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「連絡もよこさないでいきなり来て悪かったな」
「まったくだよ。水しか無いが構わないか?」
「朝から酒を飲むと下のやつに示しがつかんからな」
キン、という音を立ててグラスを合わせる。
酒ではないが挨拶みたいなものだ。
いつもバルーシを放牧している場所にある、小さな小屋。俺達はそこで話すことにした。
外ではバルーシとハリーの連れてきた飛竜が鼻を合わせて挨拶している。
ハリーと、いや、いわゆる『旧世代』とは今でもたまに集まって酒を飲んでいる。
昔話に花を咲かせる何の生産性もないオッサンの集まりだ。その中でよく俺は、生き残り、としてネタにもされていた。
「獣医からでも話を聞いたのか」
そう問いかけると、ハリーは現役時代からの豪胆さ変わらぬ顔でニヤリと笑った。
「どこぞの馬鹿が落ち込んでないかって心配になってな」
「よく言うぜ」
笑顔で返すが、確かに落ち込んでいるのはその通りかもしれない。
気持ちも何もかも整理がついていない。
「俺はアンタみたいに上手く出来ないんだよ」
そう素直に話すと、ハリーは笑った。
「ウチで面倒みてる飛竜を獣医に見せた時に話を聞いてな。まぁ、ついにお前もか。いよいよ俺達もみんな終っちまうんだな」
「あぁ、いよいよだな」
あの頃は楽しかったなんて、そんな言葉を吐くようにはなりたくないとずっと思っていた。
だけど、ここまで来てようやく思う。楽しかったものは、楽しかったんだ。それを否定するのは違う。
そしてそれは、もう終わる。
「まぁ、俺達も終っちまう、とか言いながらアンタはうまくやっているようだがな」
「当たり前だろ、俺を誰だと思ってる」
「強欲のハリー」
「ハッ、違いない」
グラスを手に持ったまま笑い合う。
ハリーは引退した後、後進を育てるためトレーナーになった。
現役時代からの知名度もあって運営は上手くいっている。今日ここに連れてきた飛竜もそのうちの一頭なのだろう、鱗にも艶があり良く仕上がっている。
「レオンお前、引退した後どうするのか決めてるのか」
そう率直に聞かれると返答に困る。
「まだ何にも決めてないよ。今はただ、最後のレースの事だけを考えていたいんだ」
とは言うものの、引退の事なんて考えたくなかったから、考えていない、それが正しい回答だ。
「ウチに来てトレーナーでもやるか? いま人手が足らなくって困ってるんだ」
「良い提案だとは思うが周りが納得しないだろ。俺なんてたいした実績も残してないんだしさ」
「よく言うよ。俺達の世代で今のレースに対応出来たのはお前くらいなもんだぜ」
「買い被りだ」
どこまでいっても俺達はみんな不器用だったのかもしれない。
己を曲げられなくて、譲れなくて、変えられなかったんだ。それはハリーだって同じなのかもしれない。
「レースが終わった後でもいい、考えてみてくれ。あーあ、スカウト失敗しちまったなぁ」
ハリーが伸びをしながら言う。特に悔しそうでもないくせに、よく言うもんだ。
「ま、でもレオンの最後のレースは応援してるよ」
屈託のない顔で言う。
「同じレースにあんたん所の飛竜も出てくるのに、ホントよく言うよ」
「それとこれとは話が別だ」
ハリーは笑って、満足したのかそのまま飛竜に乗って帰っていった。
お互いに昼過ぎまでは飛竜の世話がある、あまりゆっくりも出来なかったというのもある。それでも無理矢理にでも時間を作って会いに来てくれるあたりが、人たらしなんだろうが。
俺が憧れて、追いかけて、追いつけなかった背中。




