P3 平安と明治の文学
平安は畳の上に座りながら、綺麗な金箔の入った紙に筆を立てていた。
彼女の長い髪は床にまで垂れ下がり、またさらに川の様に流れている。
「……ふう。」
書き終わったのだろうか。平安は筆を置いて「んんん…っ!」と大きく伸びをした。
紙の上には黒い墨でひらがなだけが使われた文章が書かれている。
「よし、後はこれを束ねて出版社に届けに行くだけか。」
平安は満足そうだが真顔の顔を保ちながら、書いたものを紐で縛る。
巻物みたいな、アレ。
表紙にも金箔が入っており、見るからにお金持ちの人が読みそうなイメージだ。
しかも、派手。
「出来た。」
平安は口角を少しだけ上げながら、書いたものを抱えてバカでかい家から出て行った。
出版社に着いた。出版社と言っても、 昭和の家だ。
昭和は新聞記事を主にした出版社の社長、そして、編集長もしているのだ。
その出版社で平安は小説を連載している。
「おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
仏頂面で挨拶する2人。この2人はいつも真顔だ。
平安はそのまま自分の持ち場の座布団に座る。
そして、しばらくの静寂があった。
2人とも、自分の仕事に没頭しており、筆の音しか聞こえない。
30分くらい経っただろうか。
昭和の家の戸が音をたてて揺れ出した。
その直後、ガラガラーと戸を鳴らしながら人が入って来た。
「ハロハロ~♪小説持ってきたよー!」
黒いシルクハットとベストを着た男が、茶髪の髪を揺らし入って来た。
堂々と畳の床をブーツで踏み潰した男性は、原稿用紙が入った大きな封筒を昭和の目の前に突き出した。
「明治、遅いぞ。あと、家の中では靴を脱げ。」
「えー?でも、西洋じゃこれが普通なんだけどなー」
「ここは日本だ。そしてお前は日本人だ。」
「はいはい、OK、じゃあ脱ぐからさ。」
明治と呼ばれたその男は、笑みを浮かべながらもしぶしぶブーツを脱いで、座布団に座った。
再び、静寂が戻った。
1時間ほど経つ頃、ふと、平安が明治が仕事をしているちゃぶ台を見だして一言言う。
「ねえ、そんな貧相な薄い紙で、小説なんて書けるの?」
「何?」
明治が万年筆で書いている原稿用紙に指を指しながら、そう言う平安に、明治はハテナマークを浮かべている。
「いい? 本っていうものは、金持ちの方が読む物なの。だから、もっと豪華にしないと、失礼よ。特にかな文字を使ってるんだから、もっと綺麗で色がある紙を使った方がいいわよ。」
「アドバイスありがとうー。でも、本って、誰でも読めると思うんだけどなー。あとこれ印刷して昭和の新聞に貼ってもらうんだから、ここで綺麗な紙を使っても勿体ないだけだと思うんだけど?」
何だか雲行きが怪しくなってきた。
後ろの方では、もう諦めたかのように昭和がため息をしながら原稿の続きを書いている。
「貴方には作家としての誇りがないの?この間読んだ本の中には短歌の中途半端みたいなのも載ってたし、私のことを馬鹿にしてるのかしら?」
「プライドくらい僕にもあるよ!
それと、あれは短歌じゃなくて俳句!!江戸兄弟たちに謝れ!」
だんだん2人とも声が大きくなり、昭和の家の外でも2人の声が響いて聞こえるくらいになってしまった。
ちゃぶ台を叩く音も聞こえ、それ以上の大喧嘩へと発展して行っているのが分かる。
普段声もあげないクールな平安と、ジョークを言っているようにいつもヘラヘラしてる明治が、こんなに怒ることは久しぶりかも知れない。
そしてもう1人、怒りを爆発しそうな人が1人いる。
いつもよっている眉間のしわが、いつもより深く刻まれており、閉じている瞼の裏から大きな炎が見え隠れしている。
2人がそんな様子に気付かずに喧嘩を続けていたら、急に大きな音が耳に響いた。
……と思ったら、昭和のちゃぶ台がひっくり返されている。
「いい加減にしろ!!お前たち!!」
遂に昭和の怒りが爆発し、ちゃぶ台返しをしてしまったのだ。
今の昭和は、昭和であって昭和ではない。ただの雷親父だ。
「お前達に作家としてのプライドがあるなら、しっかり作品を仕上げろ。分かったな!!」
「「は、はい……。」」
平安と明治が静かになった途端、昭和はキビキビと自分がひっくり返したちゃぶ台を元の場所に片付ける。
そして、いつもの日常風景に戻って行くのだった。