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「いやぁ、住み込みで働かせてくれっていわれても、うちももう限界なんだよすまないね」
バタン、と強い音をたてて閉じられる扉。
わたしは今、住み込みで働かせてくれる場所を探しています。
これで10軒目。わかってはいましたが現実は相変わらず非情です。
「はぁ……」
心が折れそうになりますけど、そうも言っていられません。わたしは住む場所を探さないといけないのです。
あれからわたしはお父様にこっぴどく叱られました。
公爵家主催の夜会を荒らしたうえ王立学園に通う令嬢をいじめていた事まで発覚し、さらに婚約者のマルクス様に婚約破棄までされて。
お父様からしたら必死に繋いだ伯爵家との繋がりをダメにした張本人です。
フォルテ家は今や公爵家や伯爵家からも睨まれてしまいました。
世間体として娘のわたしは離縁とまではいかなくとも家に置くことが出来なくなり、そうした場合普通ならメイドの奉公に出すなどが一般的ですが、あれだけの騒ぎを起こしたわたしを迎え入れてくれる家など何処にもあるはずもなく。
結果、絶縁とまではいかないものの住み込みで働かせてくれる場所を自分で探してこいと。そうなったわけです。
「どうしよう、困ったなぁ」
空を見上げると、昨晩の雨はもうやんでいますがわたしの気分のようにどんより曇り空です。
ぐるぅぅぅぅ……
朝から何も食べていないので、お腹の猛獣もご不満なようです。
あぁどうしよう。
今日は朝からいろんなお店に訪問しては働かせて下さいとお願いしていますが、断られ続けています。
当たり前なんですけどね。わたしには特別な能力など何もありません。
多少の裁縫が出来てもそれは一般教養として誰でも出来ることですし、何か深い知識があるわけでもありません。
出来ることといえば家事全般と弟の世話ぐらい……
はぁ。
市民街にはいろんなお店がありますが、技能がなければ身分すら怪しい人物の居場所なんてあるはずないのです。
もちろん実家からの紹介状などありませんから後ろ盾もありません。
ガチャガチャと音を立てて冒険者さんたちが街を歩いています。わたしも冒険者として働くべきなんでしょうか。
冒険者って、弟の世話という隠しスキルで大活躍できたりしないのでしょうかね?
やめておきましょう、即座に死ぬ自信があります。
あてもなく市民街を彷徨っているとあまり知らない場所まで歩いて来てしまいました。
今は昼だから良いですが、あと少しで夜が来ます。
夜は怖い。市民街の夜の治安はお世辞にもいいとは言えません。
今のわたしには死がすぐそばにあります。いつどうやって死ぬかもわからない恐怖に怯えなくてはならないのです。
お金もないので野垂れ死ぬ未来も現実問題として目の前にあります。
でもいつまでもとぼとぼと力なく俯いて歩いていても仕方ありませんし、上を向いて歩きましょう!
と見上げた先にあったものは、『冒険者ギルド指名依頼専門室』と汚い字で彫ってある看板でした。
……なんですか、これ。
古いレンガ造りの建物の2階にそれはあるようです。
指名依頼。そういえば、冒険者は基本的に公募の依頼を受ける形で仕事をしていると聞いた覚えたがあります。それのイレギュラーな形が指名依頼。
指名依頼は信頼できる冒険者を指名して依頼するもので、依頼料は割高。
つまり優れている冒険者がその制度の恩恵に預かれるといったもののはずです。
それの専門室。なんだか凄そうです。
ウジウジ悩んでいる時間もないですし、ここを11軒目にしましょう。
少し急勾配の階段を登ると古びたドアがありました。
勇気を出してノック。
「すいません!」
誰かいるといいんですけど。
すると少しして、ドアがゆっくりと開きました。
今回は相手の顔を見る前に先手必勝で攻め込んでみましょう。
「わたしをここで雇ってください!」
人影が見えた瞬間に勢いよく頭を下げる。
……
あれ、反応が無い。
驚かせてしまったのでしょうか。でも諦めません追加攻撃です。
「家から追い出されて困ってるんです、ここで住み込みで働かせてください!」
……
あれ? 反応がない。
恐る恐る顔を上げてみると、目の前には困り顔の青年がいました。
ふわりとした輝くような銀髪に、宝石のような蒼い瞳、スッキリとした目鼻立ち。
服は市民ものを着ているのですが、スラリとした体型と姿勢の良さのおかげで上流階級のように見えてしまいます。
なんなんでしょうこのイケメンは。
眼球が眩しさで潰れてしまいそうで困るんですけど。
「ごめんね、僕たちは今ここの留守番を頼まれてるだけなんだ。少ししたら家主が帰ってくるだろうから、ちょっと待っていきなよ」
中に案内されてしまいました。
イケメンはここのお客さんなのでしょうか。
中に入るとやや雑多な室内の中心に、豪華な机とソファが鎮座していました。
ソファには、新聞を読んでいるおじいさんが座っています。
「おや、お客さんかね。家主はいま野菜のタイムセールに行っておるから少し待つといいのじゃ」
おじいさんは淡々とくつろいでいます。
冒険者が野菜のタイムセール?
よくわからないけれど案内されるままソファに腰掛けました。
ふわり
と身体を包み込むような感触。これ、かなり上質なソファなのではないでしょうか……
あぁ、どうしよう。
周りを見回すと、先程の青年が紅茶を淹れてくれようとしているのが見えました。
でも慣れていないのか手つきが危なげです。
見ていられなくなったわたしは、青年のもとに歩み寄ると彼を押し退けました。
「ほら、慣れない事をするもんじゃありませんよ。貴方もこの家の人ではないのでしょう? 紅茶くらいならわたしだって淹れられます。家主には勝手で申し訳ありませんが紅茶はわたしが淹れます」
そう言うと青年は恥ずかしそうに笑いました。
彼は少しくらいなら手伝えると言って、ティーカップやらお茶菓子を探してパタパタしています。実家の弟を見ているようで微笑ましいです。
でもこちらを見て褒めて欲しそうに笑わないでください。眩しくて眼球が潰れます。
紅茶を用意すると、わたしと青年とおじいさんで小さなお茶会のようになりました。
「自己紹介がまだだったね。僕はファ――、ファルっていうんだ。こっちは、えー、えー、執事のビス」
「よろしくなのじゃ」
「はい、私はアリシア・フ……いえ、アリシアです」
丁寧に頭を下げる。
わたしはもうフォルテ家の名前を出すわけにはいきません。今はただのアリシアです。
淹れた紅茶に口をつけると、ふわりとしたお花の上品な香りが広がりました。
「あ、この紅茶おいしい」
「家から持ってきた茶葉を使ってるんだ。お気に召したようでなによりだよ」
優雅な所作で微笑むファルさん。やめてください眼球に甚大なダメージです。
それにしても、この状況は何なのでしょうか……
そう思っていると、階段の方からゴトゴトと音が聞こえてきました。
バンと音をたてて入口のドアが乱暴に開かれると、そこには両手に野菜の袋を携えた青年が驚愕の表情を浮かべて立っていました。
「な、な、なんか家の中が豪華になってる!!」
「ちょっとユウ立ち止まらないでよ。荷物が重いんだから」
「待て、俺はこんな机とソファ知らないぞ!? というか知らない子までいるんだが!?」
とかなり混乱している様子です。
わたしもアワアワしていると、ファルさんが笑顔で対応を始めました。
「僕らが訪ねるなり留守番を頼んですぐいなくなってしまったから、勝手に机とソファを運び込ませて貰ったよ。これからはここを僕の憩いの場にするからよろしくね」
「おいアホボンどういつことだ、うちを勝手に憩いの場にしてんじゃないぞ!」
「それに関してはワシが許可を出したのじゃ。ファルに家で大人しくしとれと言っても聞かんし、それならば下手な所に行かれるより君達の所なら安心かと思っての。ワシからのお願いと土産にポイズンスライムも持ってきたぞい」
「執事のジジイに言われると断れない!」
「ポイズンスライムうひょう!!」
なんでしょう、この状況。
そんな事よりもわたしは尻込みしている場合ではないです。
自分の居場所を見つけないといけないのです。
「あの、あの、突然で申し訳ありませんがわたしをここで住み込みで働かせてください!!」
「…………え? いや、無理」
あっさりと撃沈しました。