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「では続いてはアリシア嬢への言い渡しだ。貴方には――新しいドレスに着替えた後、僕とダンスを踊ってもらう。それが貴方への裁きだ」


 ……なんですかそれ?


 わたしの手を握る書記長ちゃんの手が震えています。笑いを堪えているのでしょうか?


 周囲がザワつき始めました。当然です、意味がわかりません。


 同様の感想を抱いたのでしょう、リリアン嬢が声を荒げました。


「それでは納得がいきません、わたしはアリシアさんに突き落とされたんです! きちんと悪事は裁かれるべきです!」


「それについては精査した。リリアン嬢からの聞き取りで教えて貰った日時はアリシア嬢にアリバイがあった。彼女は貴方を突き落としていない、というのが我々の結論だ」


「そんなはずありません、わたしは見ました!」


「……諜報部を使って裏取りをした」


 リリアン嬢が僅かに後退りました。

 暗部って毒による妄想ではなかったのですか?


「アリシア嬢は、その日その時間は市場に食材の買い出しに行っていた。犯行は不可能だ。裏取りの結果、野菜と牛乳を購入していたと店主の証言もある」


 そうファルさんが言うと、懐からなにやら紙を取り出しました。


「えー、まず野菜屋の店主の証言。『あの子は強い、家にはお腹を空かせた弟達が待っているんですと言いながら値切り交渉してきた。あの年齢でそんな交渉してくるなんて卑怯だ』との証言。牛乳屋では『120ペルンの赤字ギリギリ価格で販売していたのに粘りに粘られ80ペルンで売らされてしまった。気迫が半端なかった』との証言も貰っている」


 それわたしだぁぁぁぁぁぁ!

 ちょっとなにを発表してるんですかぁぁぁ!


 なんでファルさん少しドヤ顔なんですか、アホなんですか!? そういうガメツさは上流階級の集まるここで自慢したらダメなやつなんですけど!


 書記長ちゃんの手が激しく震えています、笑いを堪えているのでしょうか!?


「アリシアお姉さまは階段から突き落としてなんか無いと思いますよ。もし階段の存在を知っていたなら、先程その階段でコケそうになんてならなかったと思います」


 書記長ちゃん、それ手を差し伸べてくれたあの階段のことですか!?

 そりゃキョロキョロしてて階段に気付いてませんでしたけど!


 え、なんですか、これ後ろから撃たれるってやつですか?

 書記長ちゃんがこちらを見て申し訳なさそうに笑っています。あぁもう可愛い!


「そ、それじゃあ私にアリシアさんからの脅迫状が届いた件はどう説明するんですか、確かな証拠があるんです!」


 え、なにそれ怖い。


「そちらは騎士団所属の専門家による筆跡鑑定の結果、貴方の執事の筆跡と一致した。昨日、執事と丁寧なお話し合いをした結果、脅迫状を捏造したと教えて貰えたよ」


「そんな……!」


 リリアン嬢が力なく倒れ、マルクス様に寄りかかりました。


「リリアン嬢、それは、本当なのか……? 君は僕に嘘をついていたのか? まさかアリシアとの婚約を破棄させるため、そんな犯罪じみたことまで……」


 マルクス様は困惑の表情を浮かべています。


「それは――」


「それは、無いんだよね? マルクス君。貴公がそう言ったのだよ。リリアン嬢が嘘を吐くはずもない。だから確認もせず皆の前でアリシア嬢を断罪した。そうだね?」


「いや、ですが――!」


「もし仮にリリアン嬢が悪事に手を染めていたとして、どうすると言うんだい? 我々は君達の言葉を信じて両家の当主のみならず王にまで婚約を認めて頂いたんだ。まさか、それを取り消すだなんて言い出さないよね? 真実の愛があるのだから」


 うわぁ、うわぁ、逃げ場が完全に塞がれてます。

 ビス執事さんが凄く悪い笑みを浮かべています。わぁぁ。


 ファルさんは黙ったままのマルクス様を一瞥すると、壇上から降りてこちらに歩いて来ました。


「アリシア嬢、君はドルストス公爵家の夜会での騒ぎの中心だった。それは事実だ。それに関しての許しは僕の方で得たが、その手間賃として、僕と一緒に踊って欲しい」


 ドルストス公爵婦人の方を見ると、笑顔で手を振っていました。


「詳しい事情はファマ――いえ、生徒会長から聞いているわ。アリシアさんに対しては怒っていないから安心して。ルージュちゃんからも貴方のことは、ゼリーをくれるいい人と聞いています」


 ルージュさん?


 公爵家婦人マーガレット・ドルストス様とどんな関係が?


 マーガレット様……


 マーガレットさん……偽名……


 マーヤさん……


「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!」


「あら、怒ってないから大丈夫よ。律儀な子ね」


 違うんです、マーヤさんの猫ちゃん捜索はボッタクリ価格なんですぅぅぅぅぅぅぅぅ!!


「まぁ、ともかく新しいドレスに着替えてきてくれ。別室を用意してある」


 慌てふためくわたしをよそにファルさんに無理やり促され、書記長ちゃんと部屋を移動することになりました。


 そしてその移動した部屋にあったものは……


 新しくなったお母様のドレスでした。


 意匠はだいぶ今っぽく変更され、生地も所々違う生地で作り直されていますが、これは間違いなくお母様のドレスです。

 その付近には今朝うちにきた仕立屋さんが倒れていました。


「貴方のドレス、しっかりした生地だったのでまだ使える部分を活かしてリメイクさせて頂き、まひた……今朝採寸してからそれに合わせて超特急でドレスの仕上げをして、出来ましたけれど、もう、ムリ……」


 この方がお母様のドレスを復活させてくれたようです。眠りについた仕立屋さんに、近くにあった毛布を掛けてあげます。本当に、ありがとう。


「さぁアリシアお姉さま、急いでお着替えしますよ!」






 ◇◆◇







 ギギィと音を立てて開かれる扉。この音は荘厳な雰囲気を醸し出すために必要な装置とかなんですかね?


 などと呑気に考えていたら、会場中の視線がこちらに集まっていました。

 新しいドレスに着替えたわたしを、わぁ、という声から、あんなのが生徒会長とダンスを……などという恨み節まで、いろんなものが包み込みます。


 なかでもお母様のドレスへの好意的な反応をみると嬉しくなってしまいます。

 なんといっても仕立屋さんのおかげで、とても素敵なんですから。ドレスは。


 再びホールに降り立ったわたしを出迎えたのはファルさんでした。


「アリシア、よく似合ってるよ」


 まるで王子様のような笑顔で出迎えてくれます。今日は一段と眩しいです。眼球の危機です。


「ありがとうございます、ドレスから何まで気を使っていただいて。でも、わたしを騙すような計画をしたのは許しませんからね」


 笑顔のまま文句を言います。わたしだってこの展開に困惑しているんです。事前に話してくれたって良かったじゃないですか。

 釘をさすと、ファルさんの表情が僅かに歪みました。


「僕としてはサプライズ……いや、あの、すまん」


「ざまぁは不毛なんですよ、ハゲなんです。ハゲ。ファルさんのハゲ」


 一緒にいた書記長ちゃんの手が盛大に揺れています。

 でもちゃんとここでファルさんにざまぁは不毛だと理解して貰わないといけないので、わたしから強く言っておかないとダメなんです。


「あとファルさんとはどうしても踊らないとダメですか? 少し恥ずかしいのですが」


 その勢いのまま遠回しにダンス回避を狙います。こんな眩しいものが間近に来たら眼球が危険です、自己保身です。


「……雇用主」


 ボソリと呟かれた言葉。

 あ、それ最強のカード。


「僕と踊っていただけますか?」


「ハイ、ヨロコンデ」


 ファルさんが手を挙げるといつの間にか整列していた楽団が音楽を奏で始めました。


「さぁ、手を」


「ハイ」


 ギャーッという声が周囲から聴こえてきます。

 許して学生さん、わたしも好きでこの状況にいるわけではないのです。


 奏でられる曲はワルツ。

 ファルさんのリードでダンスが始まりました。ホールのど真ん中で。つらい……

 でも最初はわたし達だけが踊っていましたが、次第に周りの皆さまも踊り始めたので多少は視線も気にならなくなりました。


 おかげで少し余裕が出たので一瞬だけファルさんを見ます。


 ぬっはぁ!


 イケメンが目の前にいます、目が合いました。微笑まれました。眼球から浄化されて消滅しそうです。距離が、近い、近い!


「僕が君をダンスに誘うって、約束したろ?」


「イヤ、ソウデスネ、こんな事になるなんて……」


 素敵なフロアで王子様のような人とダンスを踊る。そんな幼い頃からの夢が思わぬ形で叶ってしまいました。

 まさに夢のような時間です。ファルさんには恥ずかしくて言えませんけれど。


 ファルさんのリードはとても上手で、安心して踊ることが出来ます。ダンスは得意だと自慢していたわたしが恥ずかしいです。


「アリシア、お願いがあるんだ」


 耳元で囁くような声。吐息が耳にくすぐったいです。浄化されちゃう。


「僕と婚約してくれないか。君と出会ってから僕は新しい驚きでいっぱいなんだ。君の素直さを、美しさを、好ましく思う。結婚して欲しい」


 なななな!?


 ちょうどそこで曲が終わり、ダンスを終えたまま一礼することも出来ず突っ立っていると、ビス執事さんと書記長ちゃんが近づいてきました。


「僕との婚約、どうだろうか」


 ちょうどわたし達4人にだけに聞こえるぐらいの声量。

 わたしの手を握ったまま、見つめてきます。これはあれです、目から浄化されるのを待つまでもなく、直接消滅させる作戦でしょうか。


「あの、ちょっと、今は、ムリです!」


 必死に言葉を紡ぎ出します。

 どどどうしよう、どうしよう、どうしよう!

 とにかくここから早く逃げ出さなければ!


「だってファルさんまだ学生さんですし、自分の稼ぎがあるわけでもないですし、世間知らずですし、ダンスも権力で誘ってきましたし、ファルさんがしっかりしてからでないとダメなんです!」


 ファルさんの事は嫌いではありません。むしろ、今日のファルさんはとても男らしいですし、一緒にいると落ち着きますし、弟達のようにカワイイ面もありますし、優しいので好きですけどこの状況は耐えられそうにありません。何とかして切り抜けないと!


 すると、ファルさんは断られるとは思ってもいなかったのかポカンとした表情を浮かべ、ビス執事さんは突然笑い出し、書記長ちゃんは全身でガタガタ震えだしました。


「フハハハハハ、アリシア嬢、たしかにその通りじゃな。まだファル自身がしっかり独り立ちしているわけでもないのじゃ、断られるのは当然じゃな。フハハ、婚約を申し出て断られるなど一族では前代未聞、新たな歴史じゃな、フハハ!!」


 どうしましょう、ビス執事さんが壊れました。

 婚約を断られた経験のない一族なんて聞いた事もありません。それほどイケメンな一族って意味なのでしょうか。


「じゃが、もしファルがしっかりしたら、考えてやっては貰えるじゃろうか。それまでは、側にいてやってくれるかな?」


「あの、はい、それは」


 雇用主ですし。


「――お姉さま最高です!!」


 へぐふぅ! 突然のお腹への衝撃。


 見ると書記長ちゃんが満面の笑みでわたしに抱きついていました。


「アリシアお姉さまのお話を聞くだけで以前から気になってはいましたが、今日お会いして確信いたしました。私はアリシアお姉さまのファンになりました! お兄様のお誘いを断るなんて並の令嬢には不可能なのに、それを平然とやってのけるお姉さまは私の憧れです!」


 え、並の令嬢には不可能なことをやってしまったのでしょうか?

 ということはわたしは並の令嬢ではない?

 あれ、そもそも並の令嬢だった事なんてあったかな?


「アリシア、ありがとう。おかげで僕も目が覚めたよ。そうだね、僕自身がしっかりしなくちゃダメなんだ。僕は頑張るよ。そしてアリシアを必ず迎えに行くからね」


 なんでしょう、断ったのに感謝されてしまいました。

 外堀を埋められた感もありますけど……


 ファルさんは再び壇上に躍り出ると声高に宣言をしました。


「僕はこれからますます国のために尽力し、よりよくしていくことをここに誓う! まだ若い僕には荷が重いかもしれない。だからみんな、今からも学園を出た後も、僕を支えていって欲しい!」


 謎の上から宣言でしたが、みなさんダンスの後でテンションが上がっていたのかホールは歓声に包まれました。なんなんでしょうこれ。


 どさくさに紛れて書記長ちゃんの頭を撫でて心を落ち着かせます。ああ、ふわふわ気持ちいい。

 もし本当に書記長ちゃんがファルさんの妹さんだったなら、こんなカワイイ義理の妹が出来るのも悪くないかもです。うち、弟ばかりでしたし。


 そうしてこの断罪会は謎の勢いのまま終わりを迎えました。






 ◇◆◇






 その後、実家からはそのまま働いて仕送りをしてくれ、という意味不明な要求が出された結果、わたしは今まで通り個別依頼専門室で働くことになりました。

 みなさんと一緒にお父様とお会いした時、お父様はしきりに何か言いたそうにファルさんの方に顎を向け、腕をグッとしていました。

 あれはどういう意味なんでしょう。撲殺しろという事なのでしょうか。


 わたしのアパートには、ファルさんに仕立て直していただいたお母様のドレスが飾ってあります。


 あの婚約破棄された夜から何もかもが変わってしまいました。けれど、それも悪くないと、むしろ今が楽しいと思ってしまっています。それもこれも、ファルさんのおかげのような。


 言葉にはしませんけれど、少なくともわたしにとって、ファルさんは王子様です。






 お読みいただきありがとうございます。


 なお、アリシアの外堀は既に完全に埋められています。埋めるだけでは飽き足らず、整地して舗装までしてあります。

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