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22 ユウ編


「じゃあお前の名前はユウだな」


 絹糸のような黒髪を揺らしながら少女は笑った。


「安直すぎやしないか」


 そう返答をしたが、なんだか嬉しかった。




 ◆◇◆




「ん……」


 目を覚ますと、目の前に頭があった。

 これは……ルージュの頭頂部だ。


 今日は俺の胸板を枕にして眠っていたらしい。

 頭を押し退けると、枕が無くなったことに気付いたのか腕をフラフラさせて俺を探し始めた。


 それを躱してベッドから起き上がる。彷徨う腕はベッドを2、3回叩くと俺が見つからない事を理解したのか布団を抱えて動かなくなった。


 なんでコイツは自分のベッドがあるのに必ずくっついて寝るんだろう。小動物か。


 コイツ自分が暑いと勝手に布団を吹っ飛ばすし、自分が寒いと俺の布団を奪うし、いい迷惑なんだが。

 朝起きたら俺だけお腹が冷えてるなんて事もある。

 どうにかして現状を変えたいとは思うものの、コイツの至近距離からのボディーブローはわかってても避けきれるものじゃない。空間が歪む速度で繰り出されるからだ。


 夜になるとソワソワしだすし、俺なんて放っとけば勝手に寝るのにそれを待たずして気絶させに来る。

 そのくせちゃんと俺をベッドまで運んでいるようだし、よくわからん。


 まぁ考えても無駄か。


 今日は懐かしい夢を見た気がする。もう忘れたが。


 リビングに行くと、もうアリシアが来て朝食の準備を始めていた。


「おはようございます、ユウさん」


「おはよ」


 朝早くから何て仕事の出来る子なんだろう。


 昨日はロイからの報酬を全く受け取らなかった事に対してプンスカ怒っていたが、そもそもウチの仕事とアリシアの生活費には初めから何の関係もない。単純に俺達の財布事情を案じて怒ってくれていたのだろう。

 まぁ、ぞんざいにあしらってしまったが。


 そういえば、何でロイの奴は聖女なんて連れていたんだろう。

 聖女に前回会ったのはもう何年も前、あの子が聖女に任命される以前の事だが、あれは間違いなく当代の聖女だ。


 先代からの代替わりの直後、初お披露目式の直前に聖教国から逃走したと風の噂で聞いている。外の世界を見たいだとか何とかで逃げたとか。聖女になったら外に出られないのが嫌って気持ちもまぁ分かる。


 あの子は俺と会った当時まだ幼かったから俺の事なんて覚えてないだろうな。

 まぁいいか。気付かないフリしておこ。


「今日は珍しく朝早いですね。どうしたんですか」


「いや、ちょっと出掛ける用事があってね。今日の晩飯は要らないから、アリシアもルージュも好きに外食でもしてくれ」


 出された朝食を手早く食べると、早速出掛ける準備に取り掛かった。




 ◆◇◆




 丘の上の方に立つ目当ての建物が見えてくると、その近くをウロついていたガキどもに発見されて指を指された。アイツらどんな視力してやがるんだ。


 そのままみんなしてこっちに走ってくる。


 おいビンズ、そこ下り坂だから短足のお前はあんまり一生懸命走ると――あぁ、やっぱりコケた。


「ユウ兄ちゃん、久しぶりじゃん! 遊ぼうぜ!」


 いち早く俺の元に到着したピコが歓迎してくれる。


「遊ぶも何もお前ら今、掃除の時間だろ。掃除しろ、掃除」


 そのまま歩いてコケたビンズの腕を引っ張り上げる。ビンズは鼻水を垂らし前歯の抜けた顔で無邪気に笑っていやがった。


「ユウにいちゃ!」


 泣かなかったらしい。強くなったな。でも相変わらず眩しいくらいのアホ面してんな。前歯の乳歯が抜けてるのと顔面が土だらけで、大変なことになってんぞ。


「ピコ、院長はいるか?」


「いるよ!」


 そう言いながらピコは走って行った。


 お前、勝手に走って行って、案内するから急げとか身勝手に言うんだろ。どんだけ元気なんだよ。


「ユウ兄ちゃん遅いよ、早く!」


 ほらな。振り返って言ってくる。

 だが俺は慌てない。お前達のその誘いには乗らない。なぜなら。


「まぁ落ち着けよ。よし、お前ら……ドベだった奴おやつ抜きな!」


 知略で出し抜くのが大人ってやつだからだ。


「卑怯だぞユウ兄ちゃん!」


「ばーか! ばーか!」


 徹底的に勝ちにいく! そう思って走っていると、前方に人影が見えた。

 あれは――仁王立ちしている院長だ……




 ◆◇◆




「で、掃除もしないでみんなで泥だらけになって走ってきたと」


「そんなわけだ。コイツらには世の中の不条理ってやつを叩き込んでおかないといけないからな」


 胸を張って受け答えする。


 わりと正しい事を言っているはずなのに、院長は表情をぴくりとも動かさず、仁王立ちに腕組みで俺達を見下ろしている。


 俺達はみんなで正座させられていた。


「ユウ兄ちゃん、どうすんだよ」


 隣で正座してるピコが脇腹をつついてくる。


「いいから怒られてるフリしとけよ」


「聞こえてますよ」


 あ、ハイ。


「ほらじゃあみんな、掃除の時間はもう終わっちゃったから昼食の準備してきて。ユウさんの分もちゃんとね」


 はぁーい、とみんな返事して動き出す。


「でもユウさんはダメです残ってください」


「あ、ハイ」


「……ユウさん、いつもありがとうございます。この孤児院は見ての通りボロボロで援助が無いとやっていけない有様で。子供達も喜んでいます」


 急に院長が真面目に頭を下げ出した。

 こっちは正座したままなんだが。


 院長はまだ十代後半くらいの女の子だ。

 前任の院長が亡くなってから、孤児院にいたこの子が後をそのまま引き継いだ。

 みんなのお姉さん的な立場だったので手を挙げたらしい。


 孤児院の運営は決して楽ではない。

 国や教会から補助金があるといってもそれで余裕があるわけではなく、こうして孤児院出身者の援助も受けてなんとかやり繰りしている。パトロンがいる孤児院など稀なのだ。


「別に気に病む事じゃないだろ。俺達の頃も同じように先輩から援助を受けてたわけだし」


「それでもです。ユウさんは、私がここに来る頃にはもうここを出ていたと聞いています。それでも援助してくださるなんて感謝しかありませんよ」


「そういえばそうだな。俺はたまたま早くここを出る事になったから院長とは被ってないだろうけど、まぁ少しくらいは役に立たないとと思ってな」


 実際、ここに居た頃の記憶は曖昧だ。俺が幼かったことと、それ以降が濃すぎたせいであまり思い出せない。

 それでも兄弟姉妹が助け合うなんてのは昔から当たり前の習慣だったと記憶している。


 もちろん年長者による孤児院への援助は義務ではない。

 違う街や違う国に行ってしまえは援助も出来なくなるし、冒険者になって死んでいった奴もいる。

 だからこそ、援助はできる人がやる、という感じだ。


「ここはかの有名な勇者を輩出した孤児院ですからね、盛り上げていかないとです!」


 院長が拳をグッと握っている。


 あー、あぁー、ソウダネ。


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