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2


 木製テーブルにお茶が差し出された。


「いやぁ、すいません。いつもの猫ちゃん捜索で依頼をくださるマーヤさんか、訪問販売かと思いまして。訪問販売も最近は羽毛布団が商材らしいですよ。あんなもの要りませんよね。それはともかく、依頼者さんだったとは」


 私は案内された応接用のテーブルで先程の青年に、にこやかに対応されていた。

 どうやら青年が指名依頼を受け付けている冒険者さんのようだ。


 建物のボロさとは対照的に部屋は思ったよりも綺麗で、応接に使う場所と部屋の奥とはセパレーションで仕切られている。


「羽毛布団は要るぞ」


 そのセパレーションの向こうから女の子の声が飛んできた。

 それを聞いた青年は、笑顔を湛えたまま動きを止めた。


「……少々お待ちください」


 青年は断りを入れてから振り向いた。


「お前ふざけんな! あんな馬鹿高いもの買えるわけないだろ! お前が勝手に契約しそうになるからあの後大変だったんだぞ!」


「いいや、ユウ。よく考えろ。気持ちよく寝られたら仕事で良いパフォーマンスが発揮できるではないか。これはいわば投資だ」


「その仕事が無いんだからパフォーマンス以前の問題なんだよ! 羽毛布団を買う金もないし!」


「なるほど、良いパフォーマンスのための羽毛布団という部分は否定しないのだな。希望の光が見えてきた」


「いいか、俺達にはマーヤさんとこのジュリエッタの捜索以外となると、この子しか依頼者がいないんだ。この子は希望の光じゃなくて最後の希望だ」


 と事務所の奥から出てきた少女と言い争いを始めた。


 ヤバイ所に来てしまったかもしれない。


 なんとなく部外者の私が口を挟める雰囲気ではないな、と出されたお茶に口をつけた。

 お茶の味が薄い。水で薄めているのか、茶葉を再利用したのか。

 大丈夫なのかなここ……。


 ちらりと2人を盗み見る。


 青年の方は二十歳前後だろうか、私より年上に見える。身体は細いが引き締まっており、なるほど冒険者さんのようだ。

 目鼻立ちの整った顔で、見た目はカッコイイ。

 だけれど、どこか苦労人の雰囲気がするのは気のせいだろうか。


 裏から出て来たら少女の方は――と見て私は絶句した。

 もの凄い美少女さんだった。

 年齢は十代前半から中盤だろうか、ツヤツヤの黒髪に大きな紅い瞳、透き通るような白い肌。

 動きやすそうな服から伸びる長い手足がスタイルを凄く良くしている。

 同じ女性として嫉妬する気にもならないほどの可憐な美少女だった。


 私は思わず見とれて固まっていると、少女がこちらを見ながら近付いてきた。


「じゃあ私の羽毛布団の命運は貴方が握っているわけだ。で、貴方が持ってきた依頼はどんなものなのかな、最後の希望さん」


 少女が満面の笑みで聞いてきた。


 怖い、重い。


 命運とか凄く重い。むしろ私達の村の命運を貴方達が握っているんですけど。


 と、そこで私がここに来た理由を思い出した。


「あの、私はナナリーといいます。私の村を助けてください! 私の村に最近、オークキング率いるオークとゴブリンの群れが現れるようになったんです!」


 と依頼を伝えた。


 私の村からの依頼は、モンスターの群れの討伐。


 実のところ、この依頼はたった2人の冒険者さんに頼むような内容ではない。

 奴らは『群れ』というよりも『大軍』なのだから。


 オークキングは大型のオーク。しかも群れを率いる能力があるため危険指定されているモンスターだ。

 その指揮下にはオークだけでなくゴブリンも含まれ、その群れの大きさや凶暴性から、討伐するには最低でも冒険者の上位ランク、それも大型パーティーが必要だとされている。


 そんな魔物から村を守ってもらうこと。それが私の依頼なのだ。


 たった2人の冒険者に何が出来るというのか。

 だからこれは、客観的に見て、断られて当たり前の依頼。


 だというのに少女は動じた様子もなく


「そうか。それで報酬は?」


 と続きを促してきた。これは、期待してもいいのだろうか。


「えっと、250,000ペルンです」


 そう言った直後、少女はその場で崩れ落ちた。

 あぁ、やっぱり依頼料として安すぎなのだろうか。


「羽毛布団が買えない……」


 ボソリと呟かれた独白。


 ……いや、依頼料として少ない事はわかっているけれど、それでも買えない羽毛布団って何なんだろう。


 少女は虚ろな表情で床に指で何かを書き始めた。

 ここまで露骨にガッカリされると何故だろう、いっそ清々しい。


 青年の方はと見ると、険しい顔をしながらブツブツ呟いていた。やはりダメなんだろうか。


「俺達には明日の飯代も残されていない……しかしマーヤさんとこの猫探しと同じ依頼料か。少し面倒だな……」


 私、それ知ってる。ボッタクリっていうやつだ。

 マーヤさん、ボッタクられてる。


 でも、私達の村にももう後が残されていないことも事実。

 たとえ鬼畜だろうと彼らに依頼を引き受けて貰うしかない。

 ここで断られるのはダメだ、私達でこの鬼畜のために何か用意できるとしたら――


「あの、引き受けていただけたら村でご馳走を用意します!」


 悲しいかなこれぐらいしか私達に用意できるものはない。


 だけれどそれで青年の目の色が変わった。


「ご飯付き……だと……いやしかし、それだけで妥協して引き受けるような単純な俺達ではない――。確認したい事がある」


「はい、何でしょう」


「おかわりは……可能か? 何度でも……いいのか?」


「……はい? あの、えーと、はい。村はガチョウ育成を産業にしているので、鶏料理でよろしければ」


「っしゃあ! 鶏肉食べ放題だ!!」


 いいのかそれで。


「なにっ、鶏だと!?」


 崩れ落ちていた少女がガバッと頭を上げた。


「それって鶏で、鶏なのか!? 鶏ってことは羽が生えてて、羽が、とりっぱで、とりっぱなのか!? とりっぱなんだな!? とりっぱ!」


 凄い勢いで詰め寄ってきた。

 とんでもない美少女がとりっぱを連呼しながら密着してくる。


 彼女の頭がちょうど私の顎ぐらいの高さにあり、至近距離から上目遣いで見つめられる形だ。しかも、興奮しているのか瞳が少し潤んでいる。


 男の人が美少女を抱きしめたいという気持ちが少しわかった。


「あの、とりっぱです。村では羽は特に使い道がないので山のようにありますけど」


「羽毛布団が作れる! さすが最後の希望だ、受けるしかない最高の依頼だー!!」


 いいのかそれで。


 普通の展開ではなくて少し戸惑うけれど、どうやらこの2人は依頼を引き受けてくれるようだ。


 それに彼らの反応は私の村が褒められてるようで、なんだか嬉しかった。

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