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八話 『醜悪な冒険者と黄金の姫の確認事項』

 リゲルとロニエスを引き合わせたコータは、一度、冒険者ギルドに行き、報酬(百万ミスル)を受け取った。

 ……実際は、リゲルが倒したのだが、リゲルは、ギルドカードを持っていない為、ギルドカードを持っていたコータの手柄となる。


 その後、毎日のルーチンワークである訓練……を、している草原で、横になった。


「にゃーにゃー♪」

「クロ……一緒に寝るのか?」

「にゃー♪」


 流石の最上級冒険者も、寝ずに徹夜で連闘すれば、眠くもなる。

 心地の好い空の下で、瞳を閉じたコータの胸上に、クロも乗って丸くなった。

 コータは、クロをすこしだけ撫でてから、今度こそ眠りに落ちようとした……その時。


 ピカーンっ。


「ニャー!?」


 クロが首飾りにしている、クリスタルがまばゆい光を放った。

 そして、驚くクロが飛び上がった瞬間、クリスタルが砕けて、ロニエスが出現。

 

 ぽんっ。


「あうぅ……あれ? 何故か、ほんわかします。……ハッ! あの人は?」

「……お前の下だ!」

「はわぁッ!」


 コータの身体の上に、転移した事に気付いたロニエスが、驚きの声を上げるが、すぐに目的を思い出し、コータにしがみつく。


「何、やってるんですか……! アナタは私の騎士なんですから、置いていくなんて駄目ですよ……置いて行かないでくださいよ」

「……」

「もう、身体なんて治らなくても良いですから……もう、我が儘も言いませんから、調子にも乗りませんから……見捨てないでください……私にはアナタしか居ないんです」

「……」

「……許して」


 ぽたぽたと、ロニエスは涙を流す。

 その涙をコータは……


「いや、『何してる』は、俺の台詞なんだが? お前こそなにしてるんだ? 見捨てるってなんだ? 置いていくってなんだ? 俺はただ、あの煩い脳筋女騎士が自殺しようとていたから、お前に合わせただけなんだが」

「え? どいうことですか?」


 鬱陶しそうに涙を払って、ロニエスの顔を袖で拭う。

『聖女の涙』に癒しの力があるように、ロニエスの涙……『天女の涙』には、魅了の力がある。

 いくら魅了耐性の高いコータでも、あまり大量に浴びると理性が跳んでしまうのだ。


「どういうことも何も……全然わからないが。一つ言えるのは、俺はお前を途中で投げ出したりなんかしないって事だな。……ま、お前が、もういいって言うなら話は別だが」

「……へ?」


 ぽかーん。

 ……としてしまうロニエスは、もしかしたら、自分は壮絶な勘違いをしているのではないかと、思いはじめる。


「あの……幾つか、確認していいですか?」

「ああ……眠いから手短にな。俺もどうなったか知りたい」


 知りたいと、言いつつ、コータはもう瞳を閉じている。

 ロニエスを下ろす手間すら惜しんで。


「では一つ目です。私が我が儘を言うから、調子に乗ったから、リゲルさんに引き渡そうとしたのではないのですか?」

「は? お前は、子供の中じゃ聞き分けの言い方だよ。もう少し子供らしく、我が儘を言っても良いくらいだな」

「でも――」

「さっき言っただろ? アイツが切腹しようとしたから、お前に合わせたって。他に深い意味はねぇ~よ。ま、それで、お前がアイツと行きたいって言うなら止めるつもりもないがな」

「……ん~?」


 ロニエスは首を捻る。

 同時に、クロも首を捻っている。


「では二つ目です。何故、私の言葉を無視して、あんなことを言って、何処かに行ってしまわれたのですか?」

「ん? お前、何か言ってたのか?」

「へ?」

「悪いな、眠くて聞いてなかった。俺は、アイツと話してただけなんだがな」

「リゲルさんと? 何を話していたんですか?」

「ああ。『貴様は目的はなんだ? 私に何をさせるつりなのだ?』って聞かれたから、 『自分の目で見て、頭で考えて、どうするかを決めるんだな』と言った気がするが……良く覚えてないな」


 一々自分の言葉など、覚えていない。と、コータは適当にあくびをする。

 クロも、あくびしながら、しばらくロニエスを叩き落とそうと頭を捻っていたのだが、眠そうなコータの迷惑になると思い、諦めて、コータの隣で丸くなった。


 コータは、そんなふうに気を使ってくれたクロの毛並みを撫でながら、


「部屋を空けたのは、せっかく再開した騎士と姫……主従水入らずで話した方が良いかと思っただけだ」

「……っ」


 そういえばと、ロニエスは思い出す。

 コータは出て行くとき、一度もロニエスを見ていなかった。

 ……リゲルと話していたのだから当然であるが。


「では、もう一つ。アナタは私に愛想を尽かした訳ではないのですね? 私が怒ったから……捨てようとした訳ではないのですね?」

「コレも言ったはずだが……お前を助けた以上、お前の身体が治るまでは責任を持つ。と。聞いてなかったか?」

「もうッ! アナタはっアナタはっ! 何時も何時も! 紛らわしいんですよ!」


 ぺしぺしと、コータの胸を叩く。

 しかし、ロニエスの胸の中には安堵と安らぎしかなかった。


(そうでした。この人は……こういう人でした……よかった)


「それより、あの騎士はどうした? お前は何故、転移してきた?」

「……え? それは……」


 ……言えない。

 まさか、ロニエスの為ではなく、リゲルの為に連れて来ていたなんて知らないから、散々酷いことを言って、転移してきたなんて絶対に言えない!


 と、ロニエスは思い、視線を逸らす。

 そんなロニエスを薄目を開けてみていたコータは、


「ま、良いけどな。自殺しようとする奴にロクな奴はいないから……死んでも死ななくてもたいして世界に影響はない」

「ううぅ……飛び火が痛いですよぉ~(私も自殺しようとしましたよぉ~)」

「お前も気にするな。生きるんなら生きるんだろうし、死ぬなら死ぬんだろ。道は示した……後は本人次第さ」

「……そう……です……かね」


 言えない……まさかロニエスの為ではなくリゲルの――(以下略)


「それと、コレは言おうかどうか迷ったが……」

「……なんですか?」

「転移クリスタルは有限だ。主に緊急時の非常脱出手段。そう、ぽんぽん使われても困る。ま、緊急時に貴重だなんだと使わないのも困るんだが……アイツはお前に害を与えたりしないだろ? ちょっと淋しいからって飛んでくんじゃねぇ。明日迎えに行くから待ってろって言っただろ」

「……っ! 馬鹿!」

「あ?」


 突然の罵倒に、コータはすこし気分が害された。

 だが、ロニエスがギュッと胸を握って……


「アナタはそんなこと言ってないですし! ちょっとじゃなくて、凄く淋しかったんですからね! ただでさえ、昨日帰ってこなかったじゃないですか! そういうことは……ちゃんと言ってくださいよぉぉ~バカ。アナタは大バカです」

「そうか……そりゃ悪かったな」


 子供が泣きはじめたら、コータはそう言うしかなくなった。


「最後の一つの質問です。良いですか?」

「……なんだ?」

「私も、アナタと一緒に……寝ても良いですか? アナタを徹夜して、待ってたせいで眠いんです」

「降りたらな……」

「……身体が動きません。降ろしてください」


 それは、コータが動きたくないほど眠そうにしているのを知っての言葉。

 普段から、ロニエスの身体を運ぶときは、割れ物でも持つかのように丁寧に運んでくれるコータが、乱暴はしないという信頼の台詞。


「……勝手にしろ」

「はい……勝手にします♪」




 そして、お昼過ぎ。

 ロニエスが寝心地の悪さを感じて、目を覚ますと……そこは、地面だった。

 コータから、寝相が悪く落ちてしまったと、顔を紅くしながら、もう一度、コータの上に乗ろうとすると……


「にゃ~~ん♪」


 クロが勝ち誇ったように、コータの上で鳴いていた。

 

「あっ。まさかクロちゃんが落としてたんですかー!? なんて無慈悲な事を……」

「にゃ~っ。にゃにゃん♪」


 ボク。知らないにゃ~ん♪(ロニエスの想像)と、言うように、クロはコータの胸の上で、丸くなってしまう。

 だが、証拠なら、あった。

 ロニエスの二の腕に、肉球と爪の跡。

 明らかに、クロが押し落としている。


「う~~っ! クロちゃんの意地悪。私にもその枕を貸してくださいよー」

「にゃーん。にゃんにゃん。(絶対に。嫌だにゃ~ん♪)」

「ううぅ……酷いですよぉ。少しくらい良いじゃないですかー」


 そんなお願いに……


「ニャーッ」


 クロの返答は、ペシペシペシと尻尾でほっぺたを往復ビンタ。

 更に、ギザギザギザと爪で切り裂こうと……したところで、


「クロ……あんまりそいつをイジメてやるな」

「っ」


 コータが、目を覚まし、クロの前脚を掴んで止めた。

 珍しく、庇ってくれたコータに、ロニエスは、恥ずかしそうに身をよじり、身体を寄り添わせる。


(ああっ。やっと、私の気持ちが伝わったのですね。逆転優勝です)


 と思いながら、更に密着すると……


「失禁されたら、捨てたくなるだろ?」

「にゃん♪」

「しませんよ!」


 その後、しっかりと寝たことで、元気になったコータが、クロとロニエスを連れて宿屋に戻ると、もうリゲルの姿はなかった。

 そのことに、コータは触れもせず、ロニエスをベッドに寝かせ、クロの転移クリスタルを付け替える。

 ロニエスにも、クリスタルを一つ手渡した。


「さっきも言ったが、何でもないときに使うなよ? だが、何かあったら遠慮なく使え」

「ううぅ……難しくて使いづらいです」

「ま、難しく考えることはない。何かあったら使えば良い。別に、たいした事ないことで、飛んできても構わんしな」

「でも? 会いたいから、という理由では駄目なんですね?」


 当たり前だ。と、答えたコータは、次に金庫を開けて、スケルトン討伐の報酬を保管する。

 金庫の中が、コータの背中で見えないロニエスが、何時もの好奇心が抑えられない病を発症し、太ももをむずむず擦り始める。


「あの、どれくらい貯まりましたか?」

「ん? なんだ? その年で、金の魔力に魅せられてんのか? やめとけやめとけ、金は所詮、使うもの。それ自体に価値なんてないんだからな」

「そんなんじゃないですよ……ただ――」


 ただ、ロニエスは、お金が貯まったとき、コータとのこの関係も終わるということを恐れているだけ……

 それだけであった。


 そんなことを知ってか知らずか、コータはロニエスにミスル紙幣を投げ渡す。


「それで百万ミスルだ。今まで貯めた分を合わせると、約二百万ミスルってところだな」

「二百万……ミスル。結構貯まって来ましたね……?」

「ああ……。だが、そこからこの宿の宿代、六十万弱ミスルと、冒険者登録更新料、二十万ミスルと、スケルトン討伐に使った『聖水』二本で、二十万ミスル。更に、女騎士に壊されたブロンズ・ソード代、数万ミスルを支払いに行くところだがな」

「えっ? えっと……六十と二十と二十と……あれ? 減ってませんか?」

「ああ……生きるのには金が掛かるからな」

「摂理ですね……」


 得心がいったと、首を縦に振るロニエスに、コータは、


『お前の維持費が一番高いけどな』

 

 とは言わないでおいた。

 

「だが、そろそろこっちの生活にも慣れてきたし。ギルドの方から回って来る依頼や情報も増えてきた」

「増えてきた?」

「ああ。冒険者ギルドは、誰にでも公開する一般向けクエストと、信頼のある冒険者にしか公開しない裏クエストの二つが有るんだ。裏クエストは一般向けクエストより、難易度がかなり高いが、今回みたいに高額なんだ」


 コータは今まで、世界中を周りながら裏クエストを通して、魔女を探してきた。

 ヒーラレルラ王国で、初心者も受けないようなクエストを受けていたのは、それが一番早くギルドの信頼を勝ち取れることを知っていからであった。


「はぁ……なるほど」


 コレは分かっていない時の反応だと、コータはため息をつき、


「とにかく、コレからは今までみたいに、毎日帰ってくる。って、事は出来なくなるはずだ。今日みたいに一々、徹夜で待ってる必要はないからな」

「……ハイ」


 ロニエスは言いたいことが山ほどあったが、全て飲み込んで……一つだけ我が儘を言ってみる。


「でも、出来るだけ……日帰りにして欲しいです。あんまり、危ないことをしないで欲しいです」

「ふっ。不死王を倒しに行くより、危ないクエストてなんてそうそうないぞ?」

「ううぅっ……今は意地悪言わないで欲しいです」


 言いながら、コータの背中をちょこんと掴んだ。

 コータはそんなロニエスの、頭をわしゃわしゃ撫でて、


「ああ。ま、分かった。そうそう何日も宿を開けないことにする」

「っ! ハイ♪ ふふっ。アナタは……ふふ、では、誓いのキスをしてください」

「調子に乗るな」


 コータはロニエスに、デコピンすると、再び宿の外へと向かっていく。

 それに、当然のように追随するクロに、ちょっとだけズルイと思ってしまった。


(クロちゃんは何も悪くないのに……なんだろう? この嫌な気持ち。お母様。私、悪い子になっちゃったかも知れないです)


 ロニエスの瞳には、理由のわからない涙が浮かんでいたのだった……






「……出てこい。俺はつけられるのは嫌いだ」

「ニャーーっ」


 宿屋を一歩、外に出たコータは、すぐに立ち止まると、機嫌悪く呟いた。

 クロも何時もより、低い鳴き声で不機嫌を表にしている。

 ……二人とも、コソコソ後を付けられるのは大嫌いなのだ。


「……」


 すると、物陰から気配を消していたリゲルが姿を見せた。

 コータは一瞬、視線を向けてリゲルだと確認してから、


「何のようだ? まだ、俺と戦うつもりか? ……それとも、アイツを無理やり連れていくつもりか?」

「であったら?」

「……」


 短く簡潔に口を開いたリゲルに、コータは一瞬も迷うことなく、腰の短剣を引き抜いた。


「次は、殺す」


 剥き出しの殺意。

 もし、相手がリゲルでなかったら、殺意だけで昏倒してしまう程の強い殺意だった。


「人殺しは好きじゃないんだが……他人の意思を無視して、自分勝手な『正義』を振りかざす奴は、もっと好きじゃないんだ」


 コータは、リゲルに言った。

 

『俺の剣に正義はない』と。

 それは、コータの本心であり、苦痛でもある。


「そろそろ解れよ? 脳筋騎士。現実に、絶対の正義なんてないんだ」


 コータは昔、お姫様を護る騎士だった。

 お姫様を護る事こそが、正義だと思っていた。

 ……だが、人にはそれぞれ立場がある。


 お姫様の敵になる理由がある。

 例え、その理由が私欲に塗れたものであっても、そこにはそれぞれの義があった。


 何日も何も食べていない子分を、食べさせる為にお姫様をさらおうと盗賊がいた。

 お姫様をモノにしなければ、父親に処刑されてしまう貴族がいた。

 お姫様が生きている事で、多大な損害を被る公爵がいた。

 そんな彼らに、それぞれの理由で、手足のように使われる人間達がいた。


 コータは、その全てを正義の元に切り捨てた……

 人殺しをした。

 その事実は、コータの心に疑心を持たせる。


 コータが、敵として切り捨てた敵は、本当に悪だったのか?

 

「もしあるとしても、俺には『正義』がわからない。だから、俺は俺の義に従って剣を振るんだ」

「貴様の義とは?」

「さあな? 基準なんてないが、今は、アイツを傷つけようとする奴は……斬る」


 正義というあやふやなモノではなく、コータの心に従って敵を定め、切り捨てる。

 それが、大昔にコータが出した答え。

 そして、それは今も変わらないコータの指針。


「さて、もう一度聞くぞ? 自称騎士リゲル。何のようだ?」


 曰く、コータは問いている。

 リゲルは敵か? ……と。


「私は……」


 リゲルはロニエスと解れてから、必死に頭を悩ませた。

 ロニエスの言動。コータの言動。


 そして、ロニエスが、生まれたその日から護ってきた騎士は、一つの答えにたどり着いた。


「私は貴様を信じる……姫様を信じることにした」

「……そうか」


 コータは、敵意と殺意を消して、短剣も腰に戻した。

 ロニエスを傷つけないなら、リゲルはコータの敵ではない……


「よいか!? 貴様を信じる。姫様を信じるのだからな! 断じて貴様を信じる訳ではないからな! 貴様が少しでも姫様を傷つけたその時は、迷いなく切り捨てる所存だ」

「ああ……分かってる」


 コータの素顔を見ても、信じられる者など、クロしかない。

 それは、良く知っている。


「姫様から、貴様の力になるようにと言われている。私は何をすればよい?」

「そうか……そうだな……」


 そして、コータにとってもその方が都合が良い。


「とりあえず。冒険者に登録しろ。登録料は俺が出してやるから」

「冒険者? 冒険者になって何をしろと言うのだ?」

「金集め。それが、アイツを救う一番の近道だ」


 言ってから、コータはリゲルに、聖都には聖女に会うために来た事を話した。

 そして、聖女に会うために必要なのが、金だと……それを、コレからは二人掛かりで集めるのだと。

 コータが考えているロニエスを救う、全ての方法と、救った後の事まで、全て話した……



 ■■■

 


 リゲルが、冒険者となり、コータの協力者となった事で、ミスルは単純に今までの倍の速さで貯まって行った。

 ……この調子なら、後半年で、一千万ミスルを貯められるほどに。


 それ程までに、リゲルという協力者は有り難かった。

 コータ一人では、宿屋にいるロニエスの看病も一人でしないといけなかった為、ちょっとした遠征に行くことすら出来なかった。

 

 だが、今は違う。

『万能薬』だけ作って置いておけば、後のロニエスの世話は全てリゲルがやってくれる。

 だからもう、共同生活すらしていない。


 朝から晩まで、クエストをこなし。

 冒険者ギルドの安宿でクロと共に眠り、たまに薬を待っていくがてら、ロニエスの体調をチェックする。

 そんな日が続いていた。


 とある日、コータが一週間ぶりに、ロニエスの宿屋に顔を出すと……


「ケホッケホッ……ッ! あっ!」


 珍しく起きていたロニエスと鉢合わせてしまった。

 が、コータは特段気にすることもせず、薬を定位置におき、飲ませてから、話しかける。


「ふっ。元気そうだな」

「ハイ。とーってもっ! 元気ですよッ! お蔭様で」

「……ん? 何を怒ってるんだ? お腹でも空いているのか?」

「ーーっ! 違いますっ!」


 ロニエスは、否定してから、キョロキョロと回りを見渡して……


「クロちゃんと、リゲルさんは?」

「あ? クロはお前に会いたくないって、ここには暫く来ていないぞ。リゲルは……知らん。別に一緒に行動している訳でもないしな」

「……っ!」


 コータは、そう、説明していると、何故か一瞬、ロニエスの機嫌が悪くなった気がした。

 ……が、気のせいだなと、気にしない。


「では、少しこっちに来て下さい」

「は? なんで? 俺はもう次のクエストに行くんだが?」

「良いから! 少しくらい変わりませんよ!」

「はぁ……」


 ため息をついてみたものの、ロニエスは、頑としてコータを睨みつけている。

 ……まだ、八歳の少女。

 ロニエスが、普通の八歳児より達観しているため忘れそうになるが、こういう我が儘なのが普通の八歳児。


「なんだ?」

「ここに、座ってください」


 仕方なく、コータが言うことを聞くと、ロニエスは、ロニエスが寝ているベッドの上にコータを座らせた。

 そして……


「……嘘つき」


 キュッとコータの背中を掴んでそう呟いた。

 ロニエスが、何を言っているのかコータは、わかっている。


「何故、帰ってきてくれないんですか? 淋しいですよ」

「……リゲルがいるだろう」

「……」


 ここで、また、ロニエスの機嫌が悪くなる。 

 ギュッと、コータの背中に爪が少し食い込む程、ロニエスの手に力が入った。


「なんだ? さっきから」

「いえ……いいんです」


 流石に、二度目となるとコータも気になり問いただした。

 もし、体調が悪いなら、益々こんなところで油を売ってられないと。

 が、


「ま、なんにせよ。もう少しだけ我慢しろ。じき、金は集まる。『聖女』なら、お前を救えるはずだ」


 その力があると、コータは確信している。

 俯いて、暗い表情のロニエスの、頭をわしゃわしゃと撫で回し、コータは腰を浮かせようとした。

 すると、


「アナタは……私の身体は救っても、心は救ってくれないのですか?」

「身体の救済と心の救済は、訳が違う。心だけは……永い時をかけて、自分で向き合うものだ」


 心の傷は奇跡を体現する聖女でも治せない。

 コータは、そう無念そうに言っていた聖女の事を知っている。


「側で、支えてくれたりはしないのですか?」

「お前のそれは何年? いや何十年と掛かるだろう。一生をかけて向き合う事になるだろう」


『世界三大美女』として産まれた運命と、宿命は、それ程までに大きいもの。


「悪いがそこまでお前に付き合えない」

「……なんで? 私が嫌いだからですか?」

「……あ? 理由は言っただろ?」

「確かアナタは、『お姫様を護る騎士になりたい』と言っていましたよね? なら、ずっと護ってくださいよ。一生をかけて支えてくださいよ。アナタのお姫様は……私では不満ですか?」

「……そうか」


 ……そういえば、ロニエスにはそれしか言っていなかった。

 と、思い出したコータは浮かせた腰を再び下ろした。


「色々話した、お前だから……俺の過去についても少しだけ話しておこう」

「……ぇ? 良いんですか?」

「ああ……。ま、今さらだしな。だが、言い触らしたりはしないでくれよ? 捨てた過去には変わりないからな」

「……ハイ」


 コータは、扉に視線を向けて、そこで立ち聞きしているリゲルにも気付くが……

 リゲルには剣筋と、神気を無効にする性質を見られている為、もう殆ど正体はばれている。

 隠すより、話した方が秘密にできると考えた。


「さて、コレは言ったな? 俺は魔女に盗まれた魔剣を探していると」

「ハイ」

「でも、お前は、俺が『魔剣』一本にそこまで固執すると思うか?」

「……それは」


 思わない。

 魔剣があれば、コータは強くなれるのだろうが、なくても世界最強レベルのリゲルを一蹴できる程、コータは強い。

 何より、ロニエスの為に貴重な薬や、資源を惜しみもなく使っている。

 

(いえ、私が特別という訳でもないですね)


 聖都まで逃避行中……コータは何度も人を助けていた。

 だが、金品を貰おうとしたことは一度もない。

 必要最低限の必需品だけ……


 だから、ロニエスも、コータが魔剣を求めて世界中を旅している事は、不思議に思っていた。

 

「俺が奪われた魔剣ってのはな。ウォークレア家が受け継ぐ三つの神剣よりも、貴重で、圧倒的な力を持っている剣なんだ」

「神剣よりも……」


 ウォークレア家というのは、リゲルが捨てた家名。

 ヒーラレルラ王国のウォークレア家といえば、英雄の一族。

 だから、神剣アスカロンも、神剣グラムも、リゲルは扱える。


 その神剣よりも貴重で圧倒的な力を持つ剣といえば、この世界には一つしかない。


「そうだ。三年前。ソフィア神の神託を受けた聖女マリアが、魔王を打倒するために勇者に托した『聖剣エクスカリバー』……俺は、それを盗まれた」

「では、やはりアナタの真名はユグド――」

「辞めてくれ」

「――……っ。……すいません。アナタはコータ様でしたね」


 コータは、また余計な事を言ってしまったと、落ち込むロニエスの頭をわしゃわしゃ撫でて、


「ま、感づいては、いたのか」

「ハイ……そうでなければ、知らないような事実を沢山、知っていましたから」

「あ? そうなのか?」

「ハイ……例えば、アナタは不死王を倒したのは、聖女と言っていましたが、私は勇者一行としか聞いていません」

「鋭い奴だな……ま、今まで、気付かない振りをしてくれて、ありがとな」

「っ!」


 コータに『ありがとな』と言われて、ロニエスは嬉しいはずなのだが、何故か今まで以上に距離が開いた気がした。

 コータは、今もロニエスの頭を撫でていると言うのに……


「とにかくだ。他の魔剣ならともかく、聖剣はマズイ」

「何がですか?」

「魔王を倒したのは勇者じゃない。聖剣だ。つまり、使い方を間違えれば魔王よりも凶悪な怪物が生まれる訳だ。今度こそ世界は滅ぶかもな」


 だから、それを防ぐ為にコータは魔女を捜している。


「アナタは……一度、世界を救って……そんな酷い仕打ちを受けたのにも関わらず……また、世界を救おうとしているのですか!」

「いや、今回は俺の不手際だ。……それに、あの魔女が持っている限りは、最悪な事にはならない筈だ」

「……アナタは呪いをかけた相手にまで」

「そりゃそーだ。だって、魔王を倒した勇者倒した魔女だぜ? どう考えてもあの魔女が最強だ。その上、聖剣の力まで持っている。鬼に金棒……いや、魔女に聖剣か……ふっ。もはや、反則だな」

「はぁ……なるほど……。そういうことですか」

「とりあえず、分からないことを知ったかぶらなくて良いぞ」


 コータは、鼻で軽く笑うと、今度こそ……腰を上げた。

 話すことは、もう全て話した。

 

「良いか? 俺にはお前に付き合う時間がない。一生護ってやる事も出来ないし……もう、そういう色事にうつつはぬかさないことに決めたんだ」

「ぇ? 色事……? はぅ!? ち、違いますよぉ~!」


 ここに来て、ロニエスは自分がさっきコータに言った言葉が、プロポーズでしかないことに気付いた。


(『一生をかけて支えてくださいよ』って! 私、なんてダイタンな事を!! 恥ずかしいですぅ~)


「違うのか?」

「はぅ~っ。意地悪……です。って! アナタ! 私の気持ちに気付いてて――ッ!」


 コータは答えずに、余裕の微笑みを浮かべて、ロニエスの頭をわしゃわしゃする。


「お前が分かりやすいんだ」


 と、額にデコピン。


「ひゃうっ」


 コータは、反動でベッドに倒れたロニエスを支えて、ゆっくり寝かせると布団をかける。


「もう、わかったな? コレ以上、我が儘は言うなよ? 俺はもう『お姫様を護る騎士』にはなれない。お前を護る騎士にはなれない。もうここにも、あまり来ない事にする。後のことは、お前の本当の騎士。リゲルに任せている」

「まって……ッ!」


 コータが、ロニエスに飲ませた薬に催眠剤が入っていたために、もうロニエスの瞼は重かった。

 それでも、一生懸命にコータに手を伸ばして、その部屋を出て行く背中を瞳に焼き付けて、


「私の……私の……名前を……呼んで……」


 言い切ると、ロニエスは本当に眠りに落ちていく……

 コータと会うために、ずっと起きていた為に、その睡魔にあらがう統べはない。


 そんなロニエスの言葉を聞いていたコータは、ロニエスの意識が落ちる寸前で……


「悪いな。お姫様」

「いじ……わ……る……」

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