26 魔法省長官シュルツ編
机の上に紙がある。真っ白な紙が。
今年の魔法省総力祭の原案を書き込むためのものだ。それは今朝から置いてあるのだが、未だに白紙のままである。
ワシは椅子に座って顔の前で手を組んだまま、いつまでも動けずにいた。
「まだ悩んでるんですか、長官」
秘書が扉をノックしながら長官室に入ってきた。ノックした時点で部屋に入っていたらノックの意味がないだろとは思うが、いつもの事だ。
「まだとは何だ、まだとは。こっちは必死に頭を悩ませているというのに」
文句を言うが、この秘書は動じない。
「みんなの意見を全て拾うのなんて無理なんですから、どこかで折り合いをつけるしかないでしょう」
秘書は呆れた様子で部屋の窓を開けた。
ふわりと風が吹き込んできたので紙が飛ばされないよう抑えながら外を見やる。どうやら今日もいい天気だったらしい。集中しすぎて気付いていなかった。
遠くからは、爆発音が微かに聞こえて来る。攻撃魔法課の連中が演習場で荒れておるのだろう。
「はぁ」
自然とため息が漏れてしまう。
ワシは今年の総力祭をどんな内容にするか、決められないでいた。
例年の総力祭では魔法省の力を世間に知らしめるため、盛大に大人数での合成魔法やら陣形攻撃演習を行なっていたのだが、今年は急遽それらを控えるようにとお達しが出てしまったのだ。
なんでも王都内に暗黒魔法を使う奴が出たという噂があるのだとか。
ただの噂程度の話らしいが、もしそいつが他国のスパイなどであった場合リシュタット国の手の内を晒すわけにはいかない。そんな事情のようだ。
『今年の総力祭は補助魔法と回復魔法のみの使用を認める』
そんな通達が成されてしまえば本来なら花形であったはずの攻撃魔法課が荒れるのも仕方のない話だ。
そして攻撃魔法課が荒れるだけならいざ知れず、補助魔法と回復魔法だけで総力祭をどうしろというのか。これらの魔法は単体では意味を成さない。強化や回復は魔法をかける対象があって初めて意味を持つというのに。
「はぁ」
頭が痛い。
「ほら、そんな辛気くさい顔してたら良い案も浮かびませんよ」
「この顔はもともとだ」
ここ何年も心から笑った事などなかったように思う。
それもこれも、冒険者なんぞという制度が出来たせいだ。
冒険者という制度が始まってからというもの、魔法省は深刻な人材不足に悩まされるようになった。
それまでであれば魔法に関しての優秀な人材はみな魔法省に入ることを目指していた。かくいうワシもその世代の人間である。
だが冒険者制度がその状況を一変させた。
魔法に才能のある個々人が自分で稼げるようになってしまったのだ。真新しさも手伝って、人は冒険者になるようになった。
もちろん魔法省に入ってくる人もいる。国のために働きたい人だとか、学術的な研究を行いたい人だとか、収入の安定を求める人は魔法省に入る。
しかし反対に、好奇心旺盛な人だとか、権力闘争が嫌な人や、能力値の高い人からは避けられるようになってしまった。
だからこその総力祭なのだ。
個々人ではおよそ到達出来ないような大規模魔法を魅せたり、上級魔法を学べると広く知らしめて魔法省への人材募集をする絶好の機会だったのだ。
それがなんでこんなことに。
「そういえば、王都の冒険者ギルドにもSランクの冒険者が来たらしいですよ。なんでも魔法が得意な人なんだとか」
忌々しい冒険者、冒険者、冒険者……
……そうか、冒険者か。
そうだ。
なにも魔法を魅せるのは我々でなくとも良いのだ。魔法省が主催の総力祭で強力な魔法を披露できたらそれで良い。
注目が優秀な冒険者にある程度集まってしまうのは仕方のない事として、それよりも、そんな冒険者さえも魔法省の権力で招集する事が出来ると大衆に勝手に思わせるのも悪くない。
なにより我々自身は上の指示通り攻撃魔法は使わないのだ。屁理屈のような話だが、それで切り抜けるしかないだろう。
たまには秘書も役立つな。
「よい情報をありがとう。早速ワシは準備に取り掛かる」
さて、忙しくなるぞ。
◆◇◆
冒険者ギルドは王都の玄関口にある。
大きな街には必ずといってもいいほど玄関口にあるため、見かける度にうんざりするが、ギルドは国が管理する組織ではない。
独自の組織体系を持ち、国を跨いで活動しているためどこの国も強制的に従わせる事は出来ない。だから魔法省からの依頼だろうと、ワシがわざわざ足を運ばねばならない。
ここに集う冒険者の中にも優秀な魔法使いがいるのかもと考えてしまうが、まずは総力祭の成功だけを考えて行動するとしよう。
事前に手紙による使いを走らせているから窓口での手続きも簡単に済むはずだ。
そのはずだったのだが――
「申し訳ございませんがSランクのキュウビ様が、突然ギルドからの依頼を無条件に引き受けることを辞めると仰いだしまして……」
……どういう意味だ?
「どうなっているんだ。王都のギルドは舐められているんじゃないのか?」
「いえ、そういうわけではなく……直接会って頂くのがわかりやすいかと」
受付は住所の書かれた紙を渡してきた。




