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右足を半歩引いてビンズの抱きつきを避け、ピコの木刀には踏み込んで背後に回ることで回避する。
「武器の間合いを見極めろよピコ、剣で相手に密着すると自分も辛いぞ」
「ぬぃー!」
振り向きざまの横薙ぎは、今度は木刀が届かず空を切った。
「剣だと相手に密着すると振れなくなるし、今の突っ込みスタイルでいくなら短剣の方がいいんじゃないのか? そもそも冒険者なんかになるなよ」
「いやだ! 僕はユウ兄ちゃんみたいな冒険者になるんだ!」
「えー、大商人とかの方が孤児院の役に立てるぞ。冒険者なんてクズばっかなんだし」
「ユウにいちゃ! ユウにいちゃになる!」
それはクズの名前であって職業ではないかな。
俺達は昼食後の自由時間をチャンバラしながら過ごしていた。
ピコほか数名は冒険者に憧れがあるようで、訪問する度に稽古をつけてくれと言われる。
冒険者みたいな稼業は一部の成功を収めた人にのみ注目が集まりやすい。その後ろには成功出来なかったゴミが大量にいるけれど、その部分に人は気付かない。
あるいは自分に嘘をついて気付かないフリをしているのか。
「あーもう疲れた、みんな休憩」
キリのいい所で座り込むと、様子を見ていた数人も集まってきた。
「ユウ兄ちゃんはさ、普段冒険者としてどんな仕事してるの?」
「えー?」
そんなみんなが期待するような冒険活劇なんて何も無い。
「遠くの村まで鶏肉を食べに行ったりとかー、貴族のアホ息子とご飯を食べたりだとかー……」
「なにそれ楽しそう! 食べてばっかりじゃん!」
言われてみれば、なかなか楽しんでいる。
冒険なんてしていないが。
「いや、もっと普通は違うはずだぞ……」
俺達は直接来た依頼しか受けないから他がどうとか知らないが……きっと違うはずだ。
もし俺に憧れて冒険者になられても危険だし、ここは戦略的に行こう。
「お前らよく考えろよ。世の中で強いのは金だぞ。だからお前らには商人の凄さを知って貰うために計算問題を出そうと思う」
「えー計算とか苦手だし嫌だよ」
「まぁ聞けって。1個50ぺルンのリンゴが売っていました。5個買ったらいくらになるでしょう?」
そう問いを投げかけると、みんな指折り数え始めた。
「わかった! 250ペルンだ!」
女の子が元気よく手を挙げた。
「正解! いいぞ、ちゃんと計算できたな。だがな、商人の凄さはここからだ。普通なら250ペルンのリンゴでも、鮮度が落ちてきてここにシミができてる、生産地も疑わしい、とか言えば200ペルンに出来ちまうんだ。商人って凄いだろ!?」
「…………」
「あれ?」
なんか思ってたのと違う。
「ユウ兄ちゃん、そんなイチャモンつけるチンピラみたいなのが商人なら、僕は商人なんてなりたくないよ」
「え、マジ? うそ、お前ら、マジで?」
なんか思ってたのと違う。
「ぼく今日はいっぱい動いたし、眠くなってきちゃった」
ピコが眠そうに瞼を擦った。気付くとビンズも船を漕いでいる。
そうだよな、お前らさっきまでずっとはしゃいでいたからな。
「じゃあみんなで戻ってお昼寝するか」
みんなで手を繋いで孤児院まで戻る。木々の間から流れてくる風が気持ちよかった。
◆◇◆
「もう帰ってしまうのですか」
みんなを寝かしつけていたら、声を掛けられた。
院長だ。
「察しがいいな。こいつらが寝てる時でないと騒がれてうるさいし、晩飯までここで世話になったら援助しに来たのが本末転倒になるからな」
俺のしてやれる援助なんて知れてる。あの頃稼いだ資産も今は持っていないし。
「いつもありがとうございます。また来ていただけますか? みんないつも楽しみにしてるんです」
「あぁ、また来るよ。こっちこそ気をつかってくれてありがとな」
院長への挨拶はそこそこに、退散することにした。
みんなが起きる前に出ないと泊まっていけと泣かれてうるさい。
さて……。
孤児院を出ると、街の方とは逆に歩いた。
さらに丘の上、崖のある方だ。
なんとなくだが今日はこっちにも寄っておくかという気分になったからだ。
ちょっとした林の中を少し歩くと、木々の間から光が漏れ出てきた。丘の頂上だ。
ここは小さい子達には近寄らないように言ってある。崖から落ちると危ないというのと、お墓が建っているからだ。
お墓といってもたいしたものじゃない。見晴らしのいい場所に大きめの石が置いてあるだけだ。
ここは、前の院長のお墓。
近くに寄ると墓石は手入れがされているようで、名も何も彫ってない石だが綺麗なものだった。きっと定期的に院長か誰かが掃除しているんだろう。
だったらやる事無くなっちゃったな。
墓の近くに腰を落とし、ここからの風景を眺める。今日は天気も良く雲がゆったり流れている。遠くの山脈まで綺麗に見えた。
ただ時間だけが過ぎていく。
ここに来て何かを語りたかったわけじゃない。特別な思い入れがあるわけでもない。
前の院長の頃に俺はこの孤児院にいたが、申し訳ないがあまり覚えていない。
俺がいつからここに居たのか、何歳でここを出たのか、あまり覚えていない。物心ついた頃には役割を押し付けられて俺は旅に出てしまったから。
だが院長が優しかったこと、俺を守ろうとしてくれたこと、みんなと居たのが楽しかった原風景は覚えている。
「俺もあまり覚えてないし、あんたの死に目にも会えなかったけれどさ。貴女が育てた子供は世界を救ったんだ。あっちで自慢していてくれよ。じゃあ、また来るよ」
そう呟いて立ち上がった。
名残惜しい気もするが、そろそろ王都に戻ろう。
◇◆◇
さて、今日は珍しく外食でもして帰ろうかな。
行きつけの大衆食堂がいいな。あそこの飯は美味い。
食堂のドアを開けると、大勢のクズどもが食事に来ていた。その中の一角に、異様な光景が広がっている。
積み上げられた皿、皿、皿。
その積まれた皿の中に見慣れた人影が2つ。あれは……ルージュ……
「うまい!! アリシアももっと食べな、あのドケチが外食の許可を出すなんて珍しいんだから!」
「はい、もう既にたくさん食べたんですけど……」
「うまい! ほら、この高級肉うまいよ!」
この光景は……
「おい待てルージュ! お前どんだけ食べるつもりなんだ!」
「ん、あぁユウか。いつもお前と来ると腹いっぱいになる前に文句ブーブー言われて満腹にならないから今日は満足するまで食べようかなって。許可を出したお前が悪いんだぞ」
食いながら喋ってやがる……!
「アリシアさん、これは……!」
助けを求めるも、アリシアは首を振るのみ。
お金が……せっかく稼いだお金が……溶けていく!
「おい待て、もういっぱい食べただろ、もう帰ろう、な、な!?」
「ぅん? お腹はいっぱいだけどね、でもね、いっぱい食べるんだよ?」
顔がトロンとなってきている! こいつ、お腹いっぱいで眠くなってきたくせに、まだ食うつもりだ!
「それでも今日はもう帰ろう、な!?」
「そだね……うん、そろそろ寝よかな……」
ルージュの体がゆらりと揺れた。瞬間、ルージュの右腕付近の空間が歪み――
世界が暗転した。
あの日、俺は初めて役職名ではなく『自分の名前』というものを手に入れた。
そして誰のためでもない、自分のための人生をそれから生きていると思っている。
そのはずなのに、苦労が絶えないのはなぜだろう。
お読みいただきありがとうございます。
次の話は2話構成、その次は5話前後の回を投稿予定しています。
よろしくお願いいたします。




