P1 コミュ障の縄文くん
日本国年表、それは、日本の時代たちが暮らす住宅街である。
大体の時代たちは朝から夜まで何処かに出掛けているか、家にこもって仕事をしているかで居なく、今外に出ているのは【弥生】くらいだ。
弥生とは、ある女性の名前である。
茶色の髪を結んでいる、一重、そして泣きぼくろが特徴だ。
皆が朝から仕事に行っている間、弥生は地元で行われている方針に従って、自宅の小さな田で米を栽培している。
そして家は高床式、家の中で作り終えた米を管理しているので、腐らないようにしているらしい。
昼の正午を一、二時間くらい過ぎた頃。
「ふう、やっと今日のノルマが終わった…。」
弥生が呟いていると、遠くの方から微かにゴツい足音が聞こえてくる。
いつもの聞き慣れた足音だった。だが、いつもより、この音がなるのが早い気がする。
「…弥生、お疲れ。」
低い声が耳を掠った。
弥生は咄嗟に振り向くと、少し安心した表情を浮かべた。
そこに立っていたのは【縄文】、狩りで生計を立てている、口下手なゴツい青年だ。
いつも、動物か何かの革で作られた服に、お気に入りの弓矢を背中に背負っている。
「兄さん、今日は早いんですね。何かあったんですか?」
弥生がそう尋ねると、縄文は大きな物音を立てながら背中から何かを取り出す。
……死んだ鹿だった。
「これ、大きな鹿が捕れた。」
真顔でそんなことを言い出した。
弥生は少し顔を青くして引きながらも、必死に笑顔を保つ。
「そ、そうですかー…よ、よかったですね!」
「食う?」
縄文は手に持っている鹿を、弥生に渡そうと思って前に出す。
「い、いえ!私には米がありますから!!」
そう言うと、縄文は黙り込んだ。
そしてまた口を開く。
「それって、美味しいの? 東周がよく美味しいって言ってくるんだけど…。」
そう言って、縄文は弥生の持っている米袋をじっと見つめた。
ちなみに、【東周】とは中国年表という住宅街の春秋戦国家の長男である時代で、縄文と仲がいい。
しかし、どうして口下手な縄文と、話好きの東周がそんなに仲がいいのか、本当に不思議だ。
「美味しいですよ。栄養も比較的とれますし。」
「そうなんだ…。」
しばらく縄文と弥生は話し続けた。
話と言っても日常会話で、しかも縄文が意味不明な言動を繰り出すと弥生が苦笑し、弥生が笑い話を持ちかけて笑うと縄文が睨み(わざとではない。)、なかなか話が弾まない。
「あ、そういえば、その鹿、他の時代の方なら食べるかも知れませんよ?」
「そうなの?」
「はい!」
「じゃ、じゃあ、お裾分けしてくる…。」
そう言って、走り出す縄文。
弥生は、そんな縄文をただ見ていることしか出来なかった。
「……平和。」
縄文が最初にやって来たのは【平安】の家だ。
コンコンと、ノックする。
「平安、居る?」
「あら、縄文、どうしたの?」
高飛車な態度で出てきたのは平安。
寝殿造りの広い家でひたすらに小説を書いており、重そうな服に身を包んでいる女性だ。
貴族という事もあり、年上である縄文にもその態度で接している。
「平安は、食べるの好き?」
「ま、まあ、食べないと生きていけないし…」
そう言って話を流そうとした平安の前に、大きな鹿の死体が出される。
「これ、食べる?」
バタンッ!
平安は、何も言わずに門を閉めた。
「」
バタンッ!!
もう1度、素早く門が開かれる。
「すみません、執筆中ですので。」
バタンッ!!!
そう言われて、すごく大きな音を立てて門を閉められた。
「」
気を取り直し、次に縄文は、【平成】の家に向かった。
縄文や弥生、平安などの家は1番東の方、平成や昭和などの家は1番西の方にあるので、いくら同じ住宅街と言っても結構遠い場所にあるのだ。
歩いて20分程すると、平成の家に着いた。平均的な大きさの一軒家に、「太陽光パネル」が付いており、近代的なデザインになっている。
縄文は、ドアの横に付いているチャイムを押した。
ピンポーン♪
「……誰ですか、もう。」
平成の部屋にあるチャイムのモニターからは、縄文の顔がはっきりと写っている。
『…平成は居らっしゃいません。』
「平成、何やってるの?」
『……チッ。』
平成は外に出たくないが為に、モニターに内蔵されているマイクに向かってそう言ったが、縄文には効かなかった様だ。
ガチャッと、ドアが小さく開いた。
「用件なら早くどうぞ。今からアニメの一挙放送が始まるので。」
冷たく言った。
ちなみにこの青年【平成】は、引きこもりのパソコン大好き人間である。
黒いメガネがチャームポイントで、暗い部屋の中で布団に篭もりながら、いつも眩しいくらいの画面に顔を近づけている。言わば、オタク&ニートという凄まじくダメ人間である。
「これ、あげる。」
「い、いりませんよ。何なんですか!!」
縄文が鹿の死体を出す(本日3回目)と、平成は顔を青くして叫ぶような大声で言った。
「美味しいから、食べて。」
「僕、もうピザを注文してますし、コンビニで弁当も買いましたから。それでは。」
ガチャンッ!!
勢いよくドアが閉められた。
「……。」
また、鹿を受け取って貰えなかった。
だが、縄文にとってはいつもの事だ。
縄文は弥生以外の時代たちに恐れられている。気難しくて話しにくい。こんなこと、日常茶飯事なのである。
「自分で食べるか。」
そう呟きながら、縄文は静かにトボトボと家に帰って行った。
縄文が自分の家の前に帰ってきたのは、夕方だった。
日が沈みかけて真っ赤になっている。
縄文は、自分の家の庭で立ち尽くしていた。この大きな鹿は全て縄文の口の中に入るのだろうと縄文自身も思っていた。
「……。」
そこに、小さな走る音が何個も聞こえてきた。
振り向くと14人もの【江戸】の兄弟たちだった。しかも、弥生までもがいる。
「縄文さーん!!」
江戸のである、三男の【光】が大声で縄文の名前を呼んだ。
全員が縄文の前で止まると、息を切らして四男の【綱】が口を開いた。
「その鹿のお肉、僕達が貰ってもいいですか?」
「……え?」
「弥生さんから聞いたんです。縄文さんが鹿の肉をくれるって。
僕たち、大家族なので、おかずが足りないんです。だから、鹿の肉を分けてくれませんか?」
家がそう言っている隣で、弥生がニコリを笑っている。
「ありがとう…。この鹿、全部あげる。」
「え!? いいんですか!? ありがとうございます!」
「…ううん、こちらこそ、ありがとう……。」
縄文は、嬉しくて泣きそうになりながら、優しく微笑んだ。
……その瞬間、江戸兄弟たちの顔が青ざめ、声にならない悲鳴をあげ始めた。
弥生が、自分の懐から鏡を取り出して縄文に向ける。
縄文もショックのあまり声をあげそうになった。
……縄文の笑顔が、有り得ないほど恐ろしかったのだ。