざ死にに戻ってくるなんて……! さっきも大爆発で昼のようになって、さらに沢山の爆発も起きてて、もう終わりだってのに!」
あぁ、ごめん!
それに関しては私が連れて来た人達が原因だ!
「まだ終わりじゃないよ! 生きるんだ!」
最後まで諦めてやるもんか。
何も出来ない悔しさに比べたら、足掻くことが出来る、それだけでどれほど救われることか!
「そうは言ってももうじき柵も破られる、どうするつもりなんだ……」
「私ね、冒険者さん達を連れて来たんだよ。だから私達はただ彼らを信じて最後まで必死に足掻けばいいんだ」
彼らを信じる。
まだ会って間もない彼らだけど、きっと何とかしてくれる。そう信じるしかない。信じられる。だから私も諦めない。
「1発でもいいから魔法が使える人は、みんなを守ってください! 誰も死なせたりしないで!」
地鳴りがして、何処かの柵が倒れたのがわかった。
いよいよ奴らが村の中に攻めてくる。
だけれど、諦めてやるもんか。
「最後まで足掻くんだ!」
私はみんなを守るように立った。
視界の奥から、魔物の塊がなだれ込んで来るのが見えた。
あんなのに囲まれたらひとたまりもない、近づけさせるわけにはいかない。
「命の炎、形をもちて、我が敵を討て! ファイヤーボール!」
真っ直ぐ飛んだ火球がゴブリンに命中する。
先頭のゴブリンは思わぬ反撃に怯んだようで、前進する足が止まった。
「ファイヤーボール!」
誰かの放った火球がそこを追撃した。ゴブリン達は私達の反撃に動揺している。
みんなで頑張れば、このまま侵攻を押し留めることが出来るかもしれない。
そう思った矢先だった。
魔物の群れが、うごめいた。
いや、あれは『群れ』なんかじゃない。『塊』だった。
私は勘違いをしていた。
先頭集団のゴブリンの奥、そこには無数のゴブリンやオークがいるものだと思っていた。
だが『それ』は1個の大きな個体だった。
燃え盛る炎によって影となっていたものが、ゆっくりと姿を現わす。
それは、巨大なオークキングだった。
丘から見た時も、今までも、奴の存在には気付かなかった。
それはオークキングがあまりの巨体のため立ち上がっていなかったからだとわかった。
あまりの巨体、零れ落ちそうなほどの贅肉。
なるほどあの体では立って移動するのが辛そうだ。
なんて感心している場合ではなく現実問題、いちばんの厄介な敵が私達の前に現れてしまった。
「オークキングだ! もう終わりだぁ!」
誰かが叫んだ。
「このまま殺されてしまうんだ……」
「希望なんてなかったのか」
オークキングを目の当たりにしたみんなに、恐怖が伝播していく。
せっかく怖いのを我慢して体制を整えたのに、いとも簡単にそれが崩れさっていく。
オークキングは手にした巨大な剣を引きずり、ゴブリンを蹴飛ばしながら歩いてきた。
見ただけで直感する、あれはだめだ、動きを止めることは無理だ、ましてや攻撃を防ぐことなんて絶対に無理だ。
確実に、私達の終わりは目の前に迫っていた。
……だけれど私は頼まれたんだ、守りは任せると。
だから、意地でも守るのが私の役割。
だから、怖くても逃げない。
「たゆたう炎の精霊よ、数多の炎の輝きよ――」
こうなったら、私の打てる最大の魔法で対処するしかない。
きっとそれでも奴は止まらない。だとしても。
詠唱する。
魔力を収束させる。
私の持てる魔力全てを、ここで解き放つんだ。
全部、全部だ。一滴残らず。
「荒れ狂い我が敵を灰燼と帰せ――」
私にはルージュさんのような爆発魔法は使えない。それでも魔力をひとつ残らず絞り出して収束させていく。
視界が霞む、脂汗がひどい、内臓がめくれるようだ。魔力枯渇の典型的な症状。
だから、何だ。
全てをこれに賭ける。
「ファイヤーストーム!!」
私の全魔力を賭した火炎がオークキングを包み、火柱を上げた。
その火柱は上空まで立ち昇り夜空を少し照らした。
だけど、それだけ。
それだけだった。
炎が収まった後、そこにはオークキングが平然と立っていた。
僅かばかりのダメージは与えられたようで体表は少し焦げているが、その程度だ。
「やっぱこんなもんかぁ……」
意識が朦朧とするなか、ぽつりと感想が溢れた。
わかっていた。私の魔法では倒せないことくらい。
私はもう立っているのもやっとだというのに、オークキングは止まらない。
「ヴォオォォォォォォ!!」
怒ったオークキングが雄叫びを上げながら走ってきた。
このままいけば私はあっさり殺されてしまうだろう。
でもね、私は信じてたんだ。
「おい、今のでかい火柱はなんだ――って、でけぇぇぇぇぇ! オークキングいたぁぁぁぁぁ!」
あの出鱈目な冒険者さんならきっと来てくれるって。