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 そうこうしている間に選手2名が入場してきた。

 ――いかん、実況せねば!


『ああっと選手の入場です! まず東側のゲートから登場したのはSランク冒険者、キュウビ選手です!』


 そう実況するとキュウビは拳を頭上にあげ、観客に目線を投げた。

 再びあがる大歓声。


『西側のゲートからは不屈の精神の持ち主、ユウ選手の登場です!』


 ユウは明らかに嫌そうな顔をしながら淡々と歩いていた。

 だがそれは観客から見たら余裕の態度に見えたのだろう、こちらにも歓声が上がった。


 なんだ、ワシのこの実況せねばという妙な義務感は。

 実況は本当に必要なのか? 今すぐ逃げたい。


 少女はワシの胸元に頭を突っ込みながら


『さぁ、これは注目の一戦ですね。激しい戦いになるでしょうが、彼らはこの模擬戦をちゃんと魅せる戦いだと理解しています。ですので観客の皆さんも、エンターテインメントとして安心してご覧下さい』


 などと言った。

 そして解説し終わると満足したのか、頭を持ち上げもとの姿勢に戻った。


 なんという観客への気配り……

 これもメガネ小僧の模倣だとするならば、メガネ小僧は確かに只者ではない。


 いまのところこの解説実況も観客からは好意的に受け取られている。

 実は完全なるトラブルだという事には気付かれていないだろう。


「はじめっ!」


 形ばかりの審判が声を上げた。


 キュウビが半身になり魔力の収束を始めると、空気までもが集まっていってるかのような錯覚を覚えた。あの感じ、開幕から大型魔法を放つつもりか?


『さて、先に動いたのはキュウビ選手、魔力を収束させているようです。一体Sランクの実力は如何程なのでしょうか』


 そう言いながら眺めているが、その間も一向に収束は収まる気配がない。これは……どれだけ魔力を集める気だ?

 およそ常人では考えられないほどの魔力が集まり出した。普通の人であれば魔力暴走の危機レベルをとっくに超えている。


『これは……みなさんおわかりでしょうか、キュウビ選手がありえない程の魔力を蓄えています。ここから放たれる魔法とは一体……!』


 そう言う間もまだまだ収束は続く。


 すると、キュウビの周囲がゆらりと歪み、空中から青白い炎が上がった。


『こ、これは――!?』


 ガッとマイクが引っ張られた。


『いい着眼点ですね、おハゲさん。あれは狐火と呼ばれる現象です。収束させた魔力が限界点を越え、溢れ出た圧縮魔力に火がついてしまう、そんな現象のことを狐火といいます。あれは彼女の一族にのみ生まれつき備わっているセーフティ機構ですね』


 狐火……? 初めて耳にする言葉だ。魔族博士だから知っている知識なのだろうか、獣人の生態だとしても不可思議だ。


『で、では、キュウビ選手の魔力収束はいま満タンになったと――』


『そういうわけです』


 キュウビは狐火をまといながら不敵に笑った。


「ユウ、ここでキュウビが勝てばお前は出ていく。ここでお前が勝てばキュウビはいいつけを守る。それで良いな?」


「異論は無いな」


 ユウも笑う。


 今ようやくわかった、この総力祭は彼らの喧嘩に利用されただけなのだ。だから対決などと言い出したのだ。


 ……だが、それで構わない。キュウビの周りに浮かぶ何個もの狐火がそう思わせる。こんな現象は初めて見るが、どこか幻想的ですらある。


「その言葉、忘れるでないぞ!」


 キュウビが右腕を振るうと、巨大な青白い炎の塊がユウを襲った。

 しかしそれに慌てることなくユウは周囲に障壁を展開、ふわりと飛ぶとキュウビの炎に押し出されるまま横移動し何もなかったかのように着地した。


『おっと先に動いたのはキュウビ選手! 大きな炎を放ちましたがユウ選手はそれをうまく回避しました! それにしてもいまの魔法は――突然現れましたが何だったのでしょうか、詠唱も術名も聞こえませんでしたが……』


『気になりますか、おハゲさん』


 再び少女が体を傾け、ワシの胸元に頭を突っ込みながら解説する。


『呪文の詠唱はうまく術式構築の出来ない奴のやる事です。そこから上達すると術名だけで使えるようになりますが、一定レベル以上の奴ならばそれすら必要ありません、いつでも発動できます。全ては技量次第です』


 ……にわかには信じ難い話だが、いま目の前で起こった事象までは否定出来ない。


『そ、それほどまでにSランク冒険者キュウビは卓越しているというわけですね、魔物博士さん』


『そういう事になりますね』


 わぁっと歓声が上がった。

 観客は冒険者に興奮する者、魔法技術に驚愕する者、反応はさまざまだがみな一様に興奮していた。


 ワシも平静を装っているが内心穏やかではない。魔法省の研究ですら詠唱破棄の理論までしか辿り着いていない。しかもそれは、魔力効率が落ちるうえ優秀な人間にしか扱えないものだったのだ。


 もし術名すら必要なく魔法を使えるならば、魔法使い同士の戦闘は有利に運ぶだろう。

 術名から効力を予測されなければ相手の反応も遅れるし、もっと言えばいつ魔法が発動するかわからぬ不意打ちも可能になる。


 そして、誰も気付いてないがユウはそれを難なく防いでみせた。彼もやはり術名すら唱えていない。


『これは我々はとんでもない戦いを目にしているのかもしれません……!』


 キュウビが再び動いた。


 彼女が左腕を振り上げると突如大爆発が巻き起こり、試合会場を光で埋め尽くす。舞台に張り巡らされた結界魔法はビリビリと音を立てて震え、光と音が観客を包み込んだ。

 観客はみなそれを口を開けたまま眺めている。


『こ、これは――』


 と言っている間にもまた何度も爆発音が鳴り響き、キュウビが大型爆発魔法を連発しているのが伝わってきた。


『こんなことが、こんなことが可能なのでしょうか、大型魔法の連発です――! 皆様にお伝えしておくと、この舞台の周囲には魔法省が総力をかけて張り巡らせた強力な障壁で皆様を守っているので安全なのですが、それが今、揺れています、大きく震えています……!』


 観客を安心させるために障壁があると言ったものの、事態は実は深刻だ。

 この障壁は補助魔法課を何十人とつぎ込んで作られているもので、通常であれば個人の魔法などびくともしない対大軍戦用のものだ。


 Sランクの魔法でもびくともしない障壁を我々は張れる――


 そんな思い上がりはいま悲鳴を上げていた。何層にもはった障壁は少しずつ、卵の殻のように砕けていっている。

 今頃裏では必死にみんなで耐えているはずだ。


「いま手の空いてる攻撃魔法課のやつも動員しろ! 障壁と回復魔法を急げ!」


 慌ててスタッフに指示を飛ばす。

 ここで破綻させるわけにはいかない、そして舞台にいるユウも無傷なはずがない。いくら内部を回復魔法で満たしているといっても、凄惨な結果になることは見えている。最悪この模擬戦は事故で中止か――


 しばらくすると、爆発は止み、少しずつ煙と舞う火の粉が晴れてきた。


『こんな魔法の直撃を受けてユウ選手は大丈夫なのでしょうか……!』


 心の中で、無事でいてくれと祈るしかない。


 しかし予想に反して、ユウは平然と立っていた。




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