差別をなくそう
日本国憲法第14条第1項において、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定している。
(Wikipedia 法の下の平等より抜粋)
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ある差別に関する研修でこういう話があった。
私はある女性と付き合っていたが私がある場所の出身だと分かると、彼女の両親は「あんなところのやつと付き合うことは認められない」と私との付き合いに反対し電話も取り次がなくなった。
これは差別だろうか?言うまでもなくこれは差別と言えるだろう。生まれた土地、という彼自身にはどうすることも出来ないものを理由に不当な扱いを受けたのだから。
ところで実は彼女の両親は男が住んでいる土地に嫁いだ女性が、嫁ぎ先で酷い扱いを受けたり、暴力を振るわれるようになることが何件もあったことを知っていて娘の身を案じて付き合いに反対していた、という場合これは差別になるのだろうか?
答えはなる、と私は考える。どのような背景があっても住んでいる土地を理由とした差別を行ったのは確かなのだから。
さて、これを踏まえた上で差別だからそういうのはやめなさい、となった場合、差別はなくなるだろうか?
答えはなくならない、と私は考える。
子どもを大切に思う親は、子どもが不幸になる可能性の高い行為を望まない、というのがその理由である。
つまるところ私が言いたいのは差別をする側にも理由がある、ということである。
なんだそんなことか、と思うかもしれない。だがそれが差別をする側にとって譲れないものであるならそれを解決しない限り差別は絶対になくならないだろう。
最近差別に関する話をよく聞くようになり、差別を絶対に許さないという論調の話も見るようになった。
だが目にするのは○○に対する差別は許さない、というものばかりでどうすれば解決できるか、というところまで踏み込んだものが驚くほど少なく感じた。
差別を許さない、というのも無論必要なのだろうがそれを無条件で通すと不利益を被る、若しくは危険がある人に負担を押し付けることになり、より強い反発を受けることになりかねない。
この例で「差別だから結婚させろ」とだけいう人は結婚して暴力を受けた時に責任が持てるのだろうか。
もしそこまで責任がもてない、というなら「貴方の娘さんががどうなろうと知ったことじゃないし、責任もとらないけど差別だから結婚させてね」と言っていることに他ならない。
これでは差別がなくなるわけがないと思うのは私だけではないはずだ。
何を大袈裟な、と思う人もいるだろう。この例ではピンと来ない人もいるかもしれない。
別の例でいえば非常に不安定で、すぐに暴言や暴力が出てしまう精神障害者が家を探していて、万が一を恐れて入居を拒否した大家さんに「差別だから入居させろ」と人権団体が無理矢理ねじ込み、実際に暴力事件が起こったときにその団体は責任を取る保証はあるのだろうか、といえばもう少し分かりやすいだろうか。
ちなみに自分の予想では「精神障害者だから押さえたくても押さえられないことを理解しなさい」というのだろうと思っているが、違うとしても健常者と同じように扱わず、そこで暮らし続けるなら、そこに住んでいる人にとっては負担を強いられていることにかわりはない。
片方の言い分を無条件に通すというのはこのような逆差別を産み、関係を悪化させる可能性が非常に高いというのが私の考えである。
それならばどうすればいいのか。
実際にそれを通したときにどういうことが起こるか予測し、それに対する備えや対策などを考え、落としどころを見つけ、一方だけに負担が偏らないようにする、その結果長期間問題がなかった、あるいは双方が納得が行く形で物事が収まっていれば次第に相互理解が進み、差別というものは収まっていくと思っている。
悠長な話に聞こえるかもしれないがお互いを理解してよい関係を作ることは短期間で出来ることではない。
相手から信頼を得るには長い時間となにより誠実な姿勢が必要なのだ。
一朝一夕でそんな関係が作られるわけではないのだから、時間がかかるのは当然といえるだろう。
長々と自説を述べさせていただいたが、これが総てのケースに当てはまるとは思っていない。
全く歩み寄ろうとしなかったり、落としどころが見つかりにくいケースもあるだろう。
ただ差別をなくそうと日々活動されている人がこれを頭の隅にでもおいて、より広い視点で差別をなくそうとするときに考える材料にしてもらえるなら幸いである。
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