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雑踏、呼び込みの声、立ち並ぶ商店。
ここは、わたしの戦場です。
「ほら、次の店に行きますよ!」
「ちょっと待って、人が、多すぎ、て!」
人混みに飲み込まれていくファルさん。
彼が買い出しの荷物持ちに名乗りを上げてくれたので一緒に来ましたけど、やはり人混みには慣れていないようです。
ユウさんの所にわたしが来てもう半月、だいぶ今の暮らしにも慣れてきました。
今日もまた遊びに来ていたファルさん。
あれからもちょくちょく来ますけれど、暇なんでしょうか。
「ごめんアリシア、ここの市場は凄い賑わっているんだね……」
ヨレヨレになったファルさんがやっと私に追いついてきました。
「当たり前ですよ、王都の食材はみんなここに集まってくると言われてるんですから」
市民街の一角、商業ブロックの食材通り。
ここはその名前の通り食材の宝庫です。
貴族や大商店などの独自の仕入れルートを確保している人達は別としても、王都中の全ての食材が一度ここに集まると言われる場所なので、人で溢れかえるのも当然です。
「いいですか、人混みの中を歩く時は人の流れを読むんです。効率よく進むルートを見極めて突き進むんです。譲ってばかりではいつまで経っても前に進めませんよ!」
「――わかったやってみる」
さあ、次は果物屋さんです。
荒れ狂う人混みの流れを見極めて、右に左に舞いながら進んでいきます。時にはダンスのように、ターンも混ぜて。
「アリシア凄いね、踊っているみたいだ!」
ファルさんも今度はなんとかついて来ていました。
「でしょ、ダンスは得意なの。こんな所でしか発揮出来ませんけどね」
「今度僕がダンスに誘うよ」
「楽しみにしているわ」
実家ではダンスを習っていた事もあります。短い期間の最低限の嗜みとしてですけれど、先生には褒めてもいただけました。
悲しい事にそれを披露する機会はありませんでしたけれど。
ファルさんからの社交辞令にこちらも社交辞令で返しておくのは雇用主への礼儀みたいなものです。
もし実際にファルさんとダンスなんてしたら、顔面が爆発する自信があります。彼は危険物です。
そうしてたどり着いた果物屋は、多種多様な果物を扱うお店でした。
「ようお嬢さん、このピーティは今朝の採れたてだよ! 200ペルンでどうだ!」
「2個でその価格ですね、わかりました」
「そりゃないぜお嬢さん!」
「そうだよアリシア、そのまま買ってあげてもいいじゃないか」
なんと、思わぬ伏兵が身内にいました。
この貴族的発想は急いで捨てて貰わなくてはいけません。うちにはお腹を空かせたユウさんルージュさんとか、たまにファルさんビス執事さんという突発的食客がいるのです。
無駄遣いなど出来ません。
「ここでの売り買いは自由価格なんです。具体的な値段は決まっていなくて、お互いが値段に合意したらそれで決まる、これはいわば勝負なんです。交渉術を身につけないと、たとえ貴族だったとしても今後やっていけませんよ!」
「あ、はいごめんなさい」
「というわけで2個で250ペルン」
「あーもう、わかったよその値段でいい、かわりに彼氏さんに優しくしてやんな! そんな風に詰めているのを見ると可哀想になっちまう!」
そこそこ安く買えてしまいました。
「ありがと、また来るわ」
「勘弁してくれ!」
安く買えたピーティをファルさんの持つ紙袋に突っ込んで、鼻歌まじりに歩き出します。
思わぬいい買い物が出来てしまいました。ちょっと嬉しい。
わたしのお給金はファルさんのお小遣いから出ています。
ユウさんとルージュさん含めた私達の食費はみんなで出し合う事になっていますが、少なくともわたしは実質ファルさんに養って頂いているので、1ペルンたりとも無駄遣いするわけにはいかないのです。
「ねぇアリシア聞いた? 彼氏さんだってさ」
少し嬉しそうに笑っています。
「ファルさんとお付き合いするなんて真っ平御免です」
「なんで!? そんなに!?」
こんな外見だけは美形が四六時中身近にいたら、わたしの精神力が持ちません。
ファルさんが両手ともに抱えていた買い物袋の片方を受け取って、肩を並べてさぁ帰宅です。
「僕もいつかそのへんの貴族令嬢と結婚するのかな、ちょっと嫌だな。アリシアってそのへんの貴族令嬢とは全く違うよね。たくましくて賢くて、驚きの連続だよ」
げぶぅ!!
あの、これでも一応は貴族令嬢なわけで。
お淑やかさなど持ち合わせていませんけれど、全く違うと言われるのもどうなんでしょう。
え、これって褒められてるんですか?
貶されてるんですか?
「ね、念のためお聞きしますが貴族の令嬢のどこが嫌なんですか?」
「彼女達は男をブランドものみたいに見ていてさ、あの人は爵位の高い令息だから、とか、外見がどうとかばかりなんだよ。僕が痩せてから急に寄ってくるようになったし」
あぁ、そういえば以前は太っていたとか話していましたね。
わたしは痩せてからの姿しか知りませんが、令嬢たちが放っておかないのは仕方ない気がします。
「それはファルさんがカッコいいから仕方ないと思いますよ。婚約者とかはいないんですか?」
「いないよ、僕は三男だからね。兄さん達にはいるみたいだけど僕はオマケなんだよね」
そういうものなのでしょうか。
もしこんな美男子が婚約者になったらお相手の令嬢は嬉しいでしょうね。
世間知らずですけど、優しくて、カッコよくて。
わたしの元婚約者とは全く違いますね……ハハ……
◇◆◇
『マーヤさんとこのジュリエッタ(猫)が逃げてくれたので、捕まえたら俺達はそのまま外食してきます』
専門室に戻ったわたしが目にしたものは、金に目が眩んだ彼らの置き手紙。
マーヤさんの事はわたしも話に聞いています。大きく儲かるので、外で食べてくることにしたのでしょう。
置き手紙を見るのが晩御飯を作り始める前で良かったです。
今日は簡単な食事で済ませようかな、と思ったところでふと見ると、ファルさんがディナーセットの準備を始めていました。
「なにしてるんですか」
「え、晩御飯でしょ。ビスだい――ビス執事に、今晩は屋敷内も忙しいから何処かで食べて来いって言われちゃってさ」
おや、今晩はここで食べていく気でしょうか。
それって手抜き料理が出来ないって事ですか?
いいえ、意地でも手を抜きます。
「ディナーセットは準備しなくていいですよ。今晩は簡単な食事で済ませましょう」
買ってきたパンをスライスして、それに野菜と生ハムを挟んで、適当なドレッシングをかけます。
そして、デザートにいま買ってきたピーティ。
サンドイッチと果物でフィニッシュです。
ピクニック? いいえ晩御飯です。
「はい簡単ですけどサンドイッチです。今日は手抜きですね!」
笑顔と勢いで押し切れば問題ない! ……はずです。
サンドイッチをひとつ手にとって眺めてみると、意外とサイズが大きかったです。食べやすいサイズに切り直そうかな? なんて考えていたら、ファルさんが動きを止めて固まっていました。
「どうかしましたか?」
「いや、これどうやって食べるのが正しい作法なんだろう……?」
……この人は何を言っているんでしょう。
まさかサンドイッチを食べたことがないのでしょうか?
「手で掴んでそのまま食べるものですけど」
「なんと! 楽しい食べ方するんだね」
なんと! じゃないですよ。いくら貴族の子息とはいえサンドイッチ食べたこと無いなんて、こっちがなんと! ですよ。
彼は無邪気に笑ってます。
サンドイッチにかぶりつくファルさん。ドレッシングが口に付いています。食べ方下手ですか。
「ほら、ドレッシングが口に付いてますよ。子供ですか」
「子供のように楽しい」
良かったですね。
まぁ、たまにはこうして2人でのんびりご飯も良いかもしれません。小さな幸せってやつです。
「そういえばアリシア、ひとつお願いがあるんだ」
「はい、なんでしょう」
「明日、王立学園に来て欲しいんだ。例の件の清算をしないといけなくてね」
……はい?