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だから僕は君のいる家に帰りたくない

作者: みのりちゃん


 「みのりちゃん、おはよう」


 「おはよう、翔太さん」


 僕はみのりちゃんの頭を優しく撫でて起こすのが日課だった。

 そこに愛しいといった感情は持ち合わせていない。ただ、みのりちゃんから朝起こす時は必ず優しく頭を撫でて起こすように言われているからそうしているだけだ。

 みのりちゃんはそうしないとひどく不機嫌になって大泣きしたり、物に当たり散らしたりするのだ。

 自分で暴れ散らかした癖に当の本人のみのりちゃんは絶対に部屋を片付けないので最終的に僕が片付けるハメになるのだ。

 だから僕は彼女が部屋を暴れて散らかさないように、こうして彼女の言う通りに、律儀にも毎朝頭を優しく撫でて起床を促すのだ。

 朝ごはんは二人揃って食べること。これもみのりちゃんとの約束ごと。

 とにかくみのりちゃんは僕と何をするにも一緒でないと気がすまないのだ。

 まるで愛に飢えている幼子のようだ、と思う。

 二人でテーブルに向かいあって座って朝ご飯を食べる。

 朝ご飯は缶詰。みのりちゃんの得意料理だ。

 食べるのに時間がかからないので楽ではある。

 しかし成長期の僕からすると、物足りない。物足りなさ過ぎる。

 ちら、とみのりちゃんを横目で盗み見れば、みのりちゃんはフォークをぎこちなく持ち、ぐっちゃぐっちゃと缶詰をかき混ぜている。

 わー、ぐちゃぐちゃ!とかなんとか言いながらケタケタと楽しそうに笑うみのりちゃんは今日も人生が楽しそうで何よりです。

 僕は壁に掛けられている時計を見る。

 時刻は7時半。そろそろ家を出なくてはならない時間だ。


 「みのりちゃん、そろそろ行くね」


 「あら、もうそんな時間。翔太さん玄関まで見送るわ」


 みのりちゃんが僕を玄関まで見送るのもいつものことだ。

 みのりちゃんは少し背伸びをして、ん、と唇を突き出してくる。

 今日も来たか…。

 僕は身構えながらもなんとか、ぎこちなくではあるものの唇にキスをした。

 いわゆる行ってらっしゃいのチューというやつだ。

 僕は限りなくこの行為が大嫌いだった。嫌悪感が顔に出ていないか心配だったが、みのりちゃんが笑顔だったので安堵した。

 毎日行われるこのバクテリアを交換し合う儀式は未だに慣れない。慣れるつもりもないし、慣れたら終わりだとも思う。

 

 「じゃ、行ってきます。母さん」


 言葉を発した瞬間しまったと思った。

 失言をしてしまった。

 みのりちゃんとの約束ごとで一番やってはいけないこと。

 

それは、彼女を本来の呼び方で呼んではいけないことだ。

 

 そう。僕はみのりちゃんの彼氏でもなければ夫でもない。

 ただの息子であり、血の繋がった子供だ。ちなみに名前は一郎だ。

 翔太とは僕の死んだ父親の名前だった。


 「今…なんて言ったの…」


 「あ、ご、ごめんなさ、」


 一郎っっっっっっ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎


 と、物凄い剣幕で怒鳴られたかと思うと、視界が反転していた。

 馬乗りになられて、履いていたスリッパで殴られた。

 迂闊だった。

 よりにもよって一番やってはいけないことをやってしまうなんて。

 ああ、もしかしたら僕の命日は今日なのかもしれない。

 激しい殴打のなか、母、もといみのりちゃんの金切り声だけが頭に響く。

 その言葉たちは興奮しすぎて最早言葉にすらなっていない。

 まるで人外語だ。宇宙人から攻撃を受けている。

 僕の顔にみのりちゃんの涙と涎の雨が降りかかる。

 僕は力を振り絞ってみのりちゃんの両手首を掴み、キスをした。

 何が悲しくて実の母親にキスをしなくてはいけないのか。

 けれど、こうなったみのりちゃんを落ち着かせるにはこうするしかないのだ。

 長いバクテリアの交換が終わると、ぷはっ、とみのりちゃんは体内に酸素を取り入れる。

 顔は、いつもの美魔女に戻っていた。

 こういうとき、まだ母親の容姿が美形で良かったっ思う。

 我ながら最低な発想だとは思うが。

 

 「あれ?翔太さんまだ仕事行ってなかったの?遅刻しちゃうわよ?」


 「う、うん、ごめんね。じゃあ行ってくるね」


 ほらね。みのりちゃんは暴れた直後にキスをすると、元に戻るのだ。

 ちなみに暴れているときの記憶は完全にない。

 

 僕はそそくさと家の玄関のドアを開けて学校へと向かう。

 みのりちゃんは『気をつけて早く帰ってきてね』と言いながら手を振った。

 僕はドアが閉まる直前小声で呟く。


 「行ってきます、母さん」


 

 

 

 

 

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