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とはいえ。
私は2人の冒険者と契約を結ぶことが出来た、とはいえ。
あの時は、このまま手ぶらでは帰れないと必死になってしまったが、もしかしたら私はこの2人を死地に誘ってしまったのかもしれない。
馬車に揺られながら今になって迷いがぐるぐる巡ってきた。
「とりっぱとりとり、とりぱっぱー」
美少女の呑気な歌が馬車に響き渡る。
私達はあれからすぐに乗合の巡回馬車に乗り、早速村に向かっていた。
よくわからないが善は急げということらしい。
腹へった! とか、とりっぱ! とか叫んでいただけな気がするけれど。
「そういえばナナリーさん、俺達の事はギルドか何処かで聞いたのですか?」
青年が話しかけてきた。きっと馬車の中でやる事がなくて退屈なんだろう。
「はい、ギルドから指名依頼を受け付けてくれる冒険者ということで紹介してもらいました」
「なるほど、じゃあ冒険者ギルドでは手に負えない依頼ってことで俺達に丸投げされたわけなんでしょ」
青年は笑って話す。
「あの、まぁ、はい」
素直に認めていいものなのか、どうか。
「いつもの事なので気にすることないですよ。俺達は指名依頼専門でやっているから、ギルドはすぐに何でも押し付けようとするんです。オークキングを撃退できる冒険者なんて王都といえどもそういないですし、きっとギルドは苦肉の策で俺達を紹介したんでしょう」
そうなのだ。
私からの依頼は、そもそも危険度の高い依頼なのだ。絶望的なほどに。
「無茶な依頼を持ち込んでしまってごめんなさい」
「あぁ、気にしないでください。依頼を受けたかったら受けるし、断りたかったら断る。俺達はそれだけなので」
爽やかに返された。まぁ、その通りなんだけれど。
なんだか危険な依頼をした後ろめたさも一緒に笑って許して貰えた気がしてホッとした。
「でもなんで貴方達は指名依頼専門で冒険者をやっているんですか? いろんな依頼がギルドにはあるのに」
「単純に、誰かにいいように使われる事が嫌だっただけですよ。依頼内容より依頼者を選びたいというか」
青年は困ったように微笑んだ。
彼の反応はどこか、言いたいことを言えず我慢しているように見えた。
「……で、本心はどうなんですか?」
「あそこのルージュが気に入る依頼しか受けたくないって言うからさぁ。くそ面倒くせぇ」
思わず私は吹き出してしまった。
本当に、なんなんだろうこの人達は。
「あぁ、自己紹介がまだだったな。俺がユウで、あいつがルージュだ」
「改めましてナナリーです、よろしくお願いします」
私達は握手を交わした。
ルージュさんは名前を呼ばれたのかとこちらを見たが、何もないとわかるとまた歌を再開させた。
◇◆◇
巡回馬車が王都から隣街まで来た所で今日は陽も傾いてきた。
巡回馬車も今晩はこの街に停泊するとのこと。
私達も今晩はここで宿をとることにした。
村までの残り距離は馬車であと半日ほどだ。
しかし街の広場を通りがかった時、私は思わぬ光景を目にした。
肩に大怪我を負った同じ村のベルンおじさんがそこに座り込んで応急処置を受けていたのだ。
おじさんは村に残っていた人だ。こんな所にいるはずがない。
「おじさん! どうしたんですか!?」
「ナナリー! 無事だったのか。すまない、お前に謝らなければならないことがあるんだ。どうやらお前に頼んだ依頼は間に合わなかったようなんだ」
おじさんは肩の傷を庇いながら表情を歪ませた。
何だ。どういうことだ。
「今日村に大量のゴブリンがやってきて、村を包囲してしまったんだ。きっと昼間のうちに包囲しておいて、今晩いよいよオークキングと共に攻め込んでくる」
そんな、今晩といったら、もうすぐだ。
確かに夜の方が魔物は凶暴になるけれど、今まではゴブリンの単発的な襲撃だけだった。
本格的な襲撃がいつか来ることは予想していたけれど、なんでそれがよりによって今晩なんだ。
なんで、そんな、それでは、明日私が村に戻る頃にはどうなっているというのか。
「たまたま農作業で村を離れていたワシは、それに気づいてダメ元で騎士団の助けを求めるためにこの街へ急いだんだが、途中で別の魔物に襲われてこのザマだ」
ベルンおじさんの姿はボロボロだった。
こんな怪我を負って、それでもここまで必死に来たというのか。
「魔物の攻撃は既に始まっているかもしれない。今から村に向かっても間に合わないだろう。お前はもう村に戻らなくていい、お前だけでも無事でいてくれ」
「そんなこと、出来ないよ!」
出来るはずがない。村にはお父さん、お母さん、それにみんながいるんだ。そんなの認められない。
「私ね、ちゃんと冒険者さんを雇ってきたんだよ! 村を守れるんだよ!」
「……今から向かってももう手遅れなんだ! 村はもうダメだ。この街に駐在している騎士団を連れての弔い合戦にお前まで付き合わせるつもりもない。騎士団だってこの街の騎士団の規模じゃオークキングに負けてしまうかもしれない。だからお前は、これからの自分の幸せだけを考えて生きていってくれ」
ベルンおじさんだって悔しいんだろう。握り締めた手から血が流れている。
「そんな……できないよ……」
ここまで来て、やっとあと少しで守れる所まで来たのに、間に合わないというのか。諦めろというのか。
今からみんなが死んじゃうとわかっていて、何も出来ないというのか。
馬車で駆けつけるのは――陽が落ちても貸し出してくれる馬車なんて何処にもいない。
早馬は――馬を失う前提の料金を払えるだけのお金なんてない。
どうしたら、どうしたら、どうしたら。
焦りばかりが先立ち思考がまとまらない、いい案が浮かばない。
ユウさんとルージュさんの方を見ると、なにやら小声で会話していた。
きっと契約の取消しだ。
滅びた村のために出来る事なんてない。
涙が溢れてきた。
ここまで来て、どうする事も出来ないなんて。
お父さん、お母さんが今から殺されてしまうとわかっていて、何も出来ないなんて。
私はやっぱり無力なのか。
みんなが死んでしまうとわかっていて、私も騎士団も冒険者さんも、結局は理不尽な暴力には抗えないというのか。
止まれ、止まれ涙。まだ諦めたくないんだ。
でも、私にはどうしたらいいのかわからないんだ。
止まってよ、涙。お願いだよ。
そこで突如、ルージュさんが大声をあげた。
「私達には馬車代を払ったせいで、ここの宿代を払う金もない!」
「お腹も空いたしこのまま急いで村に向かいましょう」
「村が滅ぼされたら、私のとりっぱが無くなる!」
「引き受けた依頼は何としても完遂しなくてはなりません」
「私からとりっぱを奪おうとする奴らに、鉄槌を!」
「ぶち殺せ!」
もう思考がぐちゃぐちゃだ。
彼らは何を言っているんだろう。もう、間に合わないのに。
ユウさんがそっと近付いて来た。
「まだ諦めるには早いぞナナリー。ほら、村を守るんだろ」
「そんな、でもどうやっ――モガーッ!」
いきなり猿ぐつわを嵌められた。
さるぐつわ?
「モガモガ!」
「どうやってって、普通に走っていけばいいだろ? 舌を噛んだりして危ないから、少しだけ我慢してくれ」
ふわり、と私はユウさんに背負われた。
「じゃあいくぞ。しっかり掴まってろ」
ユウさんがそう言うと、世界が一変した。
景色が見えなくなった。
いや、見えてはいるがあまりの速さに何も認識が出来ない。
風を切る音もうるさい。一体どんな速さで走っているというのか?
走る? 走るなんて速度じゃない。
それほどの速さ、なのに着地の衝撃すら感じない。
何がどうなっている?
ユウさんの足元を見てみると、わずかに魔力で身体強化しているのがわかった。
まさか本当に、これはただ走っているだけだというのか。
魔力の扱いが上手い人は身体強化が出来ると聞いたことがあるが、これはあまりに常識の範疇を超えている。
出鱈目だ。
周りを見渡すと、すぐ側をルージュさんも同じように走っていた。ルージュさんも、涼しい顔して息ひとつ乱さず走っている。
まさか、本当に、これで間に合うというのか?
「モガモガモガ!」
「はは、顔が好みだなんて照れるなぁ」
それは言ってない。
そのままユウさんは陽が落ちても暗闇の中を走り続けた。
そして村が見降ろせる小高い丘にたどり着いた時、私が目にしたのは燃え盛る村の姿だった。