名は春矢、その存在は誰何
神を連れてくるのだろうか、それとも奴隷のようにされてしまうのか。もし後者なら逃げたいが、逃げたとしても初めての建物で、途中で見つかり捕まってしまうだろうし、待っているしかない。
「ステータス」
自分の情報をまた確認する。そこに描かれていることは先程と変わらないが、詳細部分を確認することをして待っていようと思う。
仮面の者の効果は被ったお面の力を引き出すことと召喚、そして複製または作成が可能となるという微妙な効果だったけれども、その先があった。慈悲という派生スキルだ。
「慈愛、じゃなくて慈悲」
思わず呟いてしまうが未だ誰も起きていないし、開いた扉からは誰も来ないようで足音なども聞こえてこないので、気にする人は居ない。それを確認してから考察する。
慈愛は七大美徳としての一つだったような気がするが、慈悲はどこかで聞いたけど思い出せない。慈でいたわる、悲で悲しむという意味。そのまま繋げればいたわり悲しむだけど、仏教でも慈悲という言葉があった気がする。そっちから来たのかもしれない。
そう理解するとステータスが統合された、というより新しくフォルダが出来たようだ。その名前は仏道、仏教者ではないが入門でもしてしまったのかもしれない。いや、足を踏み入れたのか?
「適合が早いみたいだ」
突然耳元で声がする。聞いたことのない声、クラスメイトが声色を変えたわけでもなく見知らぬ誰か。それは先程の老人でもない。
「あ、ごめんね驚かせちゃったか」
和服姿で格好は浴衣のようで薄手の物を着ている。この明かりの入らない冷たい空間ではその格好で大丈夫かと心配しそうになってしまう。そんなことを心の何処かで考えてしまうが、表面上では驚きの方が大きく、何も返すことが出来なかった。
「この世界で神をやらせて貰ってる、春矢だよ」
青年という言葉が似合う風貌に、漂う雰囲気は安らぎを与えてくる。不思議と嫌な感じは受けなかったが、その雰囲気がそうさせているのかもしれない。
「ようこそ異世界へ、突然のことで戸惑ってるかもしれないと思ってたけど、意外と平気なようだね」
微笑みながら言われるその姿、神という存在が親し安く感じてしまうが、心の中の警報がその一線を越えてはいけないと、心臓が煩いほどに鳴らしてくる。
「そんなに緊張しなくても良いよ。あ、それともこの世界の事について聞きたい?」
今すぐにでも離れたい、この存在から。この神という存在から、この空間から抜け出したい。
「それ以上は止めて貰うかしら」
意識が手放される。手にはいつの間にか仮面が握られていて、自分の体の筈なのに映像を眺めているような感覚で時間が進んで行く。
「おっと、二重人格かな?」
「どうかしらね、私は私、我思う故に我あり」
「ふーん、おっと他の子が目覚め始めた。そろそろこの世界の説明をしなくちゃ」
そう言ってこの場から離れていく。離れた後は腕を天井に向けて何か言葉を放った。意思の伝わらない言葉、それは知識として植え付けられたことが浮かび上がり、理解する。
「ご大層なことに神言ね」
皮肉るように言ってみるが、少し笑って直ぐに意識を逸らしたみたいだった。
光が強くなって部屋の中を照らし始める、それは暗闇に隠されていた物も照らしだし、この部屋の構造を露わにする。露わになった部屋の構造は、内装は思っていたものよりも違っていた。
倉庫のような部屋だと思っていたが、正方形に近い部屋で絨毯が真ん中に大きく敷かれていて、四隅に柱が、絨毯には陣が焼き付けられていた。