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広大な敷地、豪華な建物。
それは国の権力や財力を表す指標となる。
地方貴族の子息や他国からの留学生がこれを見た時、改めて王の威光を実感するのだ。
そう、それが王立学園。
などと頭の中で解説してしまうぐらいに場違いなわたし。
王立学園は学びの場ではあるものの貴族が多く通う場所なので、何から何まで凄いです。
貧乏貴族のわたしがキョロキョロと周りを見回してしまうのは仕方のないことでしょう。
わたしの前を歩くのは生徒会役員だという女の子。正門までわざわざお出迎えに来てくれたうえに、案内役までしてくれています。
わたしより年下でしょうか、ふわふわの金髪で途方もなくカワイイです。
王立学園の制服だと思われる黒地に金糸の刺繍が施されたブレザーや、プリーツスカートが似合いすぎて鼻血が出そうです。腕章に『書記長』と書いてあるので書記長ちゃん(仮)です。
「アリシアお姉さま、会場はもうすぐです。途中お足元の悪い場所もありますのでお気をつけ下さい」
「ありがとう」
足元を気にしてくれる書記長ちゃんの心遣いがありがたいです。
今日のわたしはアリシア・フォルテとしてここに呼ばれていて、何故かドレス姿で来ているので歩き難いのです。
なんでも今日は学園内での舞踏会か何かで、出席者はみな正装なのだとか。だから私もドレス。
ちなみにわたしのドレスとここまでの馬車は、ファルさんが手配してくれました。
朝、仕立屋さんが突然わたしのアパートにやって来て、用意していたドレスにわたしをねじ込んでいきました。
用意されたドレスは上等なもののようでレースも沢山あしらわれた綺麗なものですが、やっぱりドレスを着ると内臓が飛び出しそうで辛いです。コルセット苦手。
そんなことよりもわたしが王立学園なんかにいる事の方が問題なんですけどね……
何でこんな事になっているんでしょう。
呼び出された、ということは、マルクス様が以前話をしていた『生徒会長からの裁き』とやらが今日とり行われるのでしょうか。
ファルさんがわたしの正体に気付いていたのは意外でしたが、身の上話をしてしまっていたので調べたら簡単に判明したでしょう。仕方ない。
そういえばファルさんは貴族の令息。王立学園に通っていても何の不思議もありませんし、そうであるならば今回の騒動が耳に入ってわたしに思い至るのも当然かもしれません。
ちょっと迂闊でした。
そんなわけでファルさんを通じて生徒会長の裁きのために呼び出しを食らったと。そんなところだと思います。
あぁ、わたしは家を追い出された悪役令嬢だとファルさんに気付かれていたのに昨日は交渉術がどうとか偉そうに講釈を垂れてしまいました。恥かし。
それに今日のシチュエーションはあの婚約破棄の日の焼き直しのようで正直辛いです。
「アリシアお姉さま、お手を」
書記長ちゃんが声をかけ手を支えてくれます。
よそ見をしていて気付いてませんでしたが、ここは階段になっていたようです。なんでしょう、書記長ちゃんは天使ですか?
「お姉さま、私はアリシアお姉さまの味方です。ですので今日は私を信じて、何があっても微笑んでいては頂けないでしょうか。もし不敵な態度をとられて、アリシアお姉さまのお立場が悪くなるのは嫌なんです」
「そうなのね、ありがとう」
ここには味方なんていないと思っていたのに、こうも真正面から味方だと言われると小っ恥ずかしいです。嬉しいですけどね。
「何があっても舌打ちとか、ガンを飛ばしたり、殺気を出してはダメですからね?」
「う、うん……?」
書記長ちゃんの中でのわたしの評価はどうなっているんでしょう……困難に立ち向かう悪役令嬢的なアレでしょうか……
そういえばあの夜にわたしはリリアン嬢を突き落としていないと口答えをした記憶もありますし、タフな令嬢だと思われているのでしょうか……
いや、実際たくましい令嬢ではありますが。
「着きましたわお姉さま、私の後ろから離れないで下さいね」
ようやく到着したのは神殿かのような建物、重厚な扉。
ついに来てしまいました、わたしが本当に断罪される場所。
きっとこの場で何を言っても無駄でしょうし、もう帰りたいなぁ。
扉がギギィと軋む音を立てながら開かれると、エントランスの奥は掘り下げられた広いホールになっていて、沢山の学生さんが正装で立ち静まり返っていました。
そこへと続く長い階段を、書記長ちゃんに支えられながらゆっくりと降りていきます。
みなさんの視線を一身に浴びながら美少女書記長ちゃんにエスコートされる。見事な悪役令嬢っぷりです。
ホールに降り立つと、正面にはマルクス様とリリアン嬢が前回と同じような構図で立っていました。
リリアン嬢は相変わらずマルクス様の背中にしがみついてます。なんだか……小動物かあるいは背後霊みたいですね。
「アリシア、君もずいぶん恥知らずな人だね。よく臆面も無くここに来られたものだ」
マルクス様が辛辣な言葉を投げかけてきます。じゃあ呼ぶなよと。そう思うわけで……
書記長ちゃんが手をギュッと握ってくれました。
そうでした、面倒なので微笑んでいるだけにしましょう。
すると、周囲がザワつき始めました。みなさんの視線が同じ方向に向かっています。
視線の先を追うと奥のステージに、ひとりの男性が歩み出て来ていました。
あれは――
……ファルさん!?
王立学園の制服に身を包んだファルさんが壇上を歩いています。その腕には腕章がはめられていました。
目を凝らして見てみるとそこには『生徒会長』と書いてあります。
……貴方が生徒会長なんですか!?
どうやらファルさんが王立学園の会長さんだったようです。何やってるんですか、あの人。
「みなさん、静粛に」
会場全体に通る声でファルさんは言いました。
今日も背筋がピンと伸びていてカッコよく見えます。それに黒地に金糸で刺繍の入った制服も、心なしか輝いているようにさえ見えます。
あれが生徒会長補正……
ではなく、急に痩せたので制服が新品なのでしょう。
「これより今回の騒動に対する裁きを発表する。なお、今回は学園外にも関わる案件なので、立会人としてドルストス公爵家婦人にもお越し頂いている」
ドルストス公爵家。わたしが夜会でご迷惑をおかけした公爵家の奥様をお招きしていたようです。
紹介に預かった公爵婦人は壇上で一礼をしました。
わたしは公爵婦人から、夜会を荒らした張本人として恨まれているはず。いよいよわたしも追い詰められてきたようです。
「それでは裁きを発表をする前にマルクス君。まず確認をしたいのだが貴方はアリシア嬢との婚約破棄を申し出たうえで、リリアン嬢との婚約を発表した。そこに間違いはないな?」
「はい、その通りです。アリシアなんかとの婚約など考えられません。僕が真実の愛で結ばれているのはリリアン嬢とだけです」
ファルさんはひとつ頷きました。
「アリシア嬢。今日は御足労頂きありがとうございます。それで早速で申し訳ないのだが、貴方はマルクス君の婚約破棄を受け入れた。そこに間違いはないかな?」
「はい、間違いありません」
マルクス様に未練など何もありませんし。
それよりファルさんが小さくガッツポーズしたのが気になるんですけど。
ホントなにやってるんですか、あの人。
「わかった。では結論から話そう。我々生徒会はマルクス君とアリシア嬢の婚約破棄を認める。そしてマルクス君とリリアン嬢との新たな婚約を祝福するものとする」
わぁ、と歓声が上がりました。
マルクス様とリリアン嬢が抱き合って喜んでいます。
これは悪役令嬢ものの物語でいうところのクライマックスにあたる場面でしょうか。
そうであれば、この後はわたしの断罪ざまぁイベントのはずです。盛大に帰りたいです。そろそろ干しておいた洗濯物も乾いている頃でしょうし。
「……さて、ここから先は、今回の件の調整役を務めてくれたビスが証人として立ち会ってくれる。みなさんに紹介しよう」
ビス執事さんが? 調整?
「どうも、ビスですじゃ。この学園内では身分による差異はないものとされておるため、私は役職抜きの、ただのビスとしてここにおるのでよろしく。さて、この学園内では自治が認められており、学園での取り決めには一定の効力がある。じゃが、外の世界への影響力は正直さほどないのが実情じゃ。じゃから今回は学園内での決定が外の世界で形骸化してしまわないように、特別にワシが調整役を務めさせて頂いた」
周囲の学生さんの雰囲気が少しピリッとしました。ビス執事さんは有名な方なのでしょうか。執事さんのはずなのに学園と外との調整役なんて有能過ぎです。
それにしても、わたしのざまぁイベントのためにファルさんもビスさんも、そこまで尽力していたとなるとなんだかもの悲しさがあります。
いつのまにか書記長ちゃんを握る手に力が入っていたのか、書記長ちゃんが手を握り返してくれました。
書記長ちゃんが目線をこちらに向けています。おっといけない、何があっても微笑んでいないとダメなんでしたね。
「大丈夫ですよ、私とお兄様を信じて微笑んでいてください」
書記長ちゃんは少しだけわたしに寄りかかり、彼女の頭が肩に触れました。
お兄様?
「ではこの決定についての詳しい説明をした後、アリシア嬢の処遇について発表をしよう」
壇上でファルさんが声を張り上げました。
「今回我々は事前の話し合いでマルクス君とアリシア嬢との婚約破棄と、マルクス君とリリアン嬢との婚約を認める方針を決定をした。だが貴族の世界での婚約は政治的思惑が絡むケースも多々あり、学園側の決定や自由恋愛だけでは語れない部分があるのが実情だ。なので我々は、先ず各家の当主に婚約破棄と新たな婚約の承諾を得るためのロビー活動をした」
知らないところで結構働いていたのですね。ただのご飯を食べに来る暇人ではなかったようです。
わたしの実家にも婚約破棄の件で訪問していたかもしれません。
お父様、変なこと言っていないといいのですが……
「そしてその活動は実を結び、我々は各家当主からの了承を取り付けるに至った。これは学園側の決定が実際の貴族社会に影響を与えたことの表れである」
壇上に立つファルさんとビス執事さんはどこか誇らしげです。
実際、調整は難航したでしょう。特にわたしのフォルテ家はお父様が荒れたでしょうから……スミマセン。
「さらに我々は、学園の決定による影響力を確固たるものとするために活動を継続し、ついにマルクス君とリリアン嬢の婚約を、王公認のものとする事に成功した!」
おぉ、と周囲からも声が漏れます。
これはかなり凄い事です。王が婚約を認知するなんて普通の貴族ではまず有り得ないことです。
公認を得たということは、この婚約に口出しすることは王への反逆を意味する事となり、もう誰にも何も言えなくなりました。
ビス執事さんの王に直訴するその謎の行動力と有能さは何なのでしょう。執事の器なんですか、それ。
「これで君達を阻む障害は何も無くなったわけだ。マルクス君、リリアン嬢おめでとう」
ファルさんが拍手をすると、会場中が大音量の拍手に包まれました。
リリアン嬢はマルクス様に抱きつきながら涙を流しています。幸せの絶頂というやつなんでしょう。
適当なタイミングでファルさんが手を挙げると、会場は一瞬で静かになりました。なにこれ凄い。
「では続いてはアリシア嬢への言い渡しだ。貴方には――新しいドレスに着替えた後、僕とダンスを踊ってもらう。それが貴方への裁きだ」
……ん?
なんですかそれ?