私の扉
私のクラスには父親が亡くなった子がいる。
その子は真面目といった見た目と成績だった。順位では10位以内に入っているのを何回か確認したこともある。
そんな子の父親が亡くなった。クラスのみんなは先生から聞かされ、空気が凍り付いた瞬間だった。勿論、その時委員長になっていた私も驚いて声が出なかった。
先生は態度を変えずに接するように、そう言っていたが無理かもしれなかった。そのことをより強く思わせたのは、彼が学校に来たときだった。
彼が学校に来たとき。ああ、もう一週間が過ぎたのかと思ってしまった。
授業の内容などはしっかりと覚えている、それなのに何処か私は上の空で細かなことを覚えていなかったり、小さなミスがあったりもした。
彼が教室に入ってきたときその姿を見て、彼が負った心の傷の深さを感覚的に受け取ってしまった。いや、負の色が見えるほどに濃かったのかもしれない。
彼は表面上の姿はいつもと変わらなかった。ただ、笑顔が多いように思えた。
普通の笑顔なら不思議には思わない。彼の顔に貼り付けたような作り物めいた笑顔に酷く違和感を覚えた。
だけどそこまで親しくなかった私には、その意味や、理由について聞くことが出来なかった。だけど、異世界に来たときその理由が分かった気がした。
授業は滞りなく進んでいく。彼は友達からノートを借りて写して何とか追いつこうとしていた。そして全ての授業が終わり、帰りのホームルームの時間になったときそれは起きた。
感覚を奪い去る黒い手。
それはそうとしか表現が出来ない。もしそれが神様の手だと聞かされたとしても、邪神などの人に対して良いことをしない神様だと考えてしまう。それはそれほど禍々しかった。
私は見る感覚だけ残されて最後までいた。それが私にとっては辛かった。感覚を失う事への恐怖は自分が体験しているためよく分かる。それなのに、みんなの苦しむ表情を見せられ、私の心は怖くなってしまった。これが死の音なの。
そして私は白い空間へと居た。
何もないような白い空間。
居るだけで平衡感覚を失いそうになる。
「死んだのね」
意外と落ち着いていた。
平衡感覚を失う事はあったとしても、心は安心して眠れるような感覚だった。
そんな不思議な感覚で私は一人で佇んでいた。
「扉かしら」
古くさいアニメチックな登場の仕方で煙と共に大きな扉が登場した。
それは木造の扉で金属の輪っかの取っ手に、所々に植物が絡まっている。
「可愛らしい」
思わず声が漏れ出てしまう。
その扉を細かく見てみると、端の方が磨り減っていたり欠けていたりなど、歴史が感じられる。
「そうなのね」
扉に触れると私の与えられた力が分かった。
それは人によっては残酷で、それでいて儚い希望を打ち壊すものだった。
「ネクロマンシー。またの呼び名は屍術師」
死者を現代へ呼び起こす禁忌を犯しもの。
死者への冒涜、神から嫌われるもの。
死者を冒涜するもの。
知識は私に現実を押しつけてくる。
「死んだ人は生き返らない。だって魂は転生に使われるのだから」
核としての魂は愛の営みの中でも生まれる。
しかし、転生する際にはその際に生まれた魂と合わさること。
それは魂の拡張を目指したこの世界が原因。
「核以外の魂ならそれを基にして擬似的な生き返らせる事が出来る」
でも、それは擬似的。
擬似的だからこそ、その真理に至ってしまったら残酷な未来しか待っていない。
「蘇生なんて無理。穢れで魂が縛られて居たとしても、穢れているから生き返らせようにも、核が食べられているから無理」
泣き叫びたくなる。
自分の心の底から叫んで、心に掛かる重圧を解き放ちたい。
「私だけなの、私だけこんな」
膝を付いて座り込んでしまう。
目からは涙が溢れ出し、背中に骨の手のようなものが触れてくる。
「骨?」
骨の軽い音が響く。
それは杖だった。
骨のようには見えないが、私にはその形状は宝玉を手で掴んでいる姿に見える。
「進まなきゃ、そうしないといけない」
私は残酷な世界へ歩みを進めた。
扉は音を出しながら開く。
扉の先には残酷な世界の筈なのに、輝いていた。