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 初めてバルーシと会った時の事をつい昨日のことのように思い出す。


 コイツは俺を見て、嬉しそうにしてくれたんだ。


 衰弱していて、警戒心が薄かったのかもしれない。親とはぐれて、寂しかったのかもしれない。


 それでも俺を見つけて近寄って来てくれた時、コイツを大切にしよう、幸せにしようって思えたんだ。

 腕には甘噛みの歯形がいっぱい付けられたが。


 ポトリ、とレザーグローブを落として意識を取り戻した。

 どうやら控室でまた感傷に浸ってしまっていたらしい。

 あれ以来、バルーシと共存するにはこの道しかなかったんだと、そう思ってきた。後悔は何もない。あるとすれば、ちゃんと勝たせてやれなかった事くらいか。


「そこが問題なんだけどな」


 自嘲気味に独り言を呟いた。


 確かにバルーシと一緒にいることを優先的に考えたなら、ボチボチ食えている今までも悪いものではなかったかもしれない。

 それでもこのレースに身を置いて来た者として、勝ちが欲しい。戦ってきた者の証として。


 決して今までレースに対して中途半端に取り組んでいたというわけではないが、どこかで現状に満足していたんじゃないか? 誰もが勝利を手に出来るわけじゃない、その事実に甘えていたんじゃないか?

 そう問われれば否定出来ないだろう。


 いつまでも同じ明日があるわけじゃない。

 今頃になってそれに気付かされるなんて滑稽な話だ。


 落としたレザーグローブを拾い上げて、伸びをした。


 これで、最後だ。バルーシはそれを知らないだろうが、泣いても笑っても。


 いい時間になっていたので服装や安全装備品のチェック場所へ向かうと、係員のオッサンが感慨深そうにしていた。


「いよぅ、いよいよだな」


「そうだな。あんたにもずいぶんと世話になったな」


「俺はなんもしてねぇよ。ただここにいて、歳をとっただけだ」


「俺もそうだったよ。今まではな」


 馴染みの係員は、俺のハーネスなどに緩みやガタが無いか確認してから背中を叩いた。


「ま、せいぜい頑張ってこいや。今後は俺に差し入れ持ってきてくれてもいいんだぞ」


「もう二度と来ねぇよ」


 適当に軽口を叩いてその場を後にする。

 彼らには同じ明日がまだやって来るのだろう。そこに俺がいようが、いまいが。

 けれどそこに嫉妬心なんて湧かない。先に引退していった仲間にバーでポロリと溢された事がある。


「引退してからも楽しく生きてるけどさ。現役で戦ってるレオンが実は羨ましくも思えるんだぜ。やっぱりあそこは特別だ。まぁ、勝ててない所は羨ましくないけどな」


 下らない笑い話だが、俺は誰よりもここで戦い続けた自負がある。そんな俺が、何に嫉妬するというんだ。


 レザーグローブをキッチリ装着してバルーシの待つ場所に向かった。




 ◇◆◇




 レース用の鞍を乗せたバルーシは、珍しく集中しているようだった。

 俺が近寄っても意に介さず前方ばかり見つめている。


 まぁ、あれだけ俺が挙動不審だったんだ、コイツも感じるところがあったのだろう。


「ま、全部出し切ってやろうぜ」


 そう首筋を叩きながら呟く。

 ここが集大成。ここが最後の舞台。後の事は後で考える。必要なのは今この瞬間だけ。


 あぶみに足を乗せ、バルーシに跨がる。


 そうして準備が出来ると誘導係がやって来て、バルーシを引いてレースのスタート地点まで歩きだした。

 俺が出るレースは今日の最終レースだ。これの前のレースは既に終わっていた。すぐに俺達の出番となる。


 道中で他の飛竜の姿が見えてくると、それに跨がるライダーの姿も目に入ってきた。


 彼らと目が合った時の様子はまちまちだ。こちらに会釈をする者、軽く手で合図する者、煽るような態度をとる者。

 このレースが俺の引退レースだろうが何だろうが、ここに居る者はみな同じだ。同じ勝利を欲する戦友であり、敵だ。

 馴れ合いだろうが、敵対だろうが、それは俺達にとってあまりたいした違いなんかではない。目指すのは結局、己の勝利だけだ。


 俺達が観客席から見える位置まで出てくると、会場は大歓声に包まれた。

 このレースは、俺の引退レースであると同時に、新たな世代に完全に切り替わるという節目のレースになる。


 ひとつの時代が終わろうとしている。その幕引きを俺が出来るのであれば、それは光栄な事なのかもしれない。



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