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そんなわけで俺はメモを握りしめながら市民街の一角まで来た。
藁にもすがる思いというのは、こんな気持ちのことをいうんだろうか。
正直これでどうにかなるとも思っていないが、せっかく受付嬢が紹介してくれたわけだし、可能性が少しでもあるならば行くしかないだろう。
メモにある建物の階段を登るとドアがあった。
得体の知れない場所に踏み込むのには少し躊躇われるが、冒険者というのはそういう所に踏み込む稼業だ。腹をくくるしかない。
ドンドン
とドアを叩いてみる。
すると、少ししてドアが開かれた。
「あら、お客さんですか? いらっしゃいませ、どうぞお入りください」
俺を出迎えてくれたのはメイドさんだった。
……メイドさん?
来る場所を間違えたのか? いいや、そんなこと無いはずだ。
「どうぞご遠慮なく、いま紅茶を用意いたしますので」
メイドさんは突っ立っている俺に振り向くとふわりと笑った。
綺麗な髪を三つ編みにまとめた少女だった。向日葵のような笑顔がよく似合う。
足を踏み入れた部屋は、とてもよく片付けられた綺麗な部屋だった。奥には豪華なテーブルセットが置かれている。
その横に、青年と少女が立っていた。
「いらっしゃい。私がユウで、こいつがルージュといいます。今日はどんなご用件で?」
ユウに促され上等なソファに座る。
おかしい、俺は冒険者を紹介されて会いに来たはずだ。なんだこの対応は。
困惑していると、ユウがその様子に気づいたのか口を開いた。
「今日は指名依頼専門室へのご用件ではなかったのですか?」
――なるほど。
お金を積めば手伝ってくれる、ね。
やっと意味がわかった。確かに冒険者に指名依頼をかけたらメンバーを集める事は出来るかもしれない。
裏技のようなものだがまぁ、ダメで元々だ。
「俺はロイ、冒険者をやっている。今日は頼みがあって来たんだ」
俺はここで全部、悩みを話す事にした。
俺が目指すのはBランクへの昇格だ。それ以外のプライドは今は必要ないし、もしコイツらと共闘するのなら信頼関係が必須。
自分の恥ずかしい部分まで曝け出してこそ相手も心を開いてくれる場合だってある。
たかだか3人で昇格試験に挑んでどうなるという話だが、1人よりはマシというものだろう。
「――というわけで戦力が欲しい、一緒に昇格試験に挑んでくれないか」
そう話し終えると、ユウは明らかに嫌そうな顔をし、ルージュは欠伸をしていた。
「俺は昇格したくないし、手伝いたくない」
あっさり断られた。
すると横からテーブルに紅茶が差し出された。
「ユウさん、手伝ってあげたらいいじゃないですか。わたしがここに来てからまともな依頼者さんなんて、ロイさんが初めてなんですよ」
メイドさんが助け船を出してくれた。このメイドの子、いい子だ。
まともな依頼者が全然来ないという爆弾発言は気になるが。
「そうは言ってもなぁ。どうせパーティーを追放されたのも、誰かが隠し持ってた肉を勝手に食ったとか、そういう理由に決まってるし」
それただの食いしん坊じゃないか。
欠伸をしていたルージュが会話に加わってきた。
「わからないよ。もしかしたら、仲間の女の子に手を出したっていう線もあると思う。昔から立場上そういうパーティーは何度も見てきた」
それ別の意味で食いしん坊なだけじゃないか。
だが、まぁ、わかった。
力にはなってくれなさそうだ。
「わかったよ、お騒がせして悪かったな。後は自分で何とかするよ。俺は何としてでもBランクに昇格して、この試験が終わったら故郷の幼馴染と結婚するんだ」
そう言いながら立ち上がったところだった。
「おい待て、何て捨て台詞を残して行こうとするんだお前!!」
ユウが突然慌てだした。
「昔からそういうこと言う奴はロクな目に合わないんだよ! お前わかっててやってんのか!? 卑怯だろ! エグい作戦だ!」
なんの話だろう。
幼馴染にはフラれる奴が多いって話だろうか。昔から距離の近すぎる幼馴染とは恋愛に発展させるのも大変だからな。俺は大丈夫だが。
念のためもう一度言っておこう。
「俺、この戦いが終わったら故郷に帰って結婚するんだ」
「あーもう、これ放っといたら後悔しそうだし……手伝えばいいんだろ手伝えば。アリシアにも働いてる姿を見せておかないとゴミだと思われるし。Bランクに昇格する手伝いするだけだぞ」
ユウは頭を掻きながら立ち上がった。
どんな心境の変化があったのか知らないが、どうやら引き受けてくれるようだ。何なんだ。
◇◆◇
そんなこんなで俺達は王都から少し離れた草原まで来た。
なんでも俺の実力を見極めるための模擬戦闘を行うらしい。
正面には無防備なユウが立っている。
「よーし、それじゃあ本気でかかって来い」
ユウが何も装備しないままのんびりと言う。そんな朝の体操みたいに軽く言われても困る。
俺はいつもの剣と盾を装備した姿だ。
少なくともこちらは武器を持っている以上、無防備なユウ相手に本気を出すには戸惑いが生じる。
いくら模擬戦闘とはいえ怪我の恐れがあるんだ。
「いや無理だろ、危ないし」
「あ、そうか。じゃあ檜の棒と革の盾を装備するからかかって来い。問題ない、俺は物心ついた時から戦ってきている」
本当に大丈夫なんだろうか。
だが久しぶりの一対一の対人戦闘で俺はどこまで動けるのか、確かめてみたくもある。
ユウがどれほどの冒険者なのか知らないが少なくともCランク以下だ。ここでユウに勝たなくては昇格など話にもならない。
「後悔しても、知らないぞ!」
そう吐き捨て一気に間合いを詰めた。
まずは剣を横薙ぎに一閃。
それをユウは難なくバックステップで回避した。
だがそれは想定内。そのままさらに踏み込み、返す刀で斬り込む。
その剣は盾で受け止められるが、それも想定内。ユウの動きを一瞬でも止められたらそれで充分だ。
「ファイヤーボール!」
至近距離から放たれた火球がユウの体に直撃し、爆発が巻き起こった。
不意打ち無詠唱のゼロ距離魔法。無傷ではいられないはずだ。
それでも慢心はしない、動きは止めない。
爆炎が収まる前に距離をとり、次の魔法に備えて魔力の充填を始める。
視界を塞ぐ煙が晴れる直前に、走り出す。
薄っすらと見える人影に対し大上段からの叩き斬りを寸止め、それでこの戦闘は終わり――
――ギィン!
甲高い金属音が鳴り響いた。
腕には何かにぶつかった衝撃が伝わってきている。
……受け止められた?
いや、そもそもユウは金属の剣も盾も装備していないはずだ。こんな音が鳴る事自体おかし――
得体の知れない悪寒を覚え、直感のまま全力で防御の姿勢をとった直後、体を震わせる衝撃に襲われた。
二転三転する視界。
状況判断が追いつかないまま、体が何度も地面に打ち付けられている事がわかり、慌てて空中で体制を整え地滑りをしながら持ち直すと、正面には無傷のユウが涼しい顔をして立っていた。
なんだよこれ……冗談じゃないぞ。
何が起こったのか正しく把握は出来ないが、ユウとの戦力差ぐらいなら感じ取れる。
俺の攻撃を難なく防いだことといい、今の攻撃といい、ユウはCランク以下の実力なんかじゃない。
いま俺が防御に使った剣と盾は粉々に砕け散っているのに対し、ユウは無傷なのだ。
「はぁーいオッケー! だいたいわかった」
ユウは軽い感じで拍手しながら戦闘の終了を告げた。
「ロイは冒険者なんてハイソな名前が付けられる前の、昔ながらの旅人に近いタイプだ、悪くない。最後は俺を追撃できるよう魔力も練っていたようだし見込みがある。試験で倒すモンスターはグレートアーマーだっけか? 道筋が見えてきたな」
旅人? よくわからないが昔の旅人は魔物だらけの世界をひとりで渡り歩くイカレ野郎ばかりだったと聞いている。
これは褒められているんだろうか?
こんな特徴も無く、使えないと言われていた俺が。
俺は自分を知っているつもりだ。
特徴の無い器用貧乏、それが俺だ。
「ルージュはどう思う?」
ユウがルージュに水を向けると、近くで退屈そうに見ていたルージュは口を開いた。
「まぁ、悪くはないんじゃないかな。こういう奴は地力をつけた時が厄介なんだよ、誰かさんみたいにさ。強くなる素質はあるよ、神に誓ってやってもいい」
「ルージュが神に誓うなんて珍しいな。なんの神に誓うんだ?」
「膝の裏の神、ペトローチャムだ」
「知らねぇよ死ね」